ある魔法使いの苦悩38 所長のお願い

 所長にはドラゴン救助に関しての顛末をすべて包み隠さずに報告をした。


 私はサラの話をするときにちょっと緊張したけど、所長は特段大きな反応を示さなかった。どちらかと言うと、既に最初からわかっていた、という雰囲気だった。


 ドラゴンの保護という点ではサラの中にいる状態が一番安全なんじゃないかということで、今はそのままとなっている。もし外に出てくるようなことがあれば、新魔法研究所の持つ大型魔獣の保護区域に収められることになるという話だ。


 所長はドラゴンを原生のまま保護管理をするつもりでいたようで、人工の保護区域に収めることはあまり由としていなかった。原理は説明できずともサラの中に同居していることに興味を持ち、観察対象にすることで先送りしたようだ。


「ファーレン君、今回は君のお手柄だな」


「滅相もない。所長が優秀なメンバーをつけてくれたからこそです」


「いくら優秀なメンバーでも、君を認めなければちゃんと付いてきてはくれんよ。あのふたりが活躍したのなら、それはファーレン君、君の成果なんだ。もっと自信を持っていい」


「……ありがたいお言葉、感謝します」


 私は深いお辞儀をした。アメリア君もストーク君も私にとっては出来すぎた仲間だ。サラのことも気にしてくれているし、私と接するときも敬意を示してくれている。本当にいい子たちだ。


「サラ君のことだが」


 所長が真剣な表情で私を見る。私はその視線を真っ向から受ける。ゴクリと唾を飲み込んだ。


「引き続きこの研究所内で君と過ごしてもらって構わない」


「所長……よろしいのですか?」


「よろしいも何もあの子は君の娘だ。それ以上でも以下でもない。何か問題でも?」


「……いえ、なんの問題もありません」


 私は所長の言葉にじんとしたものが胸の中に広がった。下手をすれば研究対象としてサラを連れ去ることも考えられた。なんといってもここは魔法の研究施設だ。人ではないサラのことを調べたいという研究者もいるはずだ。


「サラ君のことは私とアメリア君、それとストーク君くらいしか知らないことになっている。ふたりにも言い置いてあるが、君もあまり自分からペラペラと話さないように気をつけてくれたまえ」


「……それはやはり」


「ああ。サラ君の出自の可能性は色々と考えられるが、いずれにしても興味を持たられたら研究対象にされてしまう可能性がある。少なくともこの研究所にいる間は私がなんとか抑えることができる。君も君自身で気をつけたほうがいい。もちろん、サラ君自身にもな」


「肝に銘じます」


「ところで、その代わりというわけではないのだが。これは私からのお願いと捉えてもらって構わない」


 所長はどこか言いづらそうな雰囲気だ。視線が私にまっすぐ向いていない。ちょっとだけ逸れている。


「所長、どうかしましたか?」


「いや、私も確証を持ってのことではないのでな」


 言葉を区切る。所長は顎に手を添えてうーむと唸る。


「何か言いづらいことなんですか?」


「そういうわけではない。……そうだな、君なら大丈夫だろう」


 所長は意を決したのか私の目を真っ直ぐに見つめてくる。


「四獣をすべて救助してほしい」


「……?」


 四獣をすべて救助する、だって。


「どういう、意味です?」


「文字通りそのままだ。君に――いや、君とサラ君に今回のドラゴンと同じように四獣を救助してほしいと思っている」


「私と、サラに、ですか?」


「そうだ。サラ君の力は未だ計り知れないものだ。ただ、巨大なドラゴンを体内に収めることができている事実がある。同じように残りの四獣も救助することができるのではないか。私はそう考えている」


 所長は完全に真剣な様子だ。つまり、ドラゴンと同じように四獣もこの世界のどこかに存在しているということなのか。


「根拠があるわけではない。これはあくまで私の推測の領域に過ぎない。だが、古の戦いを経験したアジュールドラゴンがこの時代にまだ生きていた。残りの三獣であるホワイトタイガー、ブラックタートス、ヴァーミリオンバードもその可能性が残された。それをサラ君の力で救い出せるのではないか。数百年の間その姿を見せない、伝説の四神たちを」


 壮大な話になってきた。所長は四獣――いや、四神なのか?――にやけに詳しいようだ。今回のドラゴンが四獣の一体、青龍であるのなら、残りの玄武、白虎、朱雀も消えゆく定めの生命としてどこかに隠れ住んでいてもおかしくない。サラが近付くことで同じように姿を見せて、その結果救助できるかもしれない。それがどれほどのことに影響するのか今の私ではまだ想像の範疇を超えている。それでも所長が個人的にそれを望んでいるのだ。


 私はその思いを大事にしたいと思った。


「私でできることなら協力します。所長は使えない私をずっと使い続けてくれて、サラのことも認めてくれました。その恩を返せるこの機会は私にとってもチャンスです」


「そう言ってもらえると助かるよ。だが、無理に受ける必要はない。あくまで私の個人的な思いであり、すべて徒労に終わるかもしれないし、予想だにしない危険があるかもしれない。もちろん受けてくれるならこちらも最大限の支援は約束しよう。すぐに結論は出さなくてもいい。もうしばらく考えて、それでもそう思ってくれるのであれば私に報告をしてほしい」


「わかりました。これは私ひとりではなくサラも関係する話です。サラにもちゃんと話をして、その結果を受けてご報告させていただきます」


「そうしてくれたまえ。それまでの間、こちらでも情報を集めておく」


「わかりました」


 私は礼をして所長室を後にした。


 しかし、四獣の救助か。しがない魔法研究者でしかなかった私が、まさかそんな大きな案件に関わる日が来るなんてまったく予想だにしていなかった。


 サラとの出会いは確実に私を変えた。そして、私の環境すらも変えている。必然的に私はますます変わり続けることになる。今までの自分とはまるで異なる生き方をする必要があるのだ。


 よし。まずはサラに話をしないとな。仮に四獣を本当に救助できたとして、サラにどんな負担がかかるかがわからない。今もサラの身体の中にいるドラゴンの状態を鑑みつつ、サラの意思をしっかりと確認しよう。

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