7. 「黄昏」「悩み」「最高の記憶」

 ――何か思いだせた?

 いつの間にか隣にいた女性がそう問いかけた。

 女性、なのかどうか、本当のところはよく分からない。

 高くもなく低くもない、子どものようで大人っぽい声。この空間では声が妙に反響して聞こえる。背の高低もよく分からない。

 隣をみても、その姿はとらえきれない。

 日没直後。空が明るさを失って闇に包まれる頃。ここは見渡す限り草原しかないから、地平線が良く見える。ほの暗さが彼女の姿を影にしていた。いや、それにしたって彼女の周囲は暗すぎる。おかしい。

 やはりここは現実の世界ではないのだな、と思った。

 首を横に振ると、彼女は悩ましげに息を吐いた。

 ――困ったね。君、ここに来るようになってどれくらい経ったの。そろそろ思いださないと。この世界も、もうすぐ閉じてしまうよ。

 見てごらんよ、と彼女は細い指で地平線を指す。

 ――どんどん暗くなっている。この世界は夜になったら閉じてしまうよ。

 この世界はいつも黄昏時だった。例外はない。何時間ここにいたって、黄昏から時が動くことはなかった。それなのに、ここ最近は訪れるたびに、夜の度合いが強まっているようだった。

 ――さあ、時間はないんだ。記憶を探すなら早く行きなさい。

 とんっと背中を押されて、気づいた時にはもう彼女は消えていた。

 私には記憶がない。

 現実の私が眠りにつくと、何かの拍子でこの世界の扉が開く。この草原の何処かに私の記憶が落ちているらしい。私はその記憶を探さなければいけないらしかった。

 私のどんな記憶が落っこちてしまっているのだろう。そもそも記憶が落ちているってどういうことだろう。

 よく分からない。分からないけど、探さなきゃ。きっと大切なものなんだ。

 私は草原以外に何もない世界をひたすら歩いた。何処かにあるらしい私の記憶を求めて。

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