第20話 猫探し【中編】
「皆も知っていると思うが改めて説明しよう! 精霊獣とは神獣レンギレスが遣わした幸運の獣! 見れば小さな幸運を、触れれば中くらいの幸運を、認められれば大きな幸運に恵まれる! あくまでも我らが捜索するのはブリニーズの王太子シルヴィオ様をお認めになった猫型の精霊獣! 発見した際は速やかにお返しする! 万が一怒らせるような事があれば、その者には恩恵の反転……呪いが与えられるであろう! と言うわけで市街地から市場は第三騎士団、市場から『スフレアの森』付近を第二騎士団、城の中は第一騎士団が捜索! 市民にも聞き込みをせよ! 特徴は白に赤毛と茶色の斑模様、いわゆる三毛猫だ! 心して探し出せええぇ!」
『おおおおおお!』
「三毛猫よ、三毛猫! 三毛猫を探すのよ! シルヴィオ様とお近付きになるとチャンスですもの!」
「ええ、それに精霊獣は見ただけでも幸運になると言うものね! メルヴィン様の婚約者候補にして頂けますようにと祈らないと!」
「えー、わたくしはエルスティー様の婚約者になりたいわ〜」
「わ、わたくしセイドリック様〜」
「「「きゃ〜〜〜」」」
「早く探さぬかー! 精霊獣ぞ、精霊獣! 猫一匹がなぜ見付からぬうぅ! 俺様はシャゴインの王太子ぞ! 早く精霊獣を探してこい! 俺様に大きな幸運を与えるように、探し出して命じるんだ!」
「な、なりませんジーニア様! 精霊獣は一度認めた者を変える事はございません! 無理強いすれば呪われてしまいます!」
「そ、そうです。せめてお体に触れさせて頂き、中くらいの幸運をお与え頂きましょう!」
「む、ぐぬぬ……し、仕方ない……呪われるのは嫌だからな……。クソ! なぜ『スフレの森』と隣接する我が国でなくブリニーズのシルヴィオなのだ! ちょっと顔がいいからって調子に乗りやがってあの田舎者め!」
「「…………」」
やってるやってる。
学園の周りには動きやすい服装になった令嬢のグループが、まるでハイキング気分で精霊獣様探し。
メルヴィン様やザグレの貴族たちは、騎士団を引っ張り出して王都中を捜索している。
ちょっと意外だったのはジーニア様。
勉強嫌いで寝坊常習犯なのに、こんな時は行動が素早い。
従者たちを引き連れ、直々に精霊獣様探しに参加されている。
……まあ、下心丸見えで情けなくなるけれど……。
あと、あんな大声でブリニーズを貶すなんて、なんておバカなっ!
隣を歩くシルヴィオ様は「ミカ、ミカ」と全然耳に入っていないようだけど、その後ろのシルヴァーン様やシルヴェル様にはジト目で睨まれたわよ。
「セシル様の婚約者は短慮で愚かでお気の毒だな。なぜあんな男のとセシル様が婚約などという話になったのだ?」
「え? えーと、それは〜……」
シルヴァーン様もなかなか容赦なく貶してきたわね。
一応『セシル』の婚約者なのに、まさか婚約者本人にそれを聞いてくるとは!
困ったようなセイドリックが私を見上げるので、私も軽い頭痛に頭を抱えつつ「り、隣国ですので……」とだけ返した。
まあ、それで納得などされないだろう。
前にもシルヴァーン様たちとはこの話をしている。
それなのに、また、とは。
隣国の王族同士の婚姻などよくある話。
でも、結ばざるを得なかったのよ。
手遅れだったんだもの。
他国に自国の恥……異母姉たちの嫌がらせです、なんて言えないわ。
あまり突っ込まないでくださーい。
「姫ご自身はお嫌ではないのか?」
「え? ……そ、うですね、嫌です」
「セ⁉︎ セ、セシル姉様っ」
ちょ、ちょっとちょっと! セイドリック!
なにはっきり言ってるの⁉︎
そりゃ、私だって本音を言えば嫌よ!
でも、婚約を破棄すればロンディニアに不利なペナルティを異母姉たちは条件として付けて出したのよ!
俯いてシルヴァーン様の問いに、非常に素直に答えてしまったセイドリック。
慌てたのは私の方。
だって、それは……私は……。
「でも、婚約を破棄すると異母姉様たちに怒られるんです」
「なんだと?」
「…………」
「セ! セシル姉様!」
うわー! うわー! 喋りすぎよー!
この方々は確かに我が国とはあまり親交の深い国ではないけれど!
それでも他国の王族たちなのよー!
話していい事と、悪い事があるのよー!
腕を引いて止めようとするが、シルヴェル様に肩を掴まれた。
「シルヴェル様……?」
「…………」
これは私の知らないセイドリックの世界。
私の知らない間に、あの子はあの子なりに成長していたのだ。
俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに私を見る。
「とはいえ、先日シルヴァーン様にご提案頂いた件は弟と相談の上お返事致しますのでお待ちください」
「せ! 急いてはいない急いてはいない!」
「…………」
頭を下げるセイドリック。
ちら、とシルヴェル様を見る。
頷かれる。
ちら、とシルヴィオ様を見る。
「ミカ、ミカー」と学園を囲う森の方へと精霊獣様の名前を叫んでおられる。
ちら、とシルヴァーン様を見る。
顔が真っ赤。
ふむ、なるほど。
「そうですね、是非後ほど……く わ し く ……」
「ひぇ」
どういう事なのかしらねぇ?
私なにも聞いてないわ〜?
シルヴァーン様の肩を叩き、努めて笑顔で申し上げましたとも。
「おや? セシル様、ものすごいハーレムで精霊獣探ししているねー?」
「こんにちは、エルスティー様」
「セ、セシル姉様、朝にお会いしてますよ」
「そうでした」
えへ、と舌を出すこの子の可愛さよ。
シルヴァーン様がほんわ、と頰染めたので思わずギョロリと見てしまう。
ものすごい速度で目を逸らされた。
これは、やはり。
私の思い過ごしでは、ない⁉︎
シルヴァーン様、いつの間にうちの弟を‼︎
……………………。
え、ちょっと待って冷静に考えるとまずくない?
シルヴァーン様、セイドリックを『セシル』と思って好意を持たれてるの?
え? これはまずくない?
素直にまずいわよね?
ちょ、ちょっと後でじゃなく、今すぐ根掘り葉掘り聞いておいた方がいいのでは……⁉︎
「エルスティー! ミカは見付かった⁉︎」
「うわ! い、いや……町の方は騎士団、町民総出で探し回っているがまだ見付かってない。城の方も音沙汰ないな」
「ああ、ミカ! どこかで怪我をして動けなくなっているのでは……⁉︎ お腹を空かせて泣いていやしないか……はああぁぁ……」
「…………」
エルスティー様の複雑そうなお顔。
シルヴィオ様のご心配するお気持ち分かるわ〜。
私ももしいなくなったのがセイドリックだと思うと……はああぁぁ……!
「ですが、猫に近い生態なら匂いに敏感だと思うんです。シルヴィオ様のお邸を一度見て、そのあとミカ様がお使いのおトイレなどを邸の前に持ってきて、お待ちになった方がいいかもしれません」
と、猫の生態にこの中では一番詳しいセイドリックが提案する。
しかし、シルヴィオ様は首を振った。
「い、いや、ミカは邸の中では絶対排泄しないんだ。恥ずかしいからと……」
「お、乙女のようですね」
「乙女なんだよ!」
「し、失礼しました」
うちの城の離れで飼っている猫たちとは違うのね。
うーん、猫ならある程度生態が分かるけど、精霊獣となると必ずしも猫と同じ行動を取るとは言えないし……そもそも猫ってこちらの予想できない動きをする生き物だし……これは弱ったわ。
「でもあまり大々的に騒がしく探すのは良くありません。猫は耳も良いので、騒がしいところからは逃げてしまいます」
「え! そ、そうなのか⁉︎ ど、どうしよう、私思い切り名前を叫んでここまで来てしまったよ……っ」
「でも精霊獣様なんですよね? それに、契約者のシルヴィオ様のお声なら反応するかもしれません」
「という事は、ここまでの道にミカはいなかった……?」
シルヴァーン様がセイドリックの言葉に首を傾げる。
私もそう思う。
猫の気配は人間には到底捉えられるものではない。
しかし、この道の奥にあるのは『スフレアの森』だ。
……まさかね?
「ところでエルスティー様はなぜこちらに?」
「ああ、よもや『スフレアの森』には行っていないよな、と……一応様子を見に来たんだ」
エルスティー様も私と同じ事を考えていたんだわ。
そうよね、シルヴィオ様たちのお邸は私の借りているお邸とは逆方向。
『スフレアの森』の近く。
町の方が騒がしくてこちらに逃げてきたら、まずシルヴィオ様たちのお邸を探すはず。
それにさっきシルヴィオ様に教わったミカ様の散歩コースは『スフレアの森』に近かった。
可能性は、ゼロではないのよね……。
「森の入り口に行くならご一緒します」
「わ、私も!」
「いえ、シルヴィオ様たちのは一度お邸にお戻りください。もしかしたら帰っておられるかもしれません。入れ違いになったのかも……」
「そ、そうか……戻っている可能性も……。し、しかし……」
「シルヴァーン様とシルヴェル様は邸の周りを一周してみてください。なにか痕跡が残っているかもしれません。姉様は猫、ではなかった、ミカ様の持ち物で、捜索に使えそうなものがないかお邸を訪ねて探してみてください。猫に関しては姉様の方が詳しいですから……」
「は、はい!」
「よろしく頼むよ、セシル様っ」
シルヴィオ様必死だな。
……でも、他の方と違ってシルヴィオ様はミカ様が『精霊獣』だから心配いているのではない。
『大切な存在』だから探しているのだ。
そう、ひしひしと伝わってくる。
きっとミカ様もそんなシルヴィオ様だから、加護を与えておられるのだろう。
それはなんとなく、羨ましいような……。
「セイドリック、行こう」
「はい」
…………そういえば、エルスティー様はどうしてミカ様を探しているのだろう?
やはり幸運にあやかりたいのだろうか?
セイドリックたちを先に三兄弟のお邸に行かせて、私はエルスティー様と『スフレアの森』の入り口に向かう。
今回は馬もなく、そして森には危険も多いかもしれないから剣を使う事になるかもしれないわね……。
町が騒がしいと、森もその気配で……なんというか、気が立っている——そんな気配だ。
「森にはいないといいんだが……」
「そうですね。……あの、エルスティー様も精霊獣の幸運が欲しかったのですか?」
「え? 当たり前でしょう。精霊獣の幸運なんて一生に一度くらい頂いてみたいじゃないか」
「…………」
ま、真顔……。
「君は純粋に困っていたシルヴィオを、手伝ってあげようとしていたみたいだけど」
「え? それはまあ、我が城の離れにも猫部屋がありまして?」
「そ、そうなの? ……あ、ああ、いや、そうではなくてね」
「?」
森の入り口は目の前。
体が近付いてくる。
あ、しまった。
そう思った時にはもう遅い。
私は最近この人の優しさに甘え過ぎているという事を、もっと自覚すべきではなかろうか。
「急くつもりはないけど、さすがこれだけ待たされると焦れるというか、ね?」
「っ……す……す、す、すみませ……」
「本当にそう思ってる?」
にっこり。
とても綺麗な笑顔が、ますます近付く。
ううう! でも、そんなに簡単に答えなど出るはずもなくですね!
どうしよう。
人気もないし、ここで言ってしまおうか。
い、いえ、でもセイドリックに断りもなくそんな事……。
というか私、町に出かけてから結構時間経ってるのになぜこの話をセイドリックにしなかったのかしら。
いや、その、い、言い出しづらくて……。
それにこの話をするとなるとエルスティー様の性癖も話さねばならないし?
そ、そうそう、それはちょっとねー?
……じゃ、なくて!
何回似たような現実逃避をすれば気が済むのよ私ー!
「…………。すみません、あの、私、あの、エルスティー様に……言っていない事があって、ですね……」
「え?」
「……その、なんというか……」
あれ。
喉の奥が、痛い。
鉄を飲み込んだように、キンキンと痛む。
話したくないと込み上げてくる、これはなに?
喉の奥の痛みは鼻筋を通り目頭を熱くする。
あ、まずい、と思った時には涙の膜が瞳を覆った。
なぜなの。
だってこれは、ちゃんと言わなきゃいけない事じゃない。
どうして、こんな、急に、私……。
「セ……」
「ご、めんなさ……」
嫌われたくない。
拒まれたくない。
なんて勝手なの……。
でも私の心はそう叫んでる。
だって、初めて——私、初めて……好きになった人……。
私を好きだと言ってくれて、私に色々お話ししてくれて。
微笑んでくれる人。
気付いたら、私も……こんなにこの方の事が……。
「…………。そうか……そうだよね……まあ、君にもそういうものの一つや二つ、あるよね……」
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