第22話 再戦ラウンド2


「ところで」


 人気の少なくなった廊下に二人分の足音。僕らが向かう先にあるのは図書室だった。


「これでアダムス先生も僕の交渉を受け入れてくれるんですよね」

「たぶんね」


 由宇さんが言った。その言葉に改めて安心する。


――大丈夫、『魅了』は解除されている。


 クラスメートのステータスから、跡形も無くその二文字が消失したのがは間違いない。あの不自然なまでのテスト不正に対する態度が『魅了』によるものだとしたら、それ解除した今、同じことは起こらないだろう。


――今度こそ、アダムス先生に『テストを不正無しで行うこと』に協力して貰える。


 息を飲んで扉の前に立つと、心なしか前よりも空気が重く感じた。大丈夫なはずだ。もう一度自分に言い聞かせ、扉をノックをすると、向こうから「どうぞ」という老人の声が聞こえた。


「……じゃあ開けますね」

「どうぞどうぞ」


 意を決し、僕はその重い扉の入り口に指をかけた。


「失礼します」


 目に飛び込んだ部屋の光景は、当然だがこの間とたいして変わってはいなかった。几帳面な性格を現しているかのようなきっちりと整頓されたアダムス先生の部屋。今日は紅茶の香りはしない。


「どうしたのかね」


 そこの声でハッと我に返った。机の前に佇んでいたアダムス先生が皺のある顔で僕を見ていた。今日は本を読んでいない。


「いえ、ちょっとお話が」


 僕はそうして話を切り出した。


「先日もお話したことなんですが」

「ふむ」

「次回のテスト、不正無しで行っていただくことは出来ないでしょうか」


 前回は即答で断られた内容を先生に話す。


「なるほど」


 以前とは違う反応。アダムス先生はそう言って机に飾りつけられていたランプの方をみつめた。

 今度は成功しそうだ。次に出てくる言葉を聞き逃さないよう、僕はじっと耳を澄ませた。


「君の話は分かった」

「ありがとうござっ……」

「だが、それは出来ない」

「!?」


 え。嘘だろ。今なんて――


「君の話に乗ることは出来ない、諦めてくれ」


 念を押したように伝えられた言葉。どうやら聞き間違いでは無いようだ。


「話はそれだけかね?」

「え、ええ……ああ、はい」

「そうか。なら用は済んだね。二人とも、もう遅いんだから帰りなさい」


 そう言うとアダムス先生は僕達に背を向けて窓の外を眺めた。

 確かに用事はこれしか無いんだけど、でもその用事が果たせていない訳で、大体どうなってるんだ、魅了は解除されたはずじゃ……

 一緒に連れてきた友人のことを思い出し、僕は俯きながら彼女の様子を覗いた。


「森田さん、あれ見て」


 小声で由宇さんが何かを指した。

 あれ? あれって一体なんだ。何が言いたいん……げっ!


【アダムス(魅了) ジョブ:教師】


 魅了が解除されていないだとーーー!


「……せ、先生」

「何かね」

「私、ヴァレッドさんを、そ、その、愛していますの」

「……」

「だ、だから、何人たりともその邪魔をすることは、ゆる、許さない……という」

「? さっきから何を言っているのかね。いいから早く帰りなさい」

「失礼しました……」


===


~廊下にて~


「というわけで、魅了が解除されていなかった訳ですが」

「うーん」

「僕は消え去りたい……」


 出来ることなら誰にも見つかること無く、光の当たらない静かなところでひっそりと暮らしたい。


「これが! こうなるのが嫌だったんですよ! 見ました? アダムス先生、めちゃくちゃポカーンてしてましたよ。呆れてましたよ!?」


 これがあるかも知れないから『独占』の能力は使いたくなかったのに。


「でも、おかげでこの『魅了』が某学園の王子様の仕業じゃないことが分かったね」

「それは確かにそうなんだけど、恥ずかしすぎる。死にたい」

「まあまあ元気出して」

「うぅっ……大体、ヴァレッドが犯人じゃなかったら、あの『魅了』は誰の仕業なんですか」


 僕の『独占』で解除されなかったのだから、犯人が他にいることは間違いない。


「それは分からないね」


 由宇さんにしては珍しくあっさりと白旗をあげた。じゃあこの先、一体どうすれば。

 けれど、悩むことしか出来ない僕に対して、由宇さんの次の手は既に決まっているようだった。


「こうなったら犯人を探すより、別の手段で対応する方が早い」

「別の手段?」


 きらりと瞳を輝かせた幼馴染は、難攻不落なゲームに直面した時のように嬉々として笑みを浮かべた。

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