不意打ち
腹を撃たれ、八十一が吹き飛ぶ。口から血を撒き散らし、地面に叩き付けられる。ぷるぷると震える足で立ち上がるも――
「――っ」
もう一発。遅行性でやって来た衝撃に押され、ぐぽっ、と血を吐いて膝を付く。成程。これが連貫。連なる貫きか。絶技と言うだけは有るじゃねぇか。
「やそさん!」
駆け寄って来る雛菊。そちらに何でも無いと手を上げようとするも、それすらもままならず、結局支えられ、雛菊のローブを血で汚してしまう。
八十一は自分がこの世で最もきれいなモノを汚してしまったと言う事実に、本格的に倒れそうになった。だが、倒れ込む事は出来ない。
「……俺の、負けかよ、神父」
敗者には、敗者の仕事がある。極力雛菊に血を付けない様に離れようとする中、その雛菊に抱かれ、途切れ途切れの呼吸で八十一は銀次に言葉を投げる。
「そうですね。今回は。少なくとも今回は自分の勝ちでしょう」
自分と同じくらいズタボロで、それでも自分よりは少しだけましな銀次。酷い有様だが、向こうから見た自分も、そんなものなのだろう。そう思ったら何だかおかしくて、つい、八十一は笑ってしまった。
「で、俺はどうなるよ? 首か?」
「――……」
何でもない様に言った言葉。八十一にとっては殺し合いの末であれば当然の様に差し出すもの、自身の首が要るのかを問いかければ、雛菊が強く抱き付いてくる。酷く、悲しそう。彼女にこんな表情をさせた奴を殺してやりたくなり、それが自分であると気が付いて八十一は凹んだ。
「いえ。『汝、殺す事なかれ』。首は要りやせん」
「そうかよ」
「ただ――」
「雛菊は貰うぜ、まぁぁぁぁけぇぇえいぃぃぃぃぬぅぅぅぅうううう! ハハ! 良い様だな! 鬼灯八十一! えぇ? 葬竜拳士! あんなに偉そうにしてたのにお前、実は弱いんだろ、なぁ!」
「!」
「――……」
身を竦める雛菊。そういう事です、と無言で肯定する銀次。
「――は、」
二人を見て、八十一は吐き棄てる様に笑った。成程。そうか。そう言う事か。そう言う事なら負けられない。負けた結果、自分が死ぬのは許容しよう。剥製にして便所に飾るなり好きにしろ。だが――
「……ヤチ」
「!」
「守れ」
駆け寄って来た竜狼に簡単な、単純な命令。それだけで灰色の騎士は雛菊に寄り添う様にして三つの瞳を煌めかせる。
「取り消しだ、神父」
だが、雛菊の名前が出るのなら――
「俺は、未だ、やれる」
話は別だ。
「っこぉぉぉぉぉおぉぉ――」
虎気。揺らめく白煙の中に、身体を沈め臨戦態勢。
「……お気持ちは痛い程。ですが、こっちにも引けない理由はあるんでね」
受けて。長ドス、白鞘より再度外に。
殺気が、満る。手負いの獣、虎と狸は自身の大切なモノの為に、或は自身の信念を守る為に凶器を掲げ――
「いや、もう良い。良くやったな、神父。下がって居ろ」
馬鹿に、止められる。
神父。銀次の後頭部に叩き付けられるクレイモア。味方のはずの騎士団に一撃を許し、その一撃が葬竜拳士同士の削り合いで弱った身体への止めとなる。
崩れ落ちる、銀次。
――かりっ。
八十一の歯が軋む。怒りで。
「―――なぁ、てめぇ。何してんだ?」
「決まってるだろ? 『なかれ』『なかれ』と煩い神父にご退場願ったんだよ」
「……そうかよ」
「あぁ、そうだ。――これでお前を遠慮なく殺せる。良くもオレに恥をかかせてくれたな! 皇国人ごときが! 蛮族が! お、オレはボクは、あの後、パパに――」
「へぇ、そりゃ悪かったな、ボクちゃん。怒られちまったのか?」
「――っ、こ、殺せぇぇぇえぇ!」
怒号、響いて、騎士が踊る。
聖騎士と呼ばれるような連中ばかりでは無かったのだろう。明らかに正義の為でも、信仰の為でも無く、ただ、弱った八十一を、或は雛菊を嬲る事に楽しみを見出している様な連中だ。
まともなのは、ほんの少し。神父を助け出し、今の行動と、先程の言葉――神父に掛けた脅し文句――について問いただしている。
教会は中々に凄い場所の様だ。ジークと、その取り巻き。チンピラが職を得ただけの様な連中が随分と多い。その数、この場の騎士の大凡、八割。思わず八十一は感心する。良くもまぁ、これだけの屑を集めたもんだ。
だが有難い。こいつらは全部切っていいモノだ。殺すべきモノだ。
こちらも命、あちらも命。
賭けているのは等価である。ならば、さぁ、奪い合おう。
「ッコォォオォぉ――」
白煙の中で虎が笑う。死にかけの虎が笑う。
一人、二人、三人、四人。片手で扱う槍が歩く速度に合わせて血に染まる。膝裏を柄で叩き、バランスを崩した一人の顔面を蹴り飛ばし、同時に弐式の爆火で一気に吹き飛ばす。背後から切り掛かって来る一人。振り向きもせずに喉を突き、そのまま槍を手放したかと思えば、虎方の一手、打割虎爪にて別の騎士の兜ごと頭蓋を叩き割る。
ヤチも負けてはいない。森から街へ。戦場を映してなお、竜狼は天性のハンターだ。雛菊を守ると言う名目が有る為、深追いはしないが、それでも近づいてくるモノ全てを噛み殺す。
殺す。
それに特化した生き物がそこにはいた。
血煙が舞う。――綺麗。その言葉は、思わず零れたものなのだろ。野次馬の誰かが自分の言葉に信じられないと目を開く。それでもそれは、綺麗だった。それ位に、圧倒的だった。
た、す。――不意に八十一の歩みが止まる。
呼吸が乱れている。全身返り血に、自分の血で塗りたくられている。満身創痍。それは、変わらない。東堂銀次との削り合いの時からそれはそうだった。口角から漏れる血は止まっていない。歩く速度も大分落ちている。そんな八十一が、立ち止まった。
――チャンスだ。
ジークはそう確信し、追撃の指示を出そうとして――愕然とした。
「な、何なんだよ、お前っ!」
「――」
喋る余裕がないが故の無言。だが、それを血煙を造り出した男が行ってしまえば、それは恐怖でしかない。
満身創痍であれど、鬼灯八十一は騎士を全員屠って見せた。
「ひっ、来るな! 来るなよ!」
ジークは逃げる。聞いてない。皇国武者が、葬竜拳士が、あそこまでだとは聞いていない。こうすれば勝てるはずだった。葬竜拳士同士で削り合わせて、数で押す。その考えは間違っていないはずだ。なのに、なのに、何故アイツは――
「おい、神父! 起きろよ、神父! アイツを殺せ! 殺すのが駄目なら止めろ! おい神父、テメェ、寝てんじゃねぇよ!」
銀次を介抱する騎士を突き飛ばし、その傍らで泣きながら叫ぶジーク。
「――」
そんなジークに露骨な嫌悪感をしめしたまま、八十一は近づく。逃げるジーク。追う八十一。銀次の横を通る。横目で呼吸を確認する。安堵。介抱している騎士の横を通る。怯えられる。兄の敵(かたき)だと叫んでいた子供の横を通る。無視。
「何だよ、本当に何なんだよ、お前、オレは、枢機卿の息子だぞ!」
ジーク。喚く。見苦しく。
「――」
無言でその胸に槍を突き刺さそうとして――
「だからお前なんかにはまけねぇんだよ、バーカ!」
嘲笑。真後ろからの衝撃。
まともに喰らい、八十一はそこで漸く倒れた。
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