ある勇者の冒険譚⑳
魔王の威圧感はこんなに鋭かったか。
僕らの前には魔王ただひとりが待ち受けていた。
二度目なので魔王の根城の内部は把握していたためすぐに辿り着くことができた。罠も何もなく、まるで僕らが順調に到達することができるように配慮されていたかのように。
「少しは強くなったんだろうな?」
魔王は、魔王の椅子と呼ぶにふさわしい物々しい椅子に腰掛けたまま余裕たっぷりに僕らを出迎えた。
この言いっぷり――やはり、魔王はわざと僕らを生かしておいて再戦を望んでいたとしか思えない。
「不思議な顔をしているな。勇者よ、おまえの思っているとおりだぞ」
「!」
「わたしは強い者と戦いたいだけだ。この世界を支配したいだとかはわたしの関与するところではないのでな」
「ならこの世界から出て行くっていうのはどうかしら?」
「魔法使いの女よ。わたしとて好きでこの世界にいるわけではないのだ。魔界には魔界の事情というものがあってな。悪いが、それはできぬ相談だ」
「あら残念。話し合いで解決できれば痛い思いはしなくて済むのにね、お互い」
「おまえたちが強ければいいのだ。わたしは負けて、おめおめと魔界に還るだけだ」
魔王は僕たちが戻ってきたことを素直に喜んでいるという感じで、声からはたのしささえ感じられた。
「だが、もしおまえたちが以前と同じようにわたしにまた負けるようであれば……」
たっぷりと溜める。いい感じはしない空気が漂っている。僕はゴクリと唾を飲み込む。
「この世界を滅ぼすしかあるまいな」
つまらなさそうに、吐き捨てるように魔王が宣言する。そうであってはダメだ、という感情がありありとこもっている。
魔王はこの世界をどうこうしたいというわけではない。だが、魔界の事情でそうせざるを得ない。魔王は純粋に戦いをたのしみたいだけの戦闘狂であり、僕らが勝とうが負けようが正直どうでもいいのだ。ただ、勇者より強い者が現れない以上、魔王のたのしみもなくなり、魔界への配慮もあり、この人間界を滅ぼしてさっさと魔界へ帰還するというのが話の流れだ。
「そうはさせない!」
僕らも簡単に魔王に負けるとは思っていない。充分準備をしてきたし、そうでなければわざわざリベンジなどしない。
「頼もしい限りだな。それでこそ生かしておいた価値がある」
魔王はおもむろに立ち上がった。
こうして対峙すると、改めて魔王の体格の良さが際立ち、風格がある。
魔界を統べる王――魔王の風格は、やはり側近とでは比較にならない。竜族の長も巨体であり、威圧感も相当なものだったが、魔王はただそこにいるだけで普通の人なら意識を失いかねないほどだ。
「今度こそ、もっとたのしませてくれることを期待しているぞ」
魔王は構えない。ただ突っ立っているだけだ。今回も様子見の姿勢から入るのは、やはり僕らが舐められている証拠だ。
「甘く見てると大怪我するぜっ!!」
ギウスが吠える。
槍の柄の端を地面に当て、切っ先を真上にして縦に構える。ギウスが力を込めていくと、それに合わせて槍が鳴動する。
「むっ……それは」
魔王の眉がピクリと上がる。直立の姿勢から半身へ構えを取る。
「行くぞっ!」
槍の鳴動が一段と激しくなる。その鳴動が止んだ瞬間、ギウスは槍を両手で持って振り上げる。そこでクルリと反転させると、切っ先を地面に向かって一気に振り降ろす。
ぐわん、という空間の歪が槍の先端から発生すると、その波動はこの部屋の中に同心円状に一気に拡がった。
「解除魔法か……やるな!」
波動が魔王の正面に到達すると、パキンパキンとまるでガラスが割れるように、魔法障壁そのすべてが砕け散った。
「一気に行くわよ!」
リリアが無詠唱で三大属性の特大魔法を組み上げた。魔王を中心として火炎の渦が巻き上がり、ついで凝縮した竜巻が閉じ込めながらそれを加速させる。最後に頭上から激しいスパークが落下して、そのすべてを炸裂させる。
あまりにも膨大な魔力の奔流に僕らも巻き込まれるが、ネーメウスが張り直した防御障壁によって二次被害を防いでいる。
「これだけの魔力での攻撃なぞ初めて受けたぞ。やるな、魔法使いの女よ」
さすがの魔王も今回は無傷では済まなかった。体のあちこちがくすぶっていて、切り傷も少なくない。ダメージはちゃんと入っている。
「褒めてくれてありがとう。でも、わりと全力に近いんだけどなぁ」
リリアは先制攻撃でダメージを与えられたことに安堵するも、効果的だったとは言えない結果に次の準備を開始する。
「畳みかけるぞ!」
ギウスが放った号令を合図に、僕とギウスが魔王に肉薄する。
地を蹴った勢いそのままにギウスは魔王との距離を一気に詰めると、腕力一本で槍を高速で突き出した。
魔王は半身のまま避けると、手刀を通りざまのギウスにお見舞いした。が、それはむなしく空を切る。
「残像か!」
ギウスの突撃にはネーメウスが直前に使った遅延魔法が上乗せされていて、実際の攻撃の勢いよりも実物が遅れてやってくる。
「喰らえ!」
本体のギウスの突撃が、手刀を放った状態で硬直している魔王に命中する。
まともに入ったように見えたその攻撃も、魔王の反応速度によって致命傷にはならなかった。脇腹をゴリッと削り落とし、少し遅れてドロリと赤い血が流れ落ちる。
「連携も悪くない……成長したな」
この状態でも魔王は上から目線のままだ。あくまで僕たちを強くし、その強くなった僕たちと戦いをたのしみ、そして最後にどういう形でもいいから決着をつける。できれば負けてやろう、とかそんなところだろう。
「よそ見厳禁!」
僕はギウスと交差するように魔王に向かって走り込むと、抜身の長剣を左下から右上に向けて振り抜いた。
背を向けていた魔王の背中に決して浅くはない傷を刻み込んだ。ただ、思ったよりもダメージが入った気がしない。
「さらなる連携。すばらしいぞ!」
魔王は大きな傷を受けながらも、クックックッと笑い声をこぼした。
「それでこそ勇者一行だ。わたしがこれほどのダメージを受けたのは記憶にない」
言うほどたいしたダメージがあるように思えない様で、魔王は僕らにニヤリとした笑顔を向ける。
「これだこれだ。わたしはこういう戦いを求めていたのだ。血湧き肉躍る戦いをな!」
戦闘狂にもほどがあるぞ。僕は魔王の思考とはとても相容れることはできない。わざわざ好き好んで死線をくぐることもないだろう。
「……ときに勇者よ」
「なんだい、魔王?」
「わたしに勝ったあとはどうするつもりだ?」
「魔王を倒して平和になった世の中で、その平和を満喫して生きていくつもりだけど?」
「強気を求めないのか? わたしを倒すほどの力量であれば、より高みを目指したくもなろう」
だからならないんだって。同族にしないでほしい。
「僕は平和な世の中であればそれでいいと思ってる。魔王がいなくなってもすべての問題が解決するわけではないし、完全な平和というものがそうそう実現できないとも思う。でも、それでもわざわざ戦いのある世の中にする必要がないんだよ」
僕の言葉に魔王はしばし考え込んでいる。通じないだろうな……
「ふむ……なるほどな。わかったぞ」
おっ、まさか通じたのか!
「戦いの頂点を極めれば、あとは攻めずに迎え撃つばかりということか」
やっぱり通じない!
「ぜひとも勇者に敗れて、その勇者の寝首をかくために虎視眈々と牙を研ぎ澄ませておきたいものだな」
「恐ろしいことをサラッと言うな!」
「冗談だ」
魔王にも冗談とかあるのかよ……僕は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「なに遊んでるのよっ!」
僕と魔王が膠着状態になっているのに業を煮やし、リリアが戦闘の緊張を取り戻させてきた。
「そう急くな」
「あんたの傷、回復してきてるじゃないか。時間稼ぎはやめてちょうだい」
「たいした差もなかろう」
「そう言って油断させるつもりね? そうはいかないわ」
「やれやれ……」
魔王は自然に回復しつつある傷口を軽く見ると、その修復作業がピタリと止まった。
「これでいいか?」
「なんでそんなことを!?」
「わたしはこの時間をたのしみたいだけだ。時間を稼ぐだとか、裏をかくだとか、そんなつもりは毛頭ない」
淡々と回答する魔王の言葉に、リリアが「意味わかんない」ボソリと呟いた。
「魔王、あんたホントに相当変わってるよな」
「否定はしないでおこう」
言葉にして形にしたくないが、不思議と魔王と通じるものがあると感じてしまった。いや、やっぱりおかしい。なし、今のなし!
「さて、魔法使いの女も待ち兼ねていることだ。続きを始めようじゃないか」
そう言って魔王は独特の構えを取る。両足は大きく広げ腰を落とす。やや前傾となり、胸の前で球体を持つように指を折り曲げて両手を向かい合わせている。
「魔王の魔力が急激に高まってるわ! 気をつけて!」
言われなくてもわかってるよ! なんだこの威圧感は!?
僕は長剣を正眼に構えて何が起きてもいいように備える。念の為、防御と敏捷が高くなるように強化魔法を重ねがけして予防線を張っておく。
「……変身、しそう」
ネーメウスがボソッと言った言葉が強く耳に残る。
まさか、変身だって!?
「わたしは変身などせぬぞ。そのような余力の残し方に魅力を感じないのでな」
とはいえ、魔王の魔力の高まり方が尋常じゃない。事実上の変身といってもおかしくないくらいの上昇っぷりだ。
魔王の魔力の高まりに応じて、ぐんぐんと周囲の空気が上昇していっているように感じた。時間にしてごく僅かだったが、音にも断裂が起きた気がする。
すると、すん、と一気に静寂が訪れた。魔王の魔力の奔流もそれに合わせて突然消える。
「待たせたな」
そこにはまるで見た目の変わっていない魔王が、ただ超然として立っていた。
「第二ラウンドと行こうじゃないか」
不敵に笑う。
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