第11話 リベンジ

「うふふ。ついにこの時が」

「……」


 翌日の昼休み。俺と鈴羽すずはは、校舎内の休憩スペースにいた。


 この手のスペースは校舎の至る所にあり、物の配置は全て一律で決まっている。自販機が左右に二つずつ置かれ、その中央に二脚の椅子いすが備え付けられた丸テーブルがこれまた二卓置かれている。


 その内の一つに、俺と鈴羽は今向き合って座っていた。


「こんなにも早く再戦の機会が来ようとは」

「それ、いつまで続けるつもりだ」

「えーっと、もう少しだけお付き合いください」

「了解」


 もう少しで終わるというのなら、とりあえず静観せいかんするとしよう。


「今日こそはせんぱいに私の料理の腕を認めさせ、謝罪の後、私の料理を定期的に摂取しないと死ぬ体にしてくれるわ」

「何それ。ヤバイ薬系の話?」

「そうそう。禁断症状が出て――って、おい」


 ビシッと俺の肩に、鈴羽による突っ込みが入る。

 よく分からないが、機嫌は特に悪くなさそうだ。むしろテンションが高い――のは、いつもの事か。


「ふふふ。そんな余裕を見せていられるのも、今の内のだけですよ」


 そう言って、鈴羽がトートバッグから布に包まれた弁当箱を取り出す。そして、それをテーブルを上に置き、包みをほどいていく。


「では、どうぞ」


 何にも包まれていないはだかの弁当箱が、俺の前に置かれる。


「開けていいのか?」

「はい」


 上に乗っていたはしを手に取り、弁当箱のふたはずす。


「おー」


 目の前に広がる光景に、思わず声をげる。

 弁当箱の三分の一をめるのは白いご飯、そして残りの三分の二には様々なおかずがいろどり豊かに入れられていた。


「いただきます」


 手を合わせ、箸をおかずに伸ばす。


 まずは卵焼きから。茶色いげが軽く付いたその見た目は、少し不恰好ぶかっこうながらも、手作りならば十分な姿形をしていた。


 横から箸でつかみ、三つに切られた内の一つを口に入れる。

 その瞬間、若干の甘みと、しょっぱさと焦げ部分の多少の苦味が口いっぱいに広がり、それが旨味うまみに変わる。


美味うまい……」


 思考より先に、そう言葉がれ出ていた。


「ホントですか?」

「あぁ――」


 そこで一度口をつぐむ。そうしないと、いつもの調子で軽口が口を突いて出るから。


美味おいしいよ、ホントに。毎日食べたいくらいに」


 それはいつもの軽口ではなく、本心だった。

 決して百点の出来とは言えない卵焼きだったが、その味は間違いなく俺にとっては百点以上の出来だった。


「そうですか。えへへ……」


 反応は控えめだったが、ゆるんだ口元が鈴羽の今の感情を雄弁に物語っていた。


「ほら、他にもありますから、ジャンジャン食べてください」

「おぉ……」


 鈴羽にすすめられ、卵焼き以外のおかずにも箸を伸ばす。


 小振りのハンバーグに、ポテトサラダ、肉巻きに、ブロッコリー。そのどれもが普通に美味しく、自然と箸が進んだ。


「お前は食べないのか?」

「え? あ、はい。食べますよ。食べますとも」


 俺に言われ、鈴羽が慌ててもう一つの弁当箱をバックから取り出す。


「お前、まさか――」

「!」

「本当に弁当に薬を……」

「入れてません! そんなわけないじゃないですか。まったく、せんぱいは少し見直すとこれだから」


 何やらぶつくさ言いながら、鈴羽が 自分の弁当を開封していく。そしてなぜか、外した蓋をそのまま、弁当箱の前に立てる。

 ん?

 その行動に違和感を覚えつつも、食事を続ける。


「なぁ、鈴羽。お前、普段から料理するの?」

「え? なんでですか?」

「なんでって。こんなちゃんとした弁当作れるくらいだから、普通にそうかなって」


 俺としては、別に変な質問をしたつもりはなかったのだが……。


「というかお前、何か隠してないか?」

「な、なんの事でしょう?」


 途端、目が泳ぎ出す鈴羽。

 正直者か。


「まさか、この弁当、お前が作ったんじゃないとか?」

「そんなわけないじゃないですか。ちゃんと私が作りましたよ」

「じゃあ、何隠してるんだよ」

「せんぱい、この世には知らない方が幸せな事もあるんですよ」

「そういうのいいから」


 しかし、もし弁当を鈴羽本人が作っているのだとしたら、他にこの状況で俺にする隠し事が本気で思い浮かばない。


「ま、いっか」

「いいんですか?」


 俺の突然の変わり身に、鈴羽が目を丸くする。


「だって、知らない方が幸せなんだろ?」


 この場合、誰が幸せなのかは分からないが、不幸になるわけでないのなら、それもそれでありなのだろう。


「せんぱいって時々、変に物分かりがいい時がありますよね」

「失礼な。俺はいつだって、お前の前では物分かりのいい気さくないい先輩だよ」

「自分でいいます? それ」


 そう言って、苦笑を浮かべる鈴羽。


「実は、せんぱいのお弁当箱に入れた物は、何度か作り直して一番上手うまく出来たやつだったんです」


 鈴羽の言葉を証明するかのように、蓋を退かした先、彼女の食べていた弁当の方は明らかに俺の物とは見た目が全然違った。


「ごめんなさい。私、本当は料理した事、あまりなくて。昨日のサンドイッチもお母さんに横で指導してもらいながら作ったし、今日のやつも……」

「なんだ、そんな事か。別にいいのに、無理しなくても」


 いや、違うな。俺が、俺の言動が、鈴羽に無理をいてしまったのだ。

 反省、しないとな。


「もーらい」


 宣言をし、鈴羽の方の弁当箱から、卵焼きを一ついただく。


「あっ」

「うん。美味しい。ちょっと苦味が強いけど、これはこれで」

「もう。せんぱいったら……そんなにお腹いてるんですか?」

「まぁな」


 それとこれとは話が別だが、確かにお腹は空いている。なので、もう一つ。

 今度は肉巻きを、鈴羽の弁当箱から頂く。

 形に多少の乱れこそあったが、味は問題なく美味しい。


「なんでこっちから取るんですか? 自分の方のを食べてくださいよ」

「へーい」

「まったく」


 嘆息たんそくしながらも、鈴羽の顔はどこか嬉しそうで、それを見て俺の顔も自然とほころぶのだった。

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