穿心火槍
身体はボロボロだ。
潰された左腕は潰されたままで、傷だらけの身体は傷だらけのままだ。
でも、それでも――
「……よぉ、楽しそうだな、てめぇら?」
「やそさんっ!」
「ッ!」
その一言だけでヤチを相手取っていたジークと鱗種のアサシンは勢い良く振り返った。
笑う。好戦的に。笑う。左腕、だらんと下げたまま、右一本で槍を持ち、肩に担ぎ、八十一が笑う。それだけで二人の注意はヤチから離れ、八十一に移る。移すしか、無い。
「っ、し、死にぞこないがァっ!」
「――」
ジークの叫びに合わせ、アサシンが疾駆。準戦闘種と称される鱗種の鱗に覆われた身体を武器に八十一に肉薄し、蹴り飛ばす。
「は?」
あっけない結末。あっけなく吹き飛ぶ八十一。それに間の抜けた声を上げたのは誰だったか? ともあれ、アサシンの一撃はあっさりと八十一を吹き飛ばした。
「ハハ、アハハハハ! な、何だよ! ビビらせやがって! ボロボロじゃねーか! 殺せ、殺せ、殺しちまおうぜ!」
それに。その無様にジークが大爆笑する中、八十一は再度身体を起こす。起こすは良いが――拙いかもしれねぇ。それが、今の単純な感想。
あのアサシンは大したことは無い。蛇方の匂いがする動きをしてはいるが、大したことは無い。良く見れば見た目も蛇っぽいので、もしかしたら蛇の鱗種なのかもしれない。今更そんな事に気が付く。それ位、意識の外。それは先程歩く速さで殺したチンピラも同様。だが、その前。神父の様なヤクザ。いや、ヤクザの様な神父。その相手がきつかった。
葬竜拳士。とびっきりの、とびっきりの、葬竜拳士。アレの相手が拙かった。
(……あぁ、畜生)
歯を食い縛ろうとして失敗する。
死んでも、守る。雛菊だけは。
身体に力が入らないので、決意だけはして――
「――っ!」
また、吹き飛ばされる。地面に叩き付けられる。爆笑が聞こえる。ソレが薄くなる。身体が冷たい。意識、徐々に、ぼやけて――セピア色の記憶が沸き上がった。
掬う。掬って、弾いて、打って、掬う。
チリチリチリトテタンタンタン。
皇国では有り触れた平屋造りの縁側で、泣けない孫の為に祖父が雨の様な音色を三味線で奏でていた。
鱗種の男だ。大きな男だ。長く鋭い吻を持った、カジキマグロ型の鱗種の男だ。
鬼灯九十九。角が無くとも城塞鬼種を名乗る事を許された稀代の葬竜拳士。
彼の後ろには背中合わせに座る小さな赤い髪の男の子がいた。
「……」
何か嫌な事が有ったのか、それとも元よりそういう顔なのか、愛想の無いむっつりとした顔で小刀を使い竹を削っている。どうやら竹とんぼを造っているらしい。
「――はぁ」
そんな孫の様子に、九十九は大きな溜め息を吐き、三味線の撥で頭を掻く。
孫が、学校に行って、苛められた。
確実にそうなると分かっていて送り出したのに、いざ、本当に苛められて帰ってくると、どうにも掛ける言葉が出ない。
孫は理想的な城塞鬼種だ。
ヒトを守る。ヒトと言う種を守る。その為だけに存在する城塞鬼種だ。それを孫は言葉だけでなく、本質を理解してしまっている。
それが問題だ。
孫の世界には、孫と、祖父である自分と、ヒトの三種類しかいない。
宿った才能に喰われる様にして病弱だった孫。朝に産まれた我が子に母親が『せめて夜まで生きられますように』と願い、名を送った
病のせいか、それとも生来のモノか、夜知は『他人』と言う認識すらせずに『ヒト』と言う種で見てしまう。
だから、そんな夜知が学校に行った所で、上手く行く分けは無かったのだ。
だが、だが、それでも――期待はしていた。
夜知は、恋をしなければ行けない。
ヒトと言う種を守ると言う理想論を体現するのではなく、ちゃんと自分の好きなヒトを造り、そのヒトの為に戦える様にならなければ成らない。
そうでないと、夜知は一人で死んでいく。
放っておいても葬竜拳士としては大成するので、名は残るだろう。だが、夜知の名を知っていても、夜知を知っているヒトは誰もいない。
断言しよう。
このまま行けば、夜知は一人、《竜》の腹の中で死ぬ。ヒトの形をしただけの英雄と言うシステムの使い道はその程度だ。
それは流石に祖父として忍びないので、嫌がる夜知を無理やり行かせたのだが――
「……わぁの血も、赤いのに……」
「……」
これである。葬竜術を披露しバケモノとでも言われたのか、小刀で斬ってしまった指を、そこから染み出す血をしみじみ眺めている。
少し申し訳なくなってくる。無理に急かす事など無かったかもしれない。まだ夜知は七歳だ。初恋が未だでも、ヒトの区分分けに少し問題があっても、良いのかもしれない。
そんな事を思うと、しょんぼりと指をしゃぶっている孫に対し、非常に申し訳ない気がしてきた。
「……やち坊」
「……んぅ?」
だから。そう、だから今は――
「おめにじっちゃの取って置ぎを教えでやる」
何時か、孫に好きなヒトが出来た時、孫が無力に泣かない様にしよう。
「……ぁ」
呼吸が、漏れる。
思い出した。あの時の事を、あの日の事を思い出した。
――何時かお前が無力に泣かない様に
そう言って祖父が教えてくれた事を思い出した。
身体を起こす。怒声が響く。八十一のぼやけた視界の中、アサシンが駆けてくるのが見える。雛菊の悲鳴が聞こえる。そして、そして、その雛菊の横でしゃんとお座りしている竜狼――ヤチが見える。彼は動かない。彼は信じている。自分のリーダーを。
それを見て、祖父の言葉を思い出して、八十一は自分に未だできる事が有る事を思い出した。
アサシンが迫る。その手の中には刃が有る。刺さったら死ぬな。アレは殺す為の刃で、アレは殺す為の一撃だ。それが確信できた。だから八十一は――
「――っがゥ!」
吠えた。
「え?」
あっけにとられた様な声は、アサシンから。その間の抜けた声と、両腕の肘から先が無い姿を見て、八十一は笑った。
八十一の足元にはアサシンの両腕。それが何を意味するのか、野次馬も、ジークも、雛菊も分かった。分かったが、理解は出来なかった。
そして思い出したように赤が噴き出す。
「っ、ぁ、あ、あああああああああああああああああああああっ!」
一つはアサシン。その失われた両腕から、出来の悪いおもちゃの様に赤を噴き出す。
そしてもう一つは――
「――っ、ぐ。は、はっ」
八十一。内側から噴き出す赤を飲み込もうとし、失敗し、口からゴプと噴き出す。
「……な、何をした?」
ジークの問い。それに八十一は無言を返す。
ソレは幼き日、鬼灯九十九が鬼灯八十一に伝えた彼の取って置きだ。
ソレは虎方の基本であり、深奥である虎気を元に造られた技法だ。
ソレを使えば、葬竜拳士の身体能力は跳ね上がる。ともすれば広場の誰もが気が付かない内に、ヒトの両腕を両断できる程に。
ソレは鍛えられた葬竜拳士の肉体にすら耐えられないダメージを残す。ともすれば内臓がズタズタになり、口から大量の血を吐き出す程に。
鵺式葬竜術・虎方が
それが、その技術の名。
ソレを携え、引き摺る様にして八十一は歩く。視線の先には――雛菊。
涙を流す側で良いと彼女は言った。
血を流す側で良いと彼女は言った。
美しい世界の為に、彼女は涙を流し、血を流すと言った。
それを彼は尊いと思った。
それを彼は美しいと思えた。
だから彼は決めた。
美しい世界とやらの為に、彼女が涙を流すのなら、彼女の為に自分は涙を流そう。
美しい世界とやらの為に、彼女が血を流すのなら、彼女の為に自分は血を流そう。
「は、」
笑う。違う。そうじゃない。そんな事では無い。
ただ、ただ、彼女と過ごしたこの二週間が楽しかったのだ。
ただ、ただ、それだけ。だから、そう、だから――
これはきっと、恋の物語だ。
《竜》に侵された世界で繰り広げられる英雄譚よりも、その方がまだ救いがある。
かりり。歯、鳴かして。
ゆらり、赤の架空元素、立ち昇って。
眼光、ただ、ただ鋭く敵を見据えて。
「改めて。鵺式葬竜術・虎方が葬竜拳士、鬼灯八十一。ヒト呼んで――“
城塞鬼種が、ここになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます