第17話 N-Ⅱ型
翌日から、私の本格的なロケット製作が始まった。
朝一番で図書館に飛び込み、図書館の検索コーナーでモデルロケットについて検索すると、既製の製作キットがいくらでも見つかった。
ただ、真壁先輩からは売り物をそのまま使うのは止めてくれと言われていたし、私自身、それは何だか違うと思ったのでとりあえず形だけ参考にさせてもらう。
参考になりそうな写真を何枚かプリントアウトするとそのまま部室にとって返し、昨年の文化祭でお客に配った星座早見盤キットのあまりを解体し、さらにコピー用紙、加えて速乾性の木工ボンドを駆使してどうにかそれらしい物体を三本作り上げる。
長さ三十センチと少し、太さは二センチにも満たない超小型の四枚羽根。幼稚園児に『ロケットを描いてごらん』と言ったら誰もが描くような素朴な形。
「ほー、あんた、思ったより器用なのね」
ちょうど宅配されてきたばかりのエンジンを組み込んで、完成したばかりのモデルロケットをためつすがめつしていた由里子が感心したようにつぶやいた。
「まあね、これくらいしか取り柄がないし」
小さい頃から、なぜか工作だけは得意だった。子供向け雑誌の付録の紙工作でも、走より私の方がずっとよく出来た。部品がどんなにバラバラの状態でも、ひと目見て完成した形が想像できたから。
「でも、これじゃバランス悪くない?」
確かに。できるだけ軽く軽くと思って華奢に作ったせいで、エンジン部分に極端に重心が偏っている。それがどう性能に影響するのか、とりあえずやってみないことには判らない。
「それに、真っ白っていうのもねえ」
「いちいちうるさいなあ。これはあくまで試作だから。ちゃんと飛ぶことが判ったら色くらい塗るから!」
チクチク否定的なコメントを入れてくる由里子にイラッとして、その手からロケットを取り上げると、スマホを取り出し真壁先輩に電話をかける。
「真壁先輩ですか? とりあえず試作機、出来ましたよ」
『おう、では早速テストと行こうか。野球部に
それだけ言って電話はすぐに切れた。手配の早さには素直に感心する。
「ほら、グラウンドで待ってるってさ」
まだ何か言いたそうな由里子を追い払うと、ビデオカメラと三脚をつかんで立ち上がる。
「ほう、これか」
真壁先輩は私の持ってきたロケットを一目見て一瞬何か物言いたげな表情を浮かべた。
「何か?」
「いや、いい。早速やってみようか」
そう言ってグラウンドで作業をしている数人の男子生徒に向き直る。
「紹介しておこう。物理技術部の連中だ。今後君が打ち上げるロケットのサポートを担当してくれる」
メタルフレームの眼鏡をかけた男子生徒を左手で示し、「部長の前嶋君だ」と紹介される。
「はじめまして。天文地学の天野です」
私は丁寧に頭を下げ、握手をと思い右手を差し出した。でも、先方にその気はないらしく「うん」とおざなりに頷いただけでそっぽを向かれてしまった。
「あの?」
「まあいい、早速打ち上げてみようか」
どうやらあまり歓迎されていないらしい。私はなんとも言えない違和感を感じながらも、真壁先輩に促されるままにロケットを発射台にセットする。
「ところでこれ?」
ピッチャーマウンドの真ん中でシルバーに鈍く輝き天をにらむ金属製の発射台は、私がネットで見たモデルロケット用の簡易なセットとは天と地ほども違う。四方に長く伸びた脚部はグラウンドにペグでがっちりと固定され、ランチャー部分は二メートル近くもある。なんだか本物のミサイルでも簡単に打ち上げられそうな重厚感すら漂っていた。セットされた私のロケットは小さすぎてどこにあるかわからないほどだ。
「ああ、撮影の間ずっと使うからな。将来ロケットがどれほど大型化しても対応できるように、とにかく本格的な物をオーダーした結果こうなった」
そう、なんでもないことのように説明される。しかし、さすがにこれは大げさすぎやしないだろうか。
「まあいいだろう。それよりこれだ」
言いながら黄色と黒のだんだら模様で縁取りされたごつい金属製の箱を手渡される。ずっしりと持ち重りのするそれには直径二センチほどもある赤や緑のプッシュボタンに、いくつかのレバー式スイッチ、各種のインジケーターが取り付けられ、まるでSF映画にでも出てきそうな仰々しさだ。
「なんだか核ミサイルぐらい発射できそうな雰囲気ですけど……」
「このくらいケレン味があった方が撮影映えするんだよ」
そういうものだろうか? ともかく、せっかく準備してもらった物にケチをつける趣味はない。ありがたく使わせてもらうことにして、秒読みのタイミングをはかろうと左腕のGショックを覗き込む。
「ほう、似合わないもの使ってるな」
真壁先輩が目ざとく見つけ、意外そうな口調で呟く。
「ほっといてください。これ、友人とお揃いなんです」
走と私は誕生日が近いので、親たちはいつも同じものを私たち二人にプレゼントしてくれた。というか、幼稚園時代、走にプレゼントされた男の子っぽいおもちゃやゲームを即座に取り上げる私に閉口した両親たちが、同じものを必ず二つ用意するようになったのだ。
自業自得ではあるのだけど、まともに女の子らしいプレゼントが貰えるようになったのはようやく最近のことだったりする。
「じゃあ、秒読み、いいですか?」
「ああ」
真壁先輩は前嶋部長に身振りで合図を送り、その場にいた部員達は駆け足でグラウンドの端まで退避する。
「じゃあ行きますよ。周辺よし、上空低空飛行物体なし、五秒前!」
手のひらににじんだ汗で重たい発射装置を取り落としそうになり、両手でしっかり抱え直すと、ロックと書かれたスイッチを弾く。ピーピーと突然警告音が鳴り始めて驚き、あわててスイッチを戻す。
「あのー、これ、なんか鳴ってますけど?」
「大丈夫。安全装置が外れているという警告です。発射ボタンを押したら止まります」
バックネットの後ろから顔を半分だけ覗かせて前嶋部長が怒鳴る。そんなに遠くまで離れなくても大丈夫だと思うのだけど。全然信用されてないなあ。
まあいい。私は改めてロック解除スイッチを弾き、秒読みを再開する。
「行きます! 五秒前、四、三、二、一、発射!」
赤い点火ボタンをぐいと押し込むと、シュバっという発射音と共にロケットが舞い上がる。
でも、ロケットは風に負けて急速にカーブすると、ほとんど墜落といった感じで急旋回し、パンと弾けてばらばらになった。
「あー」
まるでこの先の前途多難を象徴するようなみじめな結果だった。
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