あらすじ
「いま」を知った少年の、「これから」の物語――。
eスポーツの世界選手権大会。
さらに追い打ちをかけるように、海外で医療活動に従事していた母親が、爆弾テロに巻き込まれて亡くなったとの報せが入る。
井の中の蛙でしかなかった自らの実力。
人を救うことを生業としていた者が命を奪われる無情。
残酷な現実を突き付けられながらも、心の弱さに流され、その現実を受け入れることしかできないミコトは、やがて諦観に彩られた無気力な毎日を送るようになる。
そんなある日の夜、父親の勤める
当惑星において、古代文明の遺跡を数多く擁するアルテシア王国は、
そんな状況下のアルテシア王国に転送されたミコトは、少女と見紛うほどの麗しい容姿から、国難の際に現れると予言されていた女神として祭り上げられる。
ミコトは戸惑いながらも、王妹シタンを始めとする様々な人々の協力によって、幾つもの苦難を乗り越えていく。
重圧、悲哀、そして新たな命の誕生――多くの経験を重ねる中で目覚ましい心の成長を遂げたミコトは、女神の武具として伝えられる、冠状のウェアラブル端末と複数の人工衛星で構成された、古代文明の広域戦術指揮システム――セフィロトシステムを手に入れる。
人工衛星を通じてアルテシア王国全域の詳細な情報を取得し、さらに各地に眠る無人タイプの
存亡の危機を脱したかに見えたアルテシア王国。
しかし、セフィロトシステムの圧倒的な力を危惧した各国政府は、その奪取のためにアルテシア王国への侵攻を計画する。
対してミコトは、アルテシア王国の国王と協議し、国際社会における平和維持と相互援助を目的とした世界安全保障機構を設立し、さらにセフィロトシステムを当機構の管理下に置くという着想に至る。
ミコトは早速、セフィロトシステムの通信機能を用いて、世界安全保障機構の設立に向けた国際会議の開催を告知する。
女神の知名度を利用した告知によって、ユグドラシル全域で国際会議への参加を求める世論が巻き起こり、各国政府はアルテシア王国への侵攻を保留せざるを得なくなる。
余談を許さない状況に光が差し込みかけたその時、しかしミコトは何者かの狙撃を受け、重傷を負ってしまう。
ミコトの意識が戻らない中、国際会議が開催される。
セフィロトシステムを自国で独占したいという思惑に加え、世界安全保障機構の運営に関わる費用負担が各国の経済力に比例したものとなっていたことから、会議は大国を中心とした世界安全保障機構否定派のペースで進む。
そんな折、意識を取り戻したミコトは、シタンから旗色の悪い会議の状況を聞き、自らも会議に参加することを申し出る。
シタンに支えられながら会議場に赴いたミコトは、自身が異なる世界の人間であることを皮切りに、父親のこと、母親のこと、そしてユグドラシルでの経験を蕩々と語る。傷口が開き、流れ出た血が衣服を染めるが、ミコトは胸を張り、真っ直ぐ言葉を紡ぐ。
「夢や理想から目を逸らせて、現実(いま)という檻の中でうずくまっていたらダメなんだ……僕たちは、僕たちが求める未来(これから)を創り出していかなくてはならない。そのための力は、ここにある。踏み出す力は、ここにある。この胸の内に、誰もが持っているんだ!」
昂ぶるままに叫んだ直後、ミコトは床に倒れ伏す。しかし、シタンの腕の中で残された力を振り絞り、心から溢れ出る思いを声にする。
「僕たちは、たくさんの人に支えられているんです……だから、伝えてみてください……ありがとうって、大好きだって、愛しているって……そこから、始められるんです。僕たちは、新しい世界を、始めていけるんです」
ミコトの身を賭した真摯な訴えに、世界安全保障機構否定派の心中は波立ち、それぞれが意識の奥底に沈めていた無垢なる志を呼び起こされる。
ミコトが語り終えた後、決議が取られる。
結果――全会一致にて、世界安全保障機構の設立が承認される。
ミコトと、そして誇り高き英断に踏み切った各国の首脳たちに対し、全世界の人々が拍手と喝采を送る。
それから暫くの時が経過し、狙撃による傷が癒えたミコトは、シタンに誘われてエルドの樹と呼ばれる巨大樹への登攀に同行する。
樹上で野営した二人は、夜通し他愛のない会話を交わし、早朝に木々の海原を金色に染める日の出を望む。
最中、ミコトの身体が徐々に光の粒子に変わっていく。
その様子を瞳に映したシタンは、ミコトが元居た世界に帰る時が来たのだろうことを悟る。
「さよならは言わない。どれほど遠くに離れようとも、どれほど強固な壁で阻まれようとも、また会える。今の私は、そんな、どこまでも都合が良くて、どこまでも輝きに満ちた未来を信じることができる。信じ続けることができる。だから――」
「はい……だから、約束します。必ず、また会いに来ます」
万感の思いを込めてシタンと唇を重ねた後、ミコトは地球に転送される。
二年後。
新国立競技場で開催されたeスポーツの世界選手権大会で優勝を果たしたミコトは、高校に通いながら
そんな日常を重ねたある日、ついにミコトと父親は、物体の移動のみという条件付きではあるもの、時空間の事象定義情報を安全かつ可逆的に書き換えることに成功する。
事象定義装置が作り出した光の中へと踏み出したミコトは、手を伸ばす。
反対側から、もう一つの手が伸びて来る。
二つの手は、すれ違い、探り合い、そして――繋がる。
了
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