命色
「神の怒りを受けぬもの
この色とともに
我らとともに
生きよう
命色 」
次の日の朝、小屋の外で手を蝶にかざしたまま、コジョウが呪文を言うと、ほんの少し、ぼんやりとだがその場は明るくなった。
砂漠の花の広げられた羽の上の色は、徐々に体に染み込んでいった。羽は黄色を基調とし、縁は黒、その黒い縁から中央に向かって線が伸び、そこには紫とも黒ともつかぬ鳥の目のような大きさの紋が浮き出てきた。
「命色光・・・」
「すごいだろう、リュウリ。これがあるから名家はすごいって言われていると思うんだ、特異体質だよな」
「少し黙ってろキザン、蝶に失礼だ」
しかしまたしばらくして今度は
「大丈夫でしょうか、中央部分の色が・・・」
一番不安げなのはラランで、それに対してみんなはすぐには答えられなかった。
ラランが眠りについた後、三人は砂漠の蝶のことを話し合った。キザンもコジョウもリュウリの力が見てみたかったが、コジョウが砂漠の蝶の近縁種を命色したことがあると聞いて
「コジョウ・・・が命色するのがいいのではないですか? この蝶は特別で数も減っている。ラランとある程度話はしていますから、二人で」と答えた。そしてラランは朝になりそのことを聞いたが、別段驚くわけでもなく、こう言った。
「紋の部分にほんの少しだけ赤を足してくれませんか? 」
「どうしてララン? 」
「かなり弱っているのです、この色が、蝶の生きる力と希望になってくれればと思って」
「そう、わかったよ」
コジョウは赤を足すことにした。蝶の鱗粉の中、きっと刺された色は光を受けてより美しく輝くだろう。それは複眼を持つ蝶自信にも見えるはずだ、だが問題はある。
赤はとてもたくさんの種類があり、コジョウも二十色以上を持ち歩いている。その中には実は二人の父の作ったもののあるが、どの色にするのか、また混ぜるということも聴色師は要求する。
ラランは命色する前に、三人の持っている赤に手をかざし、そして蝶にもそうした。
「黒にも負けない強い赤でなければ」そう考えながら命色師三人はラランの答えを待ったが
「どうも、これがいいようです」といったのは、意外なことにキザンの持ったものだった。
「すごい・・・ラランちゃん・・・やっぱりわかるのか・・・」
「どうしたキザン、特別な赤か? 」
「ああ、旅でたまたま人助けをしたらお礼にってくれたんだよ。そこの家の親類が赤の町でも有名な職人だったらしい。もう亡くなった人のものなんだけど、あんまり置いていてもしょうがないからってもらったんだ」
赤い色はこの世界でも特別だった。多くの動物の血液は赤く、人もそうである。木の実もこの色が圧倒的に多い。赤の町はその名の通り、赤い色を専門に作る人の多い所で、そばに良質の赤の色石が取れる山があり、リュウリの父でさえ、その石を何度か取り寄せたことがある。
「そうか、じゃあ決まりだ」とコジョウは色を決めた。
命色がされて数分経っただろうか、蝶は何度かその場で羽ばたき、急に空へと高く舞い上がった。
「がんばれよ! ちゃんと生き抜いて子孫を残すんだぞ! 」
朝靄が晴れた中、キザンの声が砂漠に響き
「ララン、とても元気に飛んでいったよ。赤い色も光って見えた」
いつもならリュウリの言う言葉をコジョウから聞くことができて、ラランはとてもうれしそうだった。蝶の姿が見えなくなっても、リュウリはまだ驚いたようにコジョウを見ていた。
「お前のは無色の命色光だけど、他の色にすることもできるんだろう? コジョウ」
「祖先がいろいろな国の山を命色するのに、その地で稼がなきゃならないだろう? 大道芸みたいにやっていたらしい。色を付けたければ、色をほんのちょっと使うだけだ」
「生きるための業だったんですね・・・」とリュウリは恐縮したようなので
「さあ、こうしたら以外に儲かったって話だよ」とコジョウは笑っていた。
これからは四人での旅になる。男三人は仲良くやって行けそうであるし、ラランは悪いとは思ったが、自分のために神経の張りつめていたリュウリの負担が減ると喜んでいた。だが
「もう一人いるね、創色師が」
「そうだな、リュウリ。お前のためにキザン。俺とリュウリだけじゃお前の使う量までできない」
「すいませんね、皆さん・・・」
三人の考えは、何歩も先に行っている。ラランは色はリュウリが作ることもできるし、いざとなれば父に送ってもらってもと思っていた。
命色師の仲間が旅をする虚虚実実の話をいくつか聞いたが、その中でも創色師が同行するという話は全くなかった。
「みんな考え深い、私は、自分の方が大人で、先が読めるとでも思っていたのかしら・・・」
確かにキザンとリュウリが砂漠の蝶を追いかけまわしたのには少々辟易したが、どこかで
「若いのに素晴らしい聴色師だ」と褒められることが多く、コジョウからは
「千里眼の能力がある」と言われ、それこそ少々有頂天になっていたのかもしれなかった。
「正直に言うと、君は現時点でもかなり優れた聴色師だよ。だがこれからは聴色師ならだれでもが通る道で、「わかっている」とか「聴こえている」とかが逆に失敗の原因になる可能性がある。君は若いから、これから恋をしたりということもあるだろう、その中でどう心を平成に保つかだ。だが恋心で神がかり的な力を出す聴色師は多い、私もそうだたったかな」
と父の所に尋ねてきた聴色師が教えてくれた。その言葉を今ゆっくりと思い出せた。
「そう、キザンさんの言ったように、私は私の道を行かなければ。旅のことは任せておいた方が良いのかもしれない」
お風呂を沸かすのを手伝いながら、ラランは少し落ち着いた気持ちになった。
「あいつの持っている色は合格ラインギリギリだな」
「すり鉢を持ってきておいて良かったです。でもあと何回かすればいいだけなんですけれど」
「その具合が難しいんだろう? 」
「ええ、色によって違いますから。父は色を舐めていましたね、僕もそうします」
「私の創色の技術じゃ、話になりそうにないな」
染石を前にして二人は話していた。
「似た者同士行って来いよ、俺はラランちゃんの護衛兼風呂係」とキザンが言ったのでリュウリとコジョウは二人で練習場に行っていた。
「この染石を砕くとどんな色になるんだろう」
「文献では、どぶのような色と書いてあったよ。これをすり鉢ですると大変なことになるらしい」
「とは父も言っていましたね。道具が全部だめになるのが嫌だからって」
「まだまだ命色もわからないことだらけだ」
しかし、二人での練習はリュウリにとっては実りあるものだった。自分は父の創った色、一般的に最上級と言われるものしか使ったことがない。だがコジョウはそうできるのにもかかわらず、「色の組み合わせ」の仕方を数限りなく知っているようだった。リュウリも本で読んだが、実際にやってみると決して発色は良くなかった。
「君の所の色は逆に混ぜるとよくないよ。単色で行くのが最上だ」
「そのようですね、父から混ぜるのだったら、他の所のものの方がいいと言われました」
「いい意味でも悪い意味でも、君の所の色は「意志が強い」よ」
しばらくいろいろな事を話し、話題が少し途切れた所で
「あの・・・僕のことを聞いたことがありますか? 」
少しためらいがちのリュウリの声に
「もちろん、ライバルだから」
お互いがお互いを知ったのは、遠い昔の事だった。
「今の当主がまだ若い頃だ、鷲でやって来てね、普通ならガンでやってくる距離なのに。「子供が生まれるんです、今度は男の子の様です」といって色を受け取ってすぐに帰っていったよ」
リュウリが父から聞いた話だった。今にして思えば、自分はとても小さなころから命色師と父の会話を聞いていた。他の家の子供は外に締め出されることもあったというが、そういうことはなかった。自分が命色ができるようになり、それを見た他の命色師は
「モウ家の男の子みたいだ」
と思わずつぶやいた者が多かった。コジョウの父も大変優れた命色師であるが、
「モウ家の集大成だろう」という幼い少年は、ほんの少しリュウリよりも年が上だった。その存在がリュウリにとっての一つの目標であり続けたことは確かだった。
「命色! 」
コジョウがそう言うと、大きな染石は、まるで全体を薄い布をかぶされたように、石のくぼみですら、少しくすんだオレンジ色になった。
「いかにも期限切れの色という感じだな、まあ、練習用には最適か」
「すごい、広さが僕の倍だ・・・」
「少し年が上だから。でもコツだよ、きっとすぐにできるようになるさ」
キザンが似た者同士と言ったが、二人の命色の仕方はよく似ている。とても丁寧で、それこそ「文句のつけようがない命色」だ。例えば砂漠の花のある色が抜けていたりすると、やはり生きることが難しくなる。それは他の生物から「食べられる」訳ではない。白化したものを彼らは「食べない」。
研究者の追跡調査で明らかになったのだが、白化が完全に治り、動物などは数年たたなければ捕食されることはないという。命の短い昆虫の場合は
「仲間とは思われない」のではないかと言われている。だから虫はとても難しいのだ。
「砂漠の花は本当に見事でした」
正確な色の配置、染み込みやすい所とそうでないところの色の量の違い等、リュウリにとって勉強になるところが多くあった。
「私は君のものが早く見たい。伝わっているよ、君たちの命色したものは、生まれたてのように楽しそうだって、笑っているように見えると」
「それはラランの力です」
「どうかな・・・」
リュウリはコジョウとは「いつか会えるだろう」と思っていた。だがまさか仲間になり、一緒に時を過ごすことになるとは予想外で、それこそ神のくれた幸運だった。
だがそれは各々がそう思っていた。ラランもそうであるし、キザンにとっては疲れた体で風呂を沸かすのは本当につらく、面倒な事だった。だが仲間ができれば誰かがそれを手伝い、補うことができる。
「まあ、俺が一番得をしているな」
とキザンは言ったが、数日後四人の本格的な旅が始まると、頼りになるのはキザンだった。お金の使い方、危険な場所、地元の人とすぐに仲良くなって、情報収集ができる能力。コジョウは自分の今までの旅が「観光旅行」に近いものだったと反省せざるを得なかった。資金に困ることも、寝泊まりするところにも事欠かないというのは本当に特殊で、どこか心の片隅で自分の祖先の旅をなぞるようなことをしてみたいとは思っていたが、それは紛れもない今なのだと気付かされた。
リュウリはラランのことで張り詰めていた気持ちが随分と楽になった上に、思う存分命色のことを語り合える若い仲間がうれしかった。
道中は楽しく話しながら行ったが、ラランは馬に乗せてもらうことが多かった。その中で、ゆっくりと周りの景色を思い浮かべ、風の温かさを、強弱を、草や木々の香りを、時々聞こえる元気な生き物たちのささやきを楽しんでいるようだった。
「ねえ、ラランちゃん、聴こえるってどういう感じなんだい? 本当に声として言葉として聞こえるの? 」
「ええ、その時もあります、だって昔はすべての生き物は同じ言葉をしゃべっていたんですもの」
その名残で聴色師たちは他の生き物の声が聞こえると言われている。
「昔話だろう? 人間に悪口が聞こえないように言葉を変えたって」
「人間のせいで何度も色を失ったら、言いたくもなるさ」
「コジョウは人間嫌いだもんな」
「人間と他の生物総てだったら、どっちに付くかかはわかるだろう? 」
「モウ家の御子息とは思えないお言葉で」
「ハハハハハ」「フフフ」
楽しい雰囲気の中、この森を抜ければ町に着くはずだったが、急にラランがある方向を向いた。命色師たちもすぐさまそちらに目を向け、四人共に、厳しい表情になった。
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