◇幸福◇

 いつになく脳細胞を酷使したからか、甘いものが無性に食べたくなってしまい、調達しにストアに向かう。

 他の階には移動は出来ないが、自分専用のコンビニもどきがあるのは、かなり嬉しい。このプロジェクトに参加しなければ、こんな格別な扱いされることはなかった。

 地元では近くのコンビニで同級生に会うかと思うと、怖くて行けなかったくらいだった。


 制約はあるけど、人権は守られているよね――――。

 復讐の『交換』を組織的にやってしまうなんて、常識的にあり得ないことかもしれないが、自分と同じく苦しい思いをしている人には、希望を与えてくれるプロジェクトだとすら思う


『復讐』なんて正しくない――――。

 そういう人はいると思う。


 でもさ――――

 学校が何か解決してくれる訳じゃない。

 守ってくれる家族はいるかもしれないが、虐めをしてくる敵を完全には潰せない。

 下手すると、家族だって敵になる。

 そんな厳しい現実だから、自殺だって絶えないんだ――――。


「この世は『因果応報』か……本当にそう思いたい」

 そんなこと考えている内に、専用ストアに到着した。

 ストアはまるでコンビニが一軒入っているみたいに、本格的な品ぞろえで大抵のものがそろっていた。

 これが他の三人が居る階にも設置されているのかと思うと、凄いとしか言いようがない。

「一体、どんな組織なんだろ……」

 聞けないけど、どうにも気になってしまう。


 一先ずストアの中をグルっと回り、物色をしてみた。

 日持ちしないものは注文するシステムになっていけど、おにぎり、パスタ、唐揚げなどは冷凍食品でも構わない。

 地元では見かけない商品もあって、つい食べてみたくなってしまう。

「夢の国みたい……」

 コンビニもどきでも、こんなに違う。今までどれだけ閉鎖されて空間に自分を押し込めていたのだろう。


「もっと自由に……なりたいな」

 住む場所が変わってもアイツらが好き勝手にいきている限り、本当の『自由』は手に入っていないのと同じだ。

 アイツらのから、解き放たれたい――――。

 だからこそ、このプロジェクトは絶対に成功さなければいけないんだ。。


「よし。部屋に戻って、もっと凄い計画を企てなきゃ」

 用意されていたカゴの中にプリンとチョコ、スナック菓子と簡単に摘まめそうなおかずを急いで放り込んで、清算する。清算は商品のバーコードとカードキーを読み込ませれば終了だ。

 ハイテクなシステムに内心ドキドキしつつ、ここまで環境を整えられている代償の大きさも実感させられる。

 成功するまで、何回かチャンスを貰えるのかな?

 調達したものをビニール袋に移し替えながら、まだ始まっていない復讐の保険を気にしてしまった。


 駄目だ――――きっとそんな甘い考えじゃ、決意が鈍るし、成功しない。

 刺し違えるくらいの覚悟で、挑まないと――――。


 絨毯が敷き詰められた廊下を歩いて、部屋に戻っていく。振動で、ビニール袋が軽く揺れる。

 平和だ――――こだけ切り取ったら。

 この鳥籠から出れば、世間は辛いことばかり。


 それでもどうして、生きていかないといけないんだろう?

 そもそもなんで、生まれてこなきゃいけないんだろう?


 いつかは絶対に、のに――――。



「あ……しまった」

 ぼんやりして歩いていたら、ドアの前を通り過ぎて壁にぶつかりそうになった。

 しっかりしなきゃ! 取り合えずプリンでも食べて落ち着こう。

 改めてドアの前まで移動し、部屋に入る。ビニール袋をテーブルに置き、ティーカップを取りに行く。お茶は日本茶から紅茶、珈琲まで銘柄も充実していた。

 プリンなら、紅茶か珈琲かな。

 お高そうな茶葉の缶もあるけど、簡単にティーバッグで淹れることにする。蒸らし方とか詳しくないし、不味く淹れてしまったら茶葉が勿体ない。

 貧乏性な性分はこういうときも、働いてしまっていた。



「ん~! 美味しい!」

 プリンは予想以上の美味しさだった。特に選んだ訳でもなく、目に付いたものをカゴの中に入れただけだったのに、大当たりだ。いや多分、どれも美味しいのだろう。

 メーカーを見てみたら、聞いたこともない名前だ。有名店なのかな?

 今度、岩鏡さんに聞いてみよう。他にも種類があったら、お取り寄せしてもらおうかな。

 私はまるで学生気分で、ウキウキしていた。浮かれている――――。


 例えこのプリンの味さえも一時の幻だとしても、今まで奪われていた幸福感を与えてくれたことが凄く嬉しい――――。

 こんな細やかな幸せさえも、望むことが叶わなかったんだから。


「可哀そうに……プリンの美味しさを二度と味わうことが出来なくなるのね……」


 背中に得体のしれないものがうねるように這い上がっていき、ゾクゾクと寒気に近い感覚が広がっていく。

 ――――頭の中が真っ白だ。


 ――――とても気持ちがいい――――。


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