◆記憶◆

『次は盛岡に停まります……』

 東京行きの新幹線の車内アナウンスが、流暢に流れる。

 普段乗り慣れていない新幹線は緊張もするが、それとはまた別の感覚が胸の奥を擽っていた。

 別に旅行に行く訳じゃないのに――――。

 向かう先に待ち受けていることが凶か吉かはまだ分からないけれど、どうにもならない現実を壊してくれる可能性に、期待が微かに膨らむ。


 この感覚――いつぶりだろう? まだ普通にみんなと接していられた時は、毎日感じていた高揚感。

 昼休み、放課後、休日と、単純にその瞬間だけを楽しんで遊んでいた日々。

「そんな時も、あったな……」

 いつからだろう?

 どこからだろう?

 どうしてだろう?

 何であの日々は、崩れていったんだろう――――?


 新幹線の窓から見える流れる景色を見つめながら、記憶の蓋が少しズレる。

 最初は数人の女子からだった。

 ――――『クスクス……』

 ――――『ぷっ。やだ……』

 少し悪意の混じった視線と嘲笑。

 気のせいかな? そんな疑問が不安になって、確信に変わるまで然程時間は要しなかった。

 ――――『近寄らないほうがいいよ~』

 ――――『根暗菌が、うつっちゃう!』

 自分のことを言われているんだと、信じたくなかった。だけど日に日に話しかけてくる人も少なくなって、最終的には休み時間は一人で過ごすようになっていた。


 どうして――――?

 私が何をしたの――――?


 頭の中で何回も繰り返す疑問。でも一向に答えなんて出ない。それに反比例するように、私を排除する人間が増えていくだけだった。


 田舎の小さな学校。一学年のクラスは二組だけ。数か月我慢してクラス替えがあっても、状況は悪化した。

 そう――学年全員からの完全無視――――。


「ひっ!」

 突然全身を鈍器で叩かれたような衝撃が走り、小さく悲鳴を上げる。

 慌てて周りを見渡したが、通路を挟んだ座席に座っている人は、気持ち良さそうに眠っていた。

「……はぁ……」

 そうよね、誰も私のことなんか気に留める人なんて居る訳ない。

「凄い汗……」

 病気でもないのに冷や汗で肌が湿り、全身が震えていた。

 ほんの少しの記憶のパーツを取り出しただけなのに、身体が悲鳴を上げる。深く刻まれた傷は簡単には消えない。これから先もこの痛みは、纏わりついてくるのだろうか?

『一生消えない痛み』――――。

 ――――『クスクス……』

 だけどアイツらは、その痛みを知ることもなく笑って生きていくんだ。

「許せ、ない……」

 許せない。

 許せない。

 許せない――――。

「……味合わせたい」――――同じ痛みを!


 ――でも、いくらそんなことを願っても、叶えることは出来ないんだ。ちっぽけな私には、アイツらを見返してやる力も頭脳もないんだから。

 諦めるだけの人生――――だから、せめて環境だけでも変えたかった。

 それが今、現実となる。


「東京か……」

 別に殺されてもいいよ。

 あの土地での記憶が消せるなら、何が起きても構わないから――――。


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