第2話

「主」

部屋に戻ると、ずっと私の後ろに黙ってついて来ていた従者が初めて口を開いた。

心配そうに私の顔を覗き込む彼の顔は包帯でぐるぐる巻きにされているのでほとんど見えない。

彼の声色から唯一、彼が私を心配しているということが分かる。

体長は二メートル近くある。顔には火傷があり、皮膚が変色して爛れている。その為、包帯で隠しているのだ。時折、空気に触れないと悪いということなので外している時もあるけど。

彼の名前はジル。私の従者であり護衛だ。彼は奴隷商人に売られていたとこを私が買った。

「新しい家族ができた」

「家族?」

ソファーに腰かけて、侍女の淹れてくれた紅茶に口をつける。

「母親と妹ができた」

私の言葉にジルは首を傾げる。大柄な男なのに、その仕草がどこか犬を連想させて可愛い。

火傷のせいで奴隷商人は世界一醜い顔だとか言っていたからそう思うのは私だけだろう。

「妹は私よりも一つ下だ」

「愛人と義妹?」

「ええ」

「こっちに来る?」

ジルの火傷は喉まで来ているので単語、単語でしか話せない。

「来るわけないでしょ。何?」

ジルが急にその大きな腕で私を抱きしめてきた。筋肉むき出しの彼の両腕は傷だらけで、がさがさしていた。

「寂しそうだったから」

だからって普通、奴隷が主を抱きしめるのはどうかと思うけど。まぁ、いいか。ジルだし。

不思議と彼の腕の中は安心する。

「私にはジルがいる。寂しいなんて思わない」

心なしか私を私を抱きしめる腕に力が籠った気がする。


◇◇◇


家族が増えた翌日

「エマ様、旦那様からの言伝です」

私がいる別館とお父様がいる本館を唯一繋ぐ存在。侍女のアンナが私を起こしに来た。

ジルの腕の中で寝ている私を既に見慣れている彼女は特段、注意することも驚くこともない。

私とジルに男女の関係はないので彼女も注意はしないのだろう。

年頃の男女が一緒にベッドで寝るなんてはしたないことなかもしれないけど、知られなければいいだけの話だ。

アンナは女性にしては長身。赤毛の髪と黒い目をしている。無表情がデフォルト。

彼女も奴隷商人に売られていた。私が買って、侍女になってもらった。

もちろん。二人ともお給金は出ている。

父は基本的に私のやることに文句は言わない。というか、関心がないのだろう。だから私の世話をする人間が奴隷でも構わないのだ。

「嫌な予感しかしない」

ベッドから起き上がった私はアンナに手伝ってもらい、服を着替える。もちろんだけど、その際はジルに一旦、部屋を出てもらうけど。

「妹様のお披露目会を近々開催されるそうです」

「うわぁお。素敵」

思いっきり棒読みになったけどアンナは聞き流してくれた。

「新しいドレスを新調いたしましょう」

「必要?」

「はい。既に仕立て屋を呼んでいます」

アンナは相変わらず仕事が早い。

「この前のお茶会からだいぶ間が開いております故」

「そうだっけ?」

あまり華やかな場所は好きではないので、どうしても遠ざかってしまうのだ。

「私、出ないとダメかな?」

「旦那様のご命令です」

断れないとアンナに言われて私は深いため息をつく。そんな私を見て、アンナは一旦仕事をストップした。

「ご体調が優れませんか?」

「別に」

「では、奥様と義妹様に何かされましたか?」

心なしかアンナの目に物騒な感情が宿っているように見える。基本、無表情なので何を考えているか分からないところもあるけど、その分目にはよく感情が出るのだ。ある意味、分かりやすい。

「何もされてないよ」

そんなアンナを宥めながら、仕事を再開させる。

着替えを終えるとジルを室内に戻して食事だ。

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