10. 「夏」「風船」「鑑賞」

 風船が飛んでいる。

 ふわふわと、空を漂う。

 赤、青、黄色、緑、白、ピンク。

 青く澄み渡った広い空に、風船が漂っている。


「風船いっぱいだね」

「今日はお祭りだからね」


 妹は微笑みをもって窓の外を眺めていた。僕は花瓶に花を挿しながら、妹の様子を眺めていた。


「暑くないか」

「うん、ちょっと。でも窓は開けていたいな」


 ざわざわと、かすかに街の賑やかな声が聞こえる。


「みんな楽しそうだね」

「まあ、お祭りだしね」

「いいなー」


 妹は窓の外に身を乗り出した。


「こら、危ないよ」

「だって、風船もっと見たい」


 僕は妹を支えるようにその腰に手をまわした。

 細いな――。


「私もお祭りいきたい」

「駄目だよ」

「けち」

「我慢しろ」


 窓から身をひっこめた妹はベッドに寝そべった。


「私もお祭りいきたいー、見てるだけなんてつまんない」


 ばたばたと手足を動かす。そのたびにシーツが皺をつくった。

 僕は困ってしまった。でも、ふと思い出してポケットに手を入れる。つるりとした感触。


「これで我慢しろよ」


 ポケットの中に入っていた、まだ膨らんでいない平べったい風船を差し出した。ここにくる前に、街でもらったものだ。水色の風船だった。

 妹はぱっと表情を明るくして僕の手から風船をひったくった。

 早速膨らませようとするが、なかなか大きくならない。必死の顔で息を吹き込んでいるが、妹の顔が苦しそうに赤く染まるだけで風船に変化は見られなかった。僕はハラハラして、結局横から手を伸ばした。


「貸して」


 もう一度僕の手元に戻ってきた風船に、勢い良く息を吹き込む。案外あっさりと風船は膨らんだ。


「ほら」

「もー、私が膨らませたかったのに」

「お前じゃ無理だっただろ」


 妹はリスみたいに頬を膨らませたが、風船を渡すと素直に受け取った。

 いそいそと窓から腕を突き出す。

 そっと手を放すと、風船はふわふわと手元を離れていった。

 熱い夏の風に揺られて、風船は街の方に流れていく。


「私の風船もお祭りに参加してるみたい」


 妹は嬉しそうに笑った。


「――風船、もっと飛ばす?」

「いいの?」

「うん、もらってくるよ。ちょっと待ってて」

「いっぱいもらってきてね」


 手を振る妹に見送られて、僕はやけに白い部屋を後にした。


「にしても、暑いな」


 外に出るとむわっと熱気に襲われた。部屋に戻りたい衝動にかられる。

 しかし、妹が待っているのだ。

 たしかに祭りを眺めるだけなんてつまらないだろう。あの部屋から出られない妹のためになら、少しの暑さくらい我慢しよう。

 僕は街に走った。

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