第二部 天使天は、香野先輩に伝えたい。

第一章 神崎鈴羽は祝われたい。

第1話 予定

「へふはふぃ」

「飲み込んでからしゃべれ」


 口の中に食べ物を入れたまま、意味不明な言語を発する鈴羽すずはに俺はそう言って注意する。


 水曜日の昼休み。二時限目を一緒に受けた俺達は、校内の休憩スペースに移動し、二人で昼食を取っていた。


 丸テーブルの中央には、鈴羽特製の弁当が置いてあり、それを俺と鈴羽は共に摘まんでいた。


「ん。せんぱい、今度の土曜日で何か予定ありますか?」

「今度の土曜日……あー、あるな、一つ」

「何時ですか? それ」

「何時がいい?」

「はい?」


 俺の質問の意図が分からないのか、鈴羽が小首をかしげる。


「いや、主役がこれないんじゃ、やる意味ないだろ、誕生会」

「あー。そういう……」


 俺としては少し洒落しゃれた返しをしたつもりだったのだが、予想に反し鈴羽の反応はいまいちだった。


「土曜日は友達とランチに行く予定なので、三時以降からならなんとかなります」

「三時、ね……」


 まぁ、おやつ時だし、ケーキを食べるにはちょうどいい時間か。


千里せんりも誘おうと思うんだけど?」

「千里さん、来てくれるんですか?」

「まだちゃんと話してないからなんとも言えないけど」


 さっき会話した雰囲気から察するに、特に予定はなさそうではあった。


「お前からは話してないの? 誕生日の事」

「いや、だって、知り合ってすぐですよ、誕生日。なんかお祝いを催促してるみたいで、言いづらいじゃないですか、やっばり」

「まぁな……」


 俺が鈴羽の立場でも、きっとそうすると思う。


 とりあえず、善は急げとばかりに千里にラインを送る。返信はすぐに来た。


「オッケーだって」

「早っ。即決ですね」

「いつも比較的返事は早い方だよ、千里は」


 判断が早いというのもその理由としてはあるのだろうが、何より相手を待たせまいという気持ちが、千里の返事を早くさせているのだろう。


「場所は俺ンでいいか? 千里も知らない場所じゃないし」

「やっばり、千里さんも行った事あるんですね、せんぱいのウチ」


 そう言って、なぜか俺をジト目でにらむ鈴羽。


「まぁ、初めて来たのはホント最近だけどな」

「そうなんですか? 一年近い付き合いなのに?」

「機会がなかったからな。お前だって、俺ン家初めて来たの、知り合って一年近くってからだったじゃないか」

「いや、それは、せんぱいが一人暮らしし始めて行きやすくなったからで……」


 普通異性同士だと逆なような気もするが、言いたい事は分かる。


 実家暮らしのやつの所より一人暮らししているやつの所の方が、気兼ねなく遊びに行ける上に馬鹿ばか騒ぎや寝泊まりもしやすかったりする。

 やはり、家族の存在というのは、少なからずそういう判断に影響を及ぼすのだ。


「じゃあ、三時に俺ン家って事で」


 今決まった情報をそっくりそのまま、千里に送る。


 返事はこれまたすぐ来た。

 了解、だそうだ。


「よし。千里はこれでオッケーと。準備はこっちでするから、当日鈴羽は手ぶらでいいからな」

「はーい。ふふふ、楽しみだなー、せんぱいのウチで誕生日会」

「……」


 そう口にされてしまうと、こちらも気合を入れざるを得ないというか、下手へたな物は出せないというか……。まぁ、当日の事は後で千里と相談して決めよう。俺とは違う、女性目線のいい意見が聞けるかもしれないし。


「あ、そうそう」


 おかずの卵焼きにはしを伸ばしながら、鈴羽がそう話を切り出す。


「今日は授業後、どこで待ち合わせします?」

「あー、待ち合わせか。いつものとこでいいじゃないか。お互い、無駄に遠回りせずに済むし」


 今日は最後の授業がそれぞれ別なので、一緒に帰るにしろどこか行くにしろ、どこかで待ち合わせをしないといけない。そして今日のお互いの時間割を考えると、校舎外のベンチで待ち合わせをした方が出入り口まで無駄なルートを通らずに済むので、とても効率的だ。


「はいはい。いつものとこですね。分かりました。まぁ、今日はすでに行く場所が決まってるわけですし、確かにその方が良さそうですね」


 たまにまだ話し足りない時などは、ロビーや休憩スペースで待ち合わせる事もある。鈴羽はそれを頭に思い浮かべたのだろう。


「にしても、ホントカラオケ好きだよな、お前」


 俺も別に嫌いな方ではないが、月に一・二度行けば十分だし、自分から率先して行く程の気概は到底ない。


 ちなみに、今回は特例だ。

 ことりとのなんやかんやや、鈴羽の誕生日やらが重なっての事なので。


「だって、楽しいじゃないですか、カラオケ」

「まぁ、な」


 それは俺も認める。カラオケは楽しい。

 だけど、だからと言って、月に三度も四度も行くのは……。


「それに、せんぱいとのカラオケはなんというか、別腹なんですよ」

「別腹? なんだそれ」

「友達同士だと、どうしても気をつかって歌えなかったり歌わなかったりする曲が出てきちゃって。その分せんぱいなら、気兼きがねなく色々な曲が入れれるし練習も出来る。ね、別腹でしょ?」

「そういう意味かよ。ま、いいけど……」


 聞きようによっては大分失礼な物言いをされている気もするけど、気の置けない間柄という亊でここは一つ納得をしておく。


「せんぱい」

「ん?」

「箸が止まってますよ」

「……」


 指摘をされ俺は、思い出したかのように食事を再開する。


 全く持って今更な話ではあるが、一つの弁当を二人でつつくこの光景、はたから見たらどう見えるのだろうか。

 仲のいい友人? それとも――

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