ある勇者の冒険譚⑬

「ここから仲間が集って、魔王にリベンジするのね?」


「先に言ってしまえばそう。僕らが集まったのを見計らったかのように、魔王が配下の魔物を活性化させたんだ。恐らく、僕らの力を強くするためだったんだと思う」


「ホント、兄ちゃんの世界の魔王はよくわからんな」


「……僕もだよ」


 居酒屋『冒険者ギルド』には、遠路はるばるここまでやってきたのか、五人組と三人組の元冒険者たちがやや疲れた様子で着席していた。


 店員に元気に声をかけられて、疲れた顔に笑顔が咲いたので、やっぱりここはまるで自分の家であるかのような居心地の良さがあるのだろう。


 頼むやいなや、さっそくお酒――ほぼビールが運ばれてきて、かんぱーい! と店内に賑やかな声がこだまする。


「また新しい冒険話が始まりそうだな」


「彼らもそれぞれ独自の人生を歩んできたんだよね」


「違いない」


 ガハハ、と元戦士風の男が元勇者の肩をバンバンと叩く。そして、肩を組むとぐいっと自分のほうに引き寄せた。だいぶ酔っ払ってきている。そして、いつの間にか旧知の仲の親友同士のようなやり取りになっている。


「あんたちょっと酔い過ぎよ」


「そんなことねーよ。いつもこんなもんだよ」


「……酔ってるわよ、完璧に」


 見れば元勇者のテーブルには十名ほどが集まっていた。最初は大きな輪で様子を見ている感じだったが、気がつけば小さな輪の人数が多くなっている。


 元勇者の話はかなり長いのだが、興味を持った者たちは離れない。話がだいぶ進んでしまったので、さすがにあとから輪に加わるものも少なくなったのだが、元勇者が語る冒険譚には人を惹きつける力でもあるのか、店内にちょっとした沈黙が走る瞬間にみんなの耳にちょうど声が届き、なんだなんだと輪に集まってきているのだ。


 元戦士風の男、元遊び人と思しき女性、学者然とした神経質そうな男、それから国王のような風格を持つ老人とこの場にそぐわない幼い見た目のあどけない女の子が輪の中心となっていた。


「ねぇねぇ、勇者さん。魔王ってなんで勇者さんの世界に現れたの?」


 幼い見た目のあどけない女の子がグラスワインを傾けながら元勇者に尋ねた。ここにいるってことはもちろん成人を果たしているのだが、見た目とのギャップがエグい。


「これもあとで聞いた話なんだけど、魔界が平和すぎてつまらないとかとんでもない理由でこっちの世界に現れたって話」


「なにそれ! ほんとぉ?」


「本当。戦闘狂だとは思っていたけど、退屈しのぎだった可能性が極めて高い」


「やばくない? そんなんで世界滅ぼされたかもしんないんでしょ?」


「運が悪かったらそうなってたかもね」


「あたし、その世界だったら生きていけなかったかも」


「キミの人生にもいろいろあったんでしょ?」


「うん。そうね。あたしももう充分って感じだったから、今は別のことしてるんだよね」


「きっとみんなそんな感じなんだろうね」


 居酒屋『冒険者ギルド』は元冒険者たちが、今ではなく過去に自分が活躍していたときの話をするのに最適な場所となっている。


 それぞれの冒険者たちはそれぞれの世界を生き、生き抜き、今こうしてここにいる。


 今日のこのたのしいひとときが終われば、また普通の日常に戻っていく。ここは、そんな彼らの想いが生み出した憩いの場なのだ。



「いよいよラストスパートだよ」


 元勇者は周りに集まったみんなにそれぞれ視線を向ける。


「僕らは四人で修行をし直し、装備を集め直し、魔王に再び戦いを挑むことになるんだ」

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