第18話 林間学校にて、料理対決始め!


 バスが出発してから1時間が経過した。向かっている先は、花鳥風月かちょうふうげつを満喫できる山。理事長に聞いたところ、今回の林間学校のために、その山を貸切にしているらしい。そんなことが本当にできてしまうのだから、この学校の潤沢な資金力は豪放だ。

しかし、朝の6時前から出勤って普通に考えてブラックだよな。しかも横が美雨みうって。普通に時給アップレベル。

しばらく高速道路を走っていると、休憩のためにバスはパーキングエリアに駐車した。


 「うぅ。気持ち悪い」


 美雨の顔は土色のように真っ青で、今にも口からキラキラの滝を出してしまうのではないかと思ってしまう。


 「とりあえずトイレ行ってこいよ」

 「言われなくてもそうする」


どうやら、いくら体調が悪くても、俺への反抗は忘れないらしい。

 俺と美雨はバスを降り、美雨はトイレへ、俺は自動販売機に寄った。


 「えーと、水、水、水、あった」


 その自販機の中で一番安い水を押し、取り上げる。キンキンに冷えてやがるぜ…


 「んー!んー!」

 

 何やってんだ、このチビ

肩までしかない髪の毛をぴょんぴょんさせて、背伸びをしたり、ジャンプしたりと、本当に忙しい。

 隣の自販機で奈緒なおは小さい体をどうにかしてコーラのボタンに近づけようと励んでいる。


 ——ピッ、ガタンッ


 「あ、蔵沢くらさわさん、ありがとうございます」


 俺は落ちたコーラを取り上げ奈緒に渡す。

 

 「これでよかったのか」

 「は、はい、ありがとうございます」

 

 奈緒は受け取ったコーラを開け、喉を鳴らす。その飲みっぷりは、仕事終わりのサラリーマンそのものだ。

 

 「くぅ〜美味しいです〜」

 「そっか、よかったな」

 「蔵沢さんって身長高いですよね、さすが大人です」

 「いや、これくらい誰でもいけるだろ、お前が小さいだけだ」

 「そ、そうでした…」


 肩を落として落胆する。

 奈緒は本当に小さい、おそらく150センチちょうどくらいだと思う。

 俺の身長は177だ、180に行く予定だったが、惜しくも止まってしまった。

 日本の成人男性の平均身長以上の俺には、150センチの奈緒は、それ以上に小さく見えるのだ。


_________________________________________


 「ねぇ、あんたの席は窓際のはずよ。ま、まさか、私が座った温もりを堪能して…変態ね」

 

 美雨はバスに戻ってくるなり、わけがわからないことを言って汚物を見るかのような目で俺を見る。


 「証拠のない軽蔑はよせ。バス酔いするタイプだろ、窓際なら景色が目に入るから酔いを軽減できる。だから窓際に座れ」

 「なに?きもい。いい男気取らないでよね」


このお嬢様本当にいい性格してる!そのポニーテールちょん切ってやろうかしら!?


 「へいへい」


 抵抗をしても無駄だと思ったので、特に何も言わず潔く立ち上がり、美雨に席を通す。

 美雨は、促された席に座ったあと、鞄から風船ガムを取り出し口に放る。そしてイヤホンを耳にはめ、窓際を向く。

 顔、声、俺の情報全て入れたくないらしい。

そして、バスは出発した。


 

 「おっと…わりぃ」


 急なカーブによる遠心力で思わず美雨に体をぶつけてしまう。


 「っち。」

 

 体を急いで離したものの、気分を害してしまったらしく、脅嚇きょうかくでもするかのような、あからさまな舌打ちをしてくる。

その態度に、俺が歳上ということを本当に気にしていないということが分かった。

確かに今まで通りでいいと言ったが、それ以上にこいつの俺に対しての態度が悪くなってきている。

何やこいつ、このガキが。まじウゼェ。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。


 「むー。」

 

 何やら通路を挟んだ隣の席から怨恨のような視線を感じる。

そんなに大好きなお友達に触れたことがまずいですか、ゆうさん。どんだけ俺嫌われてるの?他人が被害にあうのも嫌なの?何被害って…

 

 「そーた、耐えて」

 「いや、急だったし」


会社員になってからはロクなトレーニングはしていない。だから遠心力に逆らうことは厳しいんですが。


 「ふーん、なるほど」


 そんな優を見て、美雨が呟いた。


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 「おい…可奈かな…ここ、旅館だよな」

 「もちろんよ」

 「いやいやいや、で、デカすぎるだろこれ、林間学校ってボロい旅館の室内で、よく分からない虫が出てキャーキャー言うのが醍醐味だろ?」

 「物騒なことを言ってないで、早く行くわよ」


 そう言って可奈は颯爽と歩き、自動ドアを通る。

白皇はくおう高校が泊まる宿は、非常に大きく、旅館と言うよりは高級ホテルだ。

周りを見渡すと、綺麗に整えられた芝の上に大きな噴水。そして、旅館を守るかのような大きな白い壁。


 いやいやいやいや、これ旅館じゃないんですけどー!?夢の国のカップル御用達のアンバサダーちゃいますこれ?デカすぎません?虫とか入る隙ないよね?てか人の侵入も無理だよね。初めてだよ林間学校で泊まる宿の入り口にゴツゴツの外人が立っているなんて…。


 「はぁ…」


 この学校は庶民からかけ離れすぎている。

自分が毎日会社で苦労して働いても草しか食えない時だってあると言うのに、その間、セレブ達はここに泊まっている現状を垣間見てしまい、その生活の差から鬱積した怒りが込み上がってくる。

しかし、こんなに大きな旅館に二日間も無料で泊まれることを思うと自然と怒りは消え、大きな得をした気分になり、若干テンションが上がる。


なんとかそのテンションを維持したまま旅館に入り、指定された男子部屋に入る。一応元は職員なのだから、それなりに違う部屋を用意して欲しかったが、“無料”という言葉に免じてここで我慢しよう。

 荷物を置いた後、旅館から出てすぐに山に入るらしい。それまでの待機時間、同じ部屋の男子生徒達に、俺の班が何やらや、バスの席が何やらで酷い目にあったのは言うまでもない。


 

 「それでは、まず最初の生徒会企画は【各班対抗料理対決】です」


 可奈はマイクを使い企画の説明をする。その度に午後13時の拓けた山紫水明な山の中で、男子生徒の黄色い声援や、女子生徒の羨望の眼差しが飛び交う。もちろんその対象となっているのは、台に乗って進行をする可奈だ。

 何こいつ。最強じゃん。

  

 「審査基準は、味と見栄え。そして何より、この山水で取れる食材をうまく調理できているか、ということが評価されます」

 

 ま、山の幸はここには沢山あるだろうな。

なんたって借りるのにも大量の金が必要な敷地だから。


 「優勝した班には、夢の王国チューチューランドのチケット7人分が贈呈されます!7人班を考慮しての枚数なので、6人班が勝ち取った場合は売るなり保管するなりご自由にどうぞ」


 可奈のその言葉に、全校生徒が盛り上がる。

別にこいつらの家系なら、何も問題なくジュースを買う感覚で行けるはずだ。それでもこんなにも盛り上がるのだから、“勝ち取る”ということは、高校生にとってそれなりの価値があるらしい。


 へー、あいつそんな商品用意していたのか、チューチューランドなんて行ったことねーな


 「そして、料理を審査してくれるのはこの方、ミシュラン三つ星レストラン“レベッカ”の料理長です!」


可奈は台に上がる白ひげのおじさんにマイクを渡した。

いやミシュラン帰って仕事せい!

 可奈からのマイクを受け取ったミシュランの料理長は「期待している」と最大級のプレッシャーを全生徒に与えた。

 いやレストランは!?なに高校生の料理三つ星視点で審査しようとしてるの!?


 「どうだい、赤嶺あかみね君の仕事ぶりは」

 「うわっ!理事長、いたんすか…てかなんすかその格好」


 いつもスーツ姿の理事長は、登山にでも来たのかと思ってしまうような格好をしていた。キチッとした姿とは裏腹なその服装を見る限り、この人は全力で楽しもうとしているんだ。と全生徒が思った。

 全校生徒が学校指定の運動着を着ている中、理事長の格好は異様に目立つ。

 バトルになったとしたら、おそらくこの人岩タイプを使うだろうな…


 「まあ、意外ですよね、こんなにも仕事をするやつだとは思いませんでした」


理事長から視線を外し、進行を促している可奈を見る。


 「でもね、最初に林間学校の話題を持ち出しても5人は何も動かなかったんだよ」

 「そうなんですか?」

 

 理事長はマイクで話している可奈の方に授業参観にでも来た保護者かのような視線を向ける。

確かに、俺が来てその話題を持ち出したとき、5人の反応からはやる気が一切感じられなかった。だから強制的に企画を立てて、何とか間に合わせたのだ。だからたまに1人だけで仕事をしているような虚しい感覚に襲われてしまうことだってある。


 「ああ、そうさ、君は彼女たちの言わばいしずえだよ、感謝してる」

 

 理事長に褒められることは何度もあったが、ここまで言われると正直照れ臭い。


 「い、礎なんて言い過ぎですよ」


そうだ。言い過ぎだ。俺は5人をに仕事に参加させている。だからあの5人が自分から仕事をしない限り、俺はあの生徒会では礎には到底なれない。やっていることはただのどこにでもいる教師だ。


 「はははっ、照れんで良い。まあも頼むよ」


理事長の声音は、柔らかいのにも関わらず、俺の考えてることの全てが把握されているようで、背筋がゾッとしてしまう。

 。俺はこの仕事を続けているのだろうか。

この仕事の給料は良く、借金はの返済は近いうちに終わるだろう。生徒会企画もこの調子で頑張れば、学校は救える。そしたら前住んでた地域に戻り家族4人で暮らせる。そのときになったら、俺は…


 「私達生徒会の班も全力を尽くします!もしも生徒会班がこの勝負で優勝してしまっても異論は認めません、正々堂々勝負しましょう。それでは、始め!」


可奈はマイクを持ち強気なことを言う。その表情に憂色ゆうしょくが一切無いのは、相当な自信を持ち合わせているからだろう。おそらく、あいつ自身料理が得意に違いない。

その可奈の発言に、会場のボルテージは一気に上がり、ついにその時がやってきた。


 ——バンッ!

 スターターピストルが鳴り、それぞれの班が作業に取り掛かかる。既に分担を決めていた班もあったようで、手際が良く、準備をするなり山の中に入ったり、川に向かったりと、とにかくテキパキと動き出している。


 「俺も行くか」


 この勝負にかける思いは何もないが、可奈の意気込みと、周りの作業効率のすごさに気圧けおされてしまい、少々の焦りを覚える。


この生徒会を続けるか否か。それはその時の俺に任せて、今はやるべきことをしよう。

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