第7話 王族茶会



 入学から一ヶ月が経つ。

 今夜は加点対象となる、入学一ヶ月記念の夜会。

 イフが夜会用に新調してくれた礼服を、試着してみる。

 うん……。


「問題ないね。姉様の方はどうだっだ?」

「あちらも問題なく。というより『セシル様』がここ一ヶ月で瞬く間に淑女らしくなられて使用人一同、ビビっております」

「す、素直に心配していると言っていいよ」


 私もここ一ヶ月でだいぶ殿方らしい話し方が板に付いてきた。

 それもこれも、多少認めたくないけれど、エルスティー様とメルヴィン様のおかげだろう。

 あのお二方と剣の稽古を始めてから、共にいる時間が増え、殿方の立ち居振る舞いや口調などを真似て覚えられたのた。

 彼らも私がだいぶ砕けて、親しくなってきたようだ、と微妙な勘違いをしてくれているので、色々と都合はいい。

 しかし、私というよりセイドリックだ。

 淑女のレッスンが増えたとはいえ、日に日に可愛く、清らかで愛らしくますます天使のようになっていくのはこれいかに。

 イフが真顔で心配するのも無理はない。

 だってあの子は、我が国の『王太子』なのよ?

 淑女らしくなってどうするのよ!

 大丈夫なのかしら?

 国に戻ってから、紳士らしく振る舞える?

 剣の稽古も頑張っているようだし、姫騎士には近付いているのだろうけれど……ロンディニアに帰った後の事が心配だわ。


「夜会までのお時間はどうされるのですか?」

「エルスティー様のお邸に呼ばれているんだ。そのまま夜会へ行く事となるだろう。お前は姉様と先に会場に行っていてくれ」

「かしこまりました」


 夜会まで他の国の王族を紹介するよー、とあのにやけ顔で言われたので断りきれなかったけれど、あの方本当になんなのかしら。

 クラスの違う王族——多分、殿方ばかりと思うけれど——と交流するなんて、一体どんなルートを?

 しかし、これはチャンスね。

 他国の王族たちとはきちんと会っておきたかったもの。

 上級クラスになれば顔を合わせる事になるでしょうが、面識があるのとないのでは全然違う。

 貴族を相手にするのとはわけが違うし、王族として勉強にもなるはず!


「とにかくそれまでダンスのレッスンを徹底的に……頼む」

「はっ」


 淑女らしくなってはいる。

 けれど、やはりダンスは……ダンスだけは!

 これは体に染み付いたもの。

 私も練習不足だけれど、ヒールで踊るセイドリックはより、練習が必要。

 ギリギリまで頑張ってもらうことになる。

 迎えの馬車に乗り、いざ、エルスティー様のお邸へ!





 と、勇んで来てみたエルスティー様の邸。

 私が思っていたよりも質素な邸だった。

 玄関を潜ると使用人に案内され、広い応接間へと通される。

 そこには六人の殿方が座って歓談しておられた。

 ど、どの殿方も眩いほどの整ったお顔立ち!

 こ、この中に混ざるとか、私大丈夫?


「やあ! セイドリック、よく来たね! 紹介するからおいでおいで!」

「は、はぁ……。お、お招きありがとうございます」


 なんでこの方は毎度毎度テンションが高いのか。

 すぐに手を掴まれて「ロンディニアのセイドリック王太子だよー」と皆様に紹介される。

 私も頭を下げて「ご紹介に預かりました。ロンディニア王国のセイドリック・スカーレット・ロンディニアです」と名乗った。

 頭を上げると、メルヴィン様と目が合う。

 微笑まれるが……お、驚くほど顔が青い!

 いやもうあれ退席してお休みになった方がいいレベルでは⁉︎


「では右端から。褐色の彼がアーカ王国のイクレスタ王子。この中では最年長だね」

「…………」


 愛想がなく、すぐに顔を逸らす。

 褐色の肌と金の髪、青い瞳のこの方が、南国アーカのイクレスタ王太子。

 お父上様がご病気と聞くから、卒業したらすぐに即位されると噂がある。


「そこのそっくりな三人はブリニーズ王国の第二王子シルヴィオ、第三王子シルヴァーン、第四王子のシルヴェル」


 南東の国ブリニーズ王国の四兄弟王子のうちのお三方か。

 ブリニーズは今、精霊獣が滞在している二国の一つ。

 距離はあるけれど、仲良くしておいて損はないわね。

 どの王子も銀髪と澄んだ翡翠の瞳。

 髪の長い方がシルヴィオ様で、肩で切りそろえているのがシルヴァーン様、短髪がシルヴェル様。

 年の頃は皆様、私と近いようだわ。

 あ、でもセイドリックからすると、シルヴェル様が一番近いだろう。

 仲良くするのならシルヴェル様かしら。

 確か、三男のシルヴァーン様は私と同い年のはず。

 年齢の方は後で聞いて確認しましょう。


「僕らとシルヴァーン王子以外は、皆メルヴィンと同じクラスだよ」

「そうなのですね」


 ふむ、やはり殿方しかいないな。

 ヴィヴィズ王国の王太子様はすでにご卒業され、妹姫たちはまだ幼いから入学されていないと聞いていたけれど。

 エディレッタ王国の第二王女レディ・ウィール様やこの国の王女メルティ様もいない。

 あれ?


「ち、ちなみにジーニア様は……」

「ああ、誘ったら行かないって言う人がいてねぇ」


 目を逸らしたのはイクレスタ王太子様とシルヴァーン様だ。

 ははは……と、笑って流したが……深刻そうである。

 この場に呼ばれないなんて、国家間で除け者にされたと同義ではないか。


「自分はお誘いしてもいいと言ったんだけどね」

「なにを仰るのですか! あんな品のない男を兄様やシルヴェルに会わせるなど笑止! 同じ王族の位である事も信じられません!」


 立ち上がってまでも憤慨するのはシルヴァーン様。

 エルスティー様がこっそり「シルヴァーンだけジーニアと同じクラスだから」と教えてくれた。

 顔が引き攣ったのが、自分でも分かってしまう。

 こ、この方とあの方が、同じクラス⁉︎

 混ぜるな危険ではないの⁉︎


「それはそれとして、セイドリック王子はお歳はおいくつでしたっけ?」

「じゅ、十三です」


 ニコッ、と微笑むのは今し方シルヴァーン様に叱られていた銀の長髪の殿方、シルヴィオ様。

 ううん! 名前が似ていてややこしいわ。


「ではここでは最年少かな。それにしても、セイドリック王子は大人っぽいね」

「……あ、ありがとうございます」


 実年齢は十六歳なので……。


「とはいえ、君の隣にいる男のジャスト範囲。気を付けた方がいいよ。彼、君くらいの歳の子が一番好物なはずだから。自分の弟たちも危うく食べられてしまうところだったんだ」

「へ?」

「あはははははは。人聞きの悪い言い方をなさいますねぇ、シルヴィオ様は〜。そんな事ありませんよ、ねぇ? イクレスタ様?」

「グッ! ゴホゴホッ!」

「こ、こちらを!」

「……?」


 メルヴィン様がイクレスタ様へお茶を差し出す。

 それを一気飲みして、ギロリとエルスティー様を睨むイクレスタ様。

 な、なに? なにが起きているの?


「に、兄様?」

「なんのお話ですか……?」

「大丈夫、今のお気に入りは彼のようだからねー。ねぇ? イクレスタ様?」

「っぐ……。メ、メルヴィン殿、もう一杯頼む」

「ど、どうぞ」

「?」


 なんなの?

 シルヴィオ様が弟お二人に微笑みかけておられるのは、どういう意味合いで、なの?

 ええ? イクレスタ様とエルスティー様とシルヴィオ様はこの学園に入る前からのお知り合い……なのかしら?

 三人にしか分からないような会話をされている、わね?


「ですが自業自得ですよ」

「うっ……」


 あ、メルヴィン様もグルだわ。

 一体なにがあったのかしら?

 しかし最年長が咎められているという事は、イクレスタ様が元凶のようね……。


「し、しかしメルヴィン殿よ、エルスティーは随分と奇妙なお遊びを始めたのだなぁ? 貴殿も苦労するだろう、こんな家臣を持っては!」


 腕を組み、なにやら強がりのような笑みでエルスティー様を眺めつつ話をメルヴィン様に振るイクレスタ様。

 それにメルヴィン様がサァ、と顔を青くなさる。

 エルスティー様はというと……えぇ……口元が引き攣ってる……なにこれこわい……。


「確かに! 凡人では思いつかない遊びですね! 自分も今度やってみようかな〜」

「くっ……」


 あれ、エルスティー様が突然の劣勢?

 なぜ?


「どんな遊びですか? モノによっては同意しかねます!」

「そ、そうですね」


 シルヴァーン様の意見には賛成だわ。

 エルスティー様の考える『遊び』……確かにロクでもなさそう。


「うーん、シルヴァーンは絶対反対する感じの遊びだね」

「…………。内容を聞いたのですが?」

「言ったら面白くないから言わないよ」

「…………」


 シルヴィオ様にそう言われ、ギロッとすごい目付きでイクレスタ様とメルヴィン様を睨むシルヴァーン様。

 こ、この子すごい。

 大国ザグレの王太子と、最年長アーカ王国の王太子に立ち向かった!


「…………」

「…………」


 そ、そしてお二人はあからさますぎる感じで顔を背けた!

 な、なんなのぉ〜⁉︎


「こほん。それよりセイドリック、座ろうか。お菓子なに食べる?」

「……あ、あのう、一体どのような悪さをなさっておいでなのですか?」

「嫌だなぁ、君までそんな人聞きの悪い〜。僕はなにも悪い事なんてしていないよ〜。ねぇ〜? シルヴィオ様〜?」

「ええ、法には触れておりませんよ」

「…………」


 法の隙間をかいくぐるような悪行という事?

 なお悪いのでは……。

 じとりと睨みながらも席に座らせられる。

 ま、まあ、いいわ。

 教えてはくれなさそうだし、この場はとりあえずブリニーズの王子たち……シルヴァーン様とシルヴェル様のお二人とも交流しておきましょう。

 アーカは我が国と最も遠いところにある国だから、卒業後会う事もないと思うし。

 ブリニーズ王国も遠いけれど、かの国には今精霊獣が滞在してるはず。

 詳しくお聞きしたいわ。


「……………………」


 なるほど、メルヴィン様、エルスティー様、シルヴィオ様は同い歳。

 年長のイクレスタ様とも親しげなのは、歳のせいもあるのだろう。

 南方面の国々はバカンスでザグレの王族や貴族が訪れる事もあると聞くし、その関係で面識があったのかもしれないわね。


「シルヴァーン様とシルヴェル様はアーカ王国に行ったりなさるのですか?」

「いいや。なぜだ?」

「あの四名は顔見知りのようでしたから……」

「恐らく三年前に外交でアーカへ行った時だろう。シルヴィオ兄様はあれ以来、城を抜け出す悪癖がついてな……絶対あの男の悪影響だっ」

「…………」


 じとり、とエルスティー様を睨む。

 幸いメルヴィン様とシルヴィオ様、イクレスタ様とお話しされているから気付かれてないけれど。

 あの人、国内外でもろくな事をしていないのね。


「こほん。せっかくの交流の場ですし、あの方の話で時間を潰してしまうのはもったいない。別なお話を致しましょう。シルヴェル様はどんなご趣味をお持ちなのですか?」

「…………」

「え?」


 こ、声が小さすぎて聞こえない。

 顔を近付けると、シルヴァーン様が困り顔で「人形遊びが好きなんだ……」とこれまでの勢いが嘘のように肩を落として代わりに答えてくれた。

 なんと……!

 うちのセイドリックのようなご趣味……!


「じ、実は私もです!」

「き、気を使わなくて良いぞセイドリック王子……」

「いえ、本当にそうなんです! 姉様が小さな頃に人形で遊んでくれて……。あの、ほら、我が家は姉ばかり三人もおりますので!」

「…………」


 パアァ、と明るい表情になったシルヴェル様。

 おお、目が輝いている!

 そうか、ずっと暗い表情だったのは人見知りだったからなのね。

 可愛らしい……!

 うちのセイドリックのご友人に是非! なって頂きたいわ!




「…………」

「ニタニタと気持ち悪いな。珍しくご執心だね。君の遊びに付き合う代わりにうちの弟たちには手を出さないでね? イクレスタ様も」

「お、王族に手など出すものか。人聞きの悪い」

「それならいいですが、万が一手など出そうものなら即、シルヴェスター兄様に報告しますからね? 聞いている? エルスティー、君もだよ?」

「聞いてるよ。心配せずとも今はセイドリックが一番さ。今日の交流会だって、あの子がやりたいって言ってたから開いたわけだしね〜」

「……君には心の底から同情するよ、メルヴィン」

「……………………」





 こうして、年長組と弟組の二つのグループに分かれて交流は進んでいった。

 入学一ヶ月記念の夜会まで、あと一時間……。



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