第23話 G襲来


 旅館は消灯時間を迎えた。といっても、素直に夢の中に入る高校生なんているはずもなく、俺の部屋では旅行あるあるの【可愛い子ランキング】や【彼女にしたいランキング】、さらには【お嫁さんにしたいランキング】まで。その会話の中で俺は「それなー」とか「わかるわー」なんて適当に相槌を打っていた。

話の中で何より驚いたのが、そのランキング上位に必ず5人が入っていたことだった。どうやら本当に人気者らしい。優が聞いたらどんだけ喜ぶのだろうか。

 暗闇の中での長時間の会話は、満開の花を咲かせていたが、時間が経つにつれ段々としぼんでいき、部屋の住人達は深い眠りに就いた。

 なのに…

 

 「ね、寝れねぇ」


 川に落ちたり料理対決をしたりと多忙な一日を終えた体はかなり疲弊しきっていたので、すぐに熟睡できると思っていたのだが、予想に反して一向に睡魔は襲って来ない。

 ——ピロリンッ

 軽やかな音が鳴り、俺のスマホの画面が明るくなる。他の生徒を起こしてしまったのではないかと思い、申し訳ない気持ちで慌ててスマホを体に隠すように寄せる。周りを確認すると生徒達はビクともせずにいびきをかいていた。


「ふぅ…」


 時刻は午前1時。そんな深い時間帯にメッセージを入れるのだから、そいつは迷惑という言葉を知らないようだ。


 「優か、どうしたんだろ」


 メッセージアプリを開き、内容を確認する。


 [そーた。助けて、今すぐ私達の部屋き]


 途中で終わっている内容に嫌な予感がした。この背筋を撫でる寒気とジワリと出てくる冷や汗はとても気味が悪い。

 もしかして、不審者…!

 俺は立ち上がり、寝ている生徒の上を軽やかに避けながら歩き、暗い廊下に出た。

 時刻は1時過ぎだったので、流石に先生達も睡眠を取っているらしく、見回りをしている様子は一切なく、簡単に目的地まで足を運べそうだ。

罪悪感とともに女子部屋に繋がる階段にたどり着く。

エレベーターもあるのだが、使うとバレてしまう気がしたので、高級感丸出しの階段を登る。

できるだけ足音を立てないように、尚且なおかつスピードを上げて登りきり、女子部屋が並ぶ階に到着する。

すると、遠くの部屋の前で5人が怯えている姿が視界に入った。


 「お前ら無事か」

 「そーた、でたのよ」

 

 優は俺の浴衣の襟を掴み、目を潤わせ震えた口調で訴えてきた。

 

 「な、何が出た」


 俺は不安の混じった口調になる。不審者か…しかし、5人は無傷。ならば幽霊か…


 「虫よ…すごい恐ろしい」


 後ろで正座をしている可奈が、疲れ切った様子で答えた。


 「む、虫か…」


 その予想もしていなかった言葉にさらなる嫌な予感を感じる。

虫…山の中に生息して、こんなにも女子が怖がる虫。それは…“G”しかいない!!

 あの黒光りしたボディにしなやかな体。無駄にカサカサするキモさは…ウゥ。

 考えただけでも寒気がする。そして急に風呂に入りたくなった。

 というか、この警備の厚さと清潔感を誇る旅館の中に容易く侵入してしまうのだから、本当にGはあなどれない。

優が俺を呼び出した理由は部屋に襲来したGの駆除依頼のため。

できれば5人に任せて俺は部屋に帰りたい。


 「ま、まかせとけ」


しかし、20歳の大人が15歳の女子高生を前にそんな醜態を晒すことなどできるはずもなく、引きつった顔で依頼を受諾する。

 5人は「さすが男子」と言ったあと、期待の眼差しを俺に向けた。おかげでもう後戻りはできない。

 部屋の扉を開くとシャンプーのいい香りが俺を包み込んだ。電気をつけると部屋に敷かれた布団は規則正しく並べられているのに、5つの枕は中央に寄っていて、消灯時間を無視しても御構い無しに駄弁っていたということが分かった。やっぱり高校生だ。

 だが、この神聖な女子部屋に、アイツはいる。

 精神を研ぎ澄まし、Gの捜索にあたる。


_________________________________________


 「ほれ、危ないからもう来ちゃダメだぞ」


 割り箸で小さな蜘蛛を優しく掴んで窓の淵に下ろす。すると蜘蛛は小さな体を一生懸命走らせ壁を伝って行った。

 結局、部屋に襲来していたのはGではなくて可愛らしい蜘蛛だった。

 発見した時も、部屋の隅っこでプルプルと震えている蜘蛛の姿は泣いてらように思えて愛らしく殺生なんてとてもできるものではなかった。


 「お前ら蜘蛛ごときでビビりすぎだっつの」

 

 俺は窓からきびすを返し、その場に並んで座っている5人と向き合う。


 「女の子はどんな虫でも嫌いなのよ」

 

 美雨はなそっぽを向いて不貞腐れているような様子でそう答える。どうやら虫も苦手らしい。


 「ま、次は自分達で頑張れよ、俺は部屋に帰る」

 

 5人の頼みごとを何とかクリアしていたら時刻はとっくに午前2時を回っていた。流石に睡魔が押し寄せてきていて、不意に欠伸あくびをしてしまう。脳は疲れ切っていたので、手で口を覆うことを忘れてしまい、少し恥ずかしい気分になった。


 「あ、ありがとうございます」

 「おう」


 奈緒の礼を受け取り部屋の扉に手をかける。その瞬間…

 ——コンコン


 「ちょっとさっきのは何の音ですの?消灯時間はとっくに過ぎているはずよ」


扉のノックの音と女性なのに低くて勇ましい声が部屋に響く。


 「ヤバイ!郷田ごうだ先生よ!すごい怖い人!」


 沙羅が俺の耳元で告げる。

 おいおい、襲来したのがGじゃなくて安心した矢先に違うGが襲来してんだよ!


 「開けますね」


 まさしく怒ったらヤバイ先生の声。


 「くそっ!隠れろ!」


 俺は扉の横にあったスイッチを切り、部屋を真っ暗にして、近くの敷布団に飛び込む。

 ここで、俺はある問題に気がつく。

 この部屋に用意されている敷布団は全部で5枚。そして今この空間には6人いる。

 つまり、単純に計算すると、俺は誰かと一緒の布団に2人で入ってしまう可能性があるのだ。

 

 その計算は見事正解したらしく、俺の胸に、柔らかくて弾力のあるものが押し付けられた。


 「ご、ごめん…沙羅…」

 「し、仕方ないわよ」


 そのお相手は沙羅だった。

 旅館で用意されていた浴衣は肩からズレていて色艶いろつやのよい肌が露わになる。沙羅は顔を真っ赤に染める。体が密着している分、顔も近い。沙羅の震える吐息が俺の首筋を撫でる。俺の体は沙羅の姿と状況が理由で高温の熱を持ってしまう。


 「い、今離れる…」


 超至近距離でしか聞き取ることができない声量でそう言って俺は体を少し離そうとした。

 この布団は高級品だから広い。スペースは十分にあるはず…ない。あれ、何これ、すごい柔らかいのが背中に…


 「く、蔵沢さん…う、動かないでください…」


 追い討ちをかけるような小さな声。

後ろにいたのは奈緒だった。

 奈緒は俺のうなじに熱くなった額を当てている。

 な、何やっとんじゃー!ワレー!?てことは1つフリーの布団があるってことだろ!?そこに行きたい!今すぐ!行かないと捕まる!

 だって朝になったらコレめっちゃ俺が責められてまた全校に嫌われるオチでょ?そして通報でしょ??


 「わ、悪い…」

 「く、蔵沢さん!こっち向いちゃダメです!」

 「うぐっ…!?」


 後ろに向けようとした顔を奈緒の左手が制止する。


 「その…浴衣。はだけて…上…無い…です」


 ま、まじーー???た、確かに背中に少し硬い部分が触れているような…

 この状況は本当にヤバイ。前には沙羅。後ろにはフリーダムの奈緒。

 どうしよう。どうやってこの状況を抜け出すんだ!何か打開策は無いのか!

 Gはまだ部屋にいて出る気配はない。というか扉に背中を預け、意地でも観察しているつもりだ。

 おい何やってんだG!マジで出て行け!じゃなきゃ俺のGがGになる!

 この時、俺の脳みそは莫大の情報を処理しきれずに思考回路がショートする。

 それでも、まともに働かない脳みそを限界まで回転させ1つの結論に辿り着いた。

Gが消えるまで、このまま我慢するしかねぇ…

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