ある魔法使いの苦悩(後編)
ある魔法使いの苦悩36 おかえり、サラ
ドラゴンの精神体は、まるで誘われるかのようにサラの身体に向かいふわふわと近付いていく。私はその様子を目で追う。
私が目で追っていると、一度はサラに向かいかけたドラゴンの精神体は身体を私に向けた。目が合う。サラのものとは違うのだが、やはりそこにはサラの意思があるように思えた。
「ファーレン先輩、一度サラさんを下ろしたほうが良さそうですよ」
「ああ、そうか。それで私を見ていたのだな」
ドラゴンの精神体はサラの身体を求めている動きをしていた。私が背負っているので、何らかの意思表示で私を見ていたのだ。ストーク君はそれをサラの身体を床に横たえることだと解釈したようだ。
私はサラの足が地面に付くまで腰を屈めた。アメリアくんがサラの身体を大事に抱え直し、ゆっくりと床に横たえてくれた。
ドラゴンの精神体はやはりサラの身体の上に向かう。じーっと観察するように真上に浮かんで、サラの顔を視界の正面に据えている。
しばらくその状態が続いた。
——やがて、ドラゴンの精神体がゆらゆらと動き出し、サラの身体に触れた。その瞬間、スッとドラゴンの精神体が消えた。ハッキリとは見えなかったが、サラの身体に吸収されたように見えた。
ピクリ——
ドラゴンの精神体が消えるのとほぼ同時に、サラの身体に反応があった。ほとんど人形のようにまるで動かなかったサラの指がピクリと反応した。もっと大きな反応があった。サラの眉がググッと寄り、ちょっと苦しそうな表情を浮かべたのだ!
「ファーレンさん、今、サラちゃんが!」
「ああ、動いたな! サラ、聞こえるか? 私だ、ファーレンだ!」
私はサラに呼びかける
「……ん」
サラの口から小さく声が漏れた。私はその小さな吐息のような声を聞いただけなのに、心の中がいきなり温かい気持ちで満たされた。良かった。本当に良かった。
「サラちゃん! 聞こえる!」
「サラさん、目を覚ましてください!」
アメリア君やストーク君も声をかけ続けてくれている。サラは変わらず苦しそうな顔をしているものの、その目が薄っすらと開いてきた。緋色の瞳に、少しずつ力が戻ってきている。
「サラ!」
「…………レン」
「ああ、ファーレンだ」
「……ファー、レン」
いよいよサラの目がゆっくりとだが大きく開かれた。まだ身体がうまく動かないのか、手を上げようとしたのか指だけが持ち上がる。
私はその小さな指を優しくそっと包み込んだ。確かにそこにはサラの温もりがあった。
「わたし、あの子と話をしていたの」
サラはしっかりと私の目を見る。もう目の光は充分な強さだ。
「あの子というのは、ドラゴンのこどものことかい?」
「……うん」
「何を、話していたんだい?」
「あの子の、昔のこと」
「昔のこと?」
「うん。あの子、ドラゴンのこどもじゃなかったの」
サラの言葉に私は一瞬理解が追いつかなかった。ドラゴンのこどもじゃない……?
「サラ、どういう意味だい?」
「あの子、ドラゴンのこどもじゃなくて……ドラゴンなの」
「こどもじゃないドラゴン……?」
つまり、成体のドラゴンということか。だが、ならどうしてドラゴンの幼体の姿をしていたのだろう。床に埋もれていたことも関係するのだろうか。
「昔、ドラゴンが争いで傷を負ってしまって……それで、ここに隠れていたの」
「そしてそのまま時が流れ、気付けば地中に取り込まれてしまっていた、か」
「そう」
サラはひと呼吸置く。力が戻ってきたのか、掴んでいた私の手を頼りに上半身をゆっくりと起こした。なんだか、それが少し大人びた仕草に見えた。
「本当に動けないほどで……とっても長い時間をひとりでいたの」
サラは空いているほうの手を自分の胸にそっと添えた。そこにある大事な何かに優しく触れるように。
「もうすぐ生命が消えようという時……わたしたちがここに来たの」
「やはりあの精神体は助けを求めて姿を現していたんだな。もし、騎士団が見かけなかったら間に合わなかった可能性もある。私たちは偶然の奇跡に立ち会ったのかもしれない」
「わたし、どうにか力になれないかって思ったの。そうしたら、フッと身体が軽くなって、気がついたらドラゴンの身体の中にいたの」
「やっぱりそうだったのか……」
やはりサラは魂をドラゴンの精神体と同化させていたのだ。生きる力のほとんどを失いかけていたドラゴンの最後の呼び掛けに、小さなサラが応じた。自分の身体から魂を切り離すなんてとてもできる手段じゃない。やはりサラには特別な力がある。そして、それを実行に移す意思の強さが。
「でも、急にサラの意識がなくなったから、こっちは心臓が止まりそうだったよ」
「ごめんなさい……」
「いや、サラが謝ることじゃない。むしろ、サラは凄いことをしたんだ。誇りに思っていい」
「そうよ。いなくなっちゃったけど、ドラゴンを助けたんでしょ? これって簡単にできることじゃないわ」
アメリア君もサラのフォローに入ってくれた。頭をポンポンとするように撫でている。
「サラは自分の身を顧みずにドラゴンを救ったんだ。恥じる部分なんてどこにもないよ」
「……うん」
サラは私を見上げ、薄っすらとしたものだが笑みを浮かべた。疲れた様子だけど、満足そうな顔をしている。
「おかえり、サラ」
「ただいま、ファーレン」
私はサラをギュッと抱き締めた。
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