第三章 神崎鈴羽は意外と賢い。

第13話 ゲーム

 ピンポーンと軽やかにチャイムが鳴る。


 土曜日の昼過ぎ。誰かと約束をした覚えはないので、勧誘か何かだろう。


「……」


 一瞬、無視を決め込もうと思ったが、チャイムが鳴り止む様子も見られないため、仕方なく俺は床から立ち上がり、玄関に足を向けた。


 リビングを横切り、玄関の前に立つ。


 一応、開ける前にドアスコープをのぞいておく。

 いた。やつだ。


「……」


 数秒の逡巡しゅんじゅんの後、あきらめて扉を開ける。


「こんにちは、せんぱい」


 するとそこには、満面の笑みを浮かべた後輩が立っていた。


「あのな、来るなら来るで連絡くらい寄越よこせよな。俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ」

「たまたま近くに来たので寄ってみたんです。いなかったら、その時はその時かなって」


 悪びれた様子など一切見せず、鈴羽すずはがそうのたまう。


「それでも連絡は寄越せ。急に来られても、こっちが困る」

「困るような事してたんですか?」

「困るような事ってなんだよ」

「さぁ、せんぱいが言い出したんじゃないですか」


 確かに。それもそうだな。


「とにかく、今度からは連絡を入れてから来い。じゃないと入れんぞ」

「はーい」

「……」


 返事だけはいいんだよな、いつも。返事だけは。


 自分は室内に引っ込み、鈴羽を招き入れる。


 幸いな事に、今日は来客もなく、今はぼんやりとテレビを見て過ごしていただけなので、なんの躊躇ためらいもなく鈴羽を部屋に通す事が出来る。

 まぁ、来客はともかく、鈴羽がいきなり来て困るようなシチュエーションなんて、こんな日中においてまず存在しないのだが。


「お邪魔しまーす」


 玄関でくつを脱ぎ、鈴羽が俺の部屋に上がる。


「で、今日はなんの用なんだ?」

「用がなきゃ来ちゃいないんですか?」

「つまり、用はない、と」

「はい。ひまだから来ました。せんぱい、私と遊んでください」


 まぁ、そんな事だろうと思ったけど。


「とりあえず、ゲームでもするか」


 後頭部を軽くかきながら、プライベートルームの方に足を向ける。


「あ、私、アレやりたいです。女の子がカメラ片手に村めぐるやつ」


 そう言って、鈴羽が俺の後を付いてくる。


「いいけど、お前すぐ死ぬじゃん」

「だって、視覚外からの攻撃が意外に強くて、アレどうやってけるんです?」


 床に座り、ゲームを準備する。画面に配線を繋ぎ、リモコンでテレビの電源を入れる。そして次にゲーム本体の電源も入れた。


かん。後はこまめに周りを確認するとか?」


 真面目まじめな話、慣れてくると霊が来そうなタイミングが分かるようになってくるので、結構勘で避けられる。


 鈴羽の言っていたやつをゲーム本体にセットし、読み込みを待つ。


「せんぱいはやり込み過ぎなんですよ。もう一つのやつなんか、何十回クリアしたんですか」

「三十回くらい?」

「うわぁ、もうそこまで行ったら、プロじゃないですか。もはや」


 本来なら四十時間くらい掛けてクリアするゲームなのだが、何度かやっている内にクリアの仕方が段々分かってきて、今では十時間足らずでクリア出来るまでになった。


 ロードが終わり、タイトル画面がテレビに映る。

 俺はコントローラーを握ると、ストーリーモードを選択し、難易度をノーマルに設定してゲームを開始した。


 自分一人でやる時は、ハードの上のナイトメアでやる事が多いが、アレは本当に集中してやらないと普通に死ぬので、鈴羽がいる時にはまず選ばない。なぜなら、気が散るから。


「ほら」


 二つあるコントローラーの内、一つを鈴羽に手渡す。


「俺はサポートに回るから、お前はメインやれよな」

「ふふふ。任せてください。私の手に掛かれば、心霊写真の一枚や二枚ぐらい、お茶の子さいさい、余裕のよっちゃんですよ」

「いや、そういうゲームじゃないから」


 それに心霊写真なんてこのゲームじゃ、それこそ息を吐くように撮れるので、一枚や二枚では話にならないどころの騒ぎではない。


 二人共、このゲームは何度もやっているため、最初のストーリー部分とチュートリアルは適当に流す。


 そして数分後、ようやくゲームが本格的にスタートする。


「これってそもそも、なんでこの子達、こんな所に来たんでしたっけ?」


 村を探索しながら鈴羽が、ふいにそんな事を言う。


「今更かよ」


 これだけ何度も同じゲームをやっておいて、今更そんな初歩的な疑問を口にされるとは思ってもみなかった。


「いや、なんとなくは覚えてるんですよ。けど、細かいとこは忘れちゃって」


 そう言って鈴羽が、「あはは」と誤魔化ごまかし笑いをする。


 たく。


「この村が二人にとって思い出の場所で、ここが何らかの理由で無くなっちゃうんで、最後の見納みおさめで一緒に村に来た、って感じだった、ような気が」

「せんぱいも、うろ覚えじゃないですか」

「うるさい。全然覚えてないお前よりはマシだろ」


 ノベルゲームならともかく、こういう操作系のゲームは設定とか話の流れが、どうしても右から左に流れやすい。

 きっと、クリアをする事に意識が行ってしまうせいだと思う。




 その後も会話をしながら、二人でゲームを進めていく。

 と言っても、このゲームはそもそも一人用なので、片方は完全にもう片方のサポート役をこなすだけなのだが。


「とりあえず、この辺で休憩きゅうけいするか」


 キリがいいところで俺は、鈴羽にそう休息を申し出る。


「そうですね。なんか知らないけど、この手のゲームやると、すっごく疲れるんですよね」


 そう言って鈴羽が、伸びをしながら、不思議そうに首をかしげる。


「……」


 本人はあまり気付いていないようだが、ホラーゲームをやっている最中の鈴羽は、結構さわがしい。近所迷惑とまではいかないが、こいつがこの手のゲームをやっている間は少なくとも窓は開けない方がいいだろう。


「なんか飲むか?」

「じゃあ、なんか甘い物を」

「了解」


 立ち上がり、キッチンの方に向かう。


 二つのコップに、オレンジジュースを入れ、再びプライベートルームへと戻る。


「ほらよ」

「ありがとうございます」


 コップを一つ鈴羽に渡し、自分もそのまま床に腰を下ろす。


「せんぱいって、意外と健康思考ですよね」


 ジュースを飲みながら、鈴羽がふとそんな事を言う。


「そんな事ないだろ」

「そんな事ありますよ。これだって、果汁百パーセントだし、野菜ジュースは常備されてるし、九時以降は極力食事しないんでしょ? この年でそれは、十分健康思考ですよ」


「そう、なのか?」

「はい。まず間違いなく」


 そうだったのか。みんなこれぐらいの事、普通にやっているものだとばかり思っていた。


「まぁ、いいんじゃないですか。不健康思考よりは健康思考の方が」

「不健康思考ってなんだよ?」


 そもそもあるのか、そんな言葉。


「今日ぐらいいいか。明日から気を付けよう。頑張がんばった自分へのご褒美ほうびとか言って、自分をどんどん甘やかして堕落だらくした生活を送る人の考え方の事です」

「マジで?」

「今、私が考えました」

「創作かよ」


 とはいえ、鈴羽の言う事はもっともで、そういった事の積み重ねがいつか後悔に繋がるのだろう。


「というわけで、せんぱいは自分に厳しい分、私を甘々に甘やかしたら良いのです」

「どんな理屈だ、それは」


 甘々に甘やかす。甘が三個も入っているから、それはもう初孫もかくやとばかりに人を甘やかす事を表す、相当すごい言葉なのだろう。


 まぁ、そんな言葉ないけど。


「鈴羽はやれば出来る子だからな、俺は厳しく育てようと思う」

「お父さんか」


 冗談はさておき、鈴羽はスイッチが入れば予想以上の事をしてがすのは大学受験が証明しているわけで、こういうタイプは甘やかすよりある程度厳しくした方が伸びると思う。アメ三割ムチ七割的な?


「せんぱい、将来どうするんですか?」

「なんだよ。やぶから棒に」

「いや、だって、健康思考でお金もあまり使わない、趣味もさほどないって感じじゃないですか。これからどうするのかなって」

「とりあえず、大学出て就職して……後はなるようになるだろ」


 今はまだ何も考えていない。

 というか、この年で将来の事を考えている人間の方が少ないのではないだろうか。


「やりたい事とかないんですか?」

「やりたい事か……。特にないかな。そういうお前はどうなんだよ?」

「とりあえず、今は今を楽しんで、将来的には保育士とかいいかなって」

「保育士ー。お前が?」


 いや、けど、丸っきりないわけでもないか。仕事が出来るかは別にして子供には好かれそうだし。


「というか、ピアノ弾けんの? お前」

「一応、少しは。習ってるんで、ピアノ」

「マジで?」


 それは本当に初耳だった。


「だから、授業も余分に受けてるんですよ。正規のやつ以外も」

「へー」


 凄いな、なんか。


「何も考えてなさそうに見えて、実は色々考えてるんだな、鈴羽も」

「それ、めてます?」

「褒めてる、というか、感心してる。素直に凄いなって」

「そうですか。なら、いいですけど」


 と言いつつ、なぜかうつむく鈴羽。


「なんだ、照れるのか?」

「照れてるんですよ!」


 怒られてしまった。


 ま、予想通りというか、分かっていてやったんだけど。

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