第24話

「貴様の差し金か」

はい?

遠巻きにマリアナとどこかの令嬢がもめているのは分かった。私は薄情にも助けに行くつもりはさらさらなかった。

王妃様と陛下の意をくんでというのもあるけど、私に関係のないことだからというのが一番大きい。

義理の妹だけど、私にとっては赤の他人も同然だから。

それに私が助けに入らなくても助けてくれる人がいるからだ。私の時は違って。案の定、カール殿下がすぐに駆け付けた。

そこまでは良かった。なのに、カール殿下を見たマリアナの視線がそのまま私へ向けられた。それにつられるようにカール殿下も私を見る。

「汚いぞ、エマ。人を使って、妹を貶めるなど」

私とカール殿下たちの間にはかなりの距離がある。そのままカール殿下が私にも届くように言うので当然だけど、会場にカール殿下の声が響き渡り、何事かと私に視線が集まる。

「仰る意味が分かりません。何を根拠にそのようなことを仰っているんですか?」

「白々しい。全てはお前の差し金だろう」

こんな場所でこんな侮辱を受けるなんて。

そもそも、王族が公の場でそういう発言をすることがどういう禍を招くか考えないのかしら。

カール殿下に施された再教育は残念ながら失敗の様ね。

この場は二人の試験会場でもあっただろうに。

「カール様、お姉様はそのようなことをなさる方ではありません。きっと、何かの間違いです」

マリアナはカール様に縋り、必死に懇願する。

「そうですよね、お姉様。だって、お姉様はお優しい方ですもの」

本当に癇に障る。

懇願するような目で私を見てくるマリアナにも。事実を確かめもせずに決めつける殿下にも。

「お優しい方。お優しい方、ね」

「お姉様?」

きょとんとした顔でマリアナは私を見る。あどけないその表情は庇護欲をそそり、男たちの自尊心を満足させるには十分な威力を持つだろう。

特にプライドの高い貴族の男たちにとっては。でも、それだけで生きて行けるほどあなたの選んだ道は甘くないのよ。今からあなたもそれを思い知ればいい。お母様が味わった苦痛と同じ苦痛を。

「あなたはよく『お優しい方』と言うけど、私その言葉あまり好きじゃないのよね。『お優しい方だから勉強を見てくれる』『お優しい方だから王妃教育を手伝ってくれる』『お優しい方だから私の願いを聞き入れてくれる』。なら、あなたのいうことを聞かない人間は悪人なの?」

「そんなことはありません!私はそんなつもりで言ったわけじゃありませんわ」

誤解ですとマリアナは涙目で私に訴える。そうすれば、自分の正しさが証明されるとでも思っているのだろうか。

涙を流す人間は被害者で、泣かせた人間は加害者。何も知らない周囲に与える印象はいつだってそうなのだ。人は無意識に、無自覚に、悪意なく人を悪人に仕立て上げる。今のマリアナのように。

「エマっ!」

カール殿下がぎっと私を睨みつける。

「お母様と過ごした別館を土足で踏み荒らし、私から遠ざけようとしたり。幼い頃から私に仕えている侍女を解雇するようにお父様に進言したわね。それで、誰が私に世話をしてくれるのかしら?世話をしてくれる侍女もなく、貴族の令嬢が平民のように自分のことは自分でしろってことかしら?どちらが酷いの?」

「何かの誤解です。私はそんなつもりありません。それにアンナのことも解雇しようとなんてしてません」

「あなたは知らないのね。侍女を挿げ替えるってそういうことよ。お馬鹿さん」

「そんな。私、ちが、知らなかっただけ」

本当にイライラする。

「無知は罪の言い訳にはならない」

私の言葉にマリアナは初めてそのことに気づいたような顔をした。そして、アンナに対する自分の行いを責めて泣き崩れてしまった。

「マリアナ」

マリアナを心配した義母と父がはしたなくも床に座り込み、泣き続けるマリアナの元に駆け寄る。義母は床に膝をつき、優しくマリアナの背を撫でる。

父は私を睨み付ける。だけど、さすがは公爵。王族主催のパーティーで揉め事はまずいと理解してる。睨み付けてはくるが何も言ってこない。

対してマリアナは。

貴族の令嬢が人前で泣き崩れるなんて。醜態もいいところだ。

現に周囲の貴族は不快げに眉を潜めている。これが次期王太子妃か。という目だ。

「エマ。自分が何をしたのか分かっているのか?」

壇上にいる陛下たちを除いて、一番地位の高いカール殿下。

彼はため息を一つつくと、意を決したように告げる。

「マリアナの姉と大目に見ていたのが間違いだった」

ごめんなさい。何を言っているのか分かりません。せめて、人語を話してくれないかしら。

ああ、退化した猿にはムリな話ね。

「マリアナは私の婚約者。彼女に対する侮辱は王族である私への侮辱となる。よって、エマ。お前を不敬罪で処罰する」

ざわりと周囲の空気が揺れ動いた。マリアナは驚いた顔で私を見つめる。はらはらと涙をこぼしながら見つめてくるマリアナ。

私はそんな彼女を一瞥した後視線を陛下と王妃に向けた。

「おって、沙汰を言い渡す。それまで牢で反省していろ。近衛隊」

カール殿下が会場の警護を任せていた騎士に声をかけるが誰一人として動かない。

当然だろう。彼らの主はカール殿下ではなく陛下なのだから。

カール殿下が王命を受けているならいざ知らず、私用で近衛を動かせば謀反の疑いにまで発展することだってある。

簡単に動かすことはできないのだ。

「何をしているっ!近衛隊。さっさとこの女を捕らえろ」

苛立つカール殿下の声が会場に響いた。

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