母と娘

 この世が終わりそうなのに、朝日は示し合わせたように昇る。陽に照らされ銀色に輝く粉雪が、黒く染め上げられた大地を包み込もうとしていた。

 新緑の眼を細め、グラインは焦土と化した大地を見つめる。根の国の中央聖堂の上にグラインは立っていた。

歪な硝子の結晶の上にも、雪は降り積もり、白いヴェールのように硝子の表層を覆う。

「まるで、花嫁衣装だ」

 隣にいたウィッシュが口を開く。グラインはそんな彼女の言葉に苦笑していた。グライン自身が、真っ白なヴェールと白い法衣を纏っていたから。

 白き神と黒き神は世界樹を巡って争い合った。世界樹を愛するが故に。

 その決着を自分がつけにいくと思うと、何だが笑いが込み上げてくる。

「世界樹は、白き神と黒き神。どちらを愛していたのでしょうか?」

「さぁ、彼女が枯れてしまった今となってはわからないよ」

 グラインの言葉に、ウィッシュは苦笑してみせた。自分の母だというこの女性は、自分がどちらを選ぶのか気にならないのだろうか。

 アッシュか。それとも、母である自分なのか。

「お前は私とアッシュどちらを選ぶ?」

 彼女が口を開く。夜色の眼を細め、彼女は笑っていた。その顔を見て、グラインは言葉を返す。

「黒き神から世界樹が生まれるなんて、誰が考えますか?」

「そうだな。もう、答えは決まっているか」

  彼女の言葉にグラインは答えない。ウィッシュは軽く微笑んで、そんなグラインを抱きしめていた。

「あの......」

「私もお前が娘だという実感が湧かないよ。ずっと、こんなに大きくなるまで、この胸に抱いていなかったから......」

 夜色の彼女の眼から雫が零れ落ちるのは気のせいだろうか。グラインは、そんな彼女の顔を見つめることができなかった。

 ただ、アッシュに抱きしめられているようだと思う。たぶん、自分にとっての家族は、自分を生んでくれたこの人ではなくて、義父であるアッシュその人なのだ。

「生んでくれて、ありがとうございます」

 それでもグラインは口を開いていた。そんなグラインの顔をウィッシュが覗き込む。今にも泣くそうな顔をしながら、彼女は笑っていた。笑いながら、グラインを突き放していた。

 笑いながら、彼女は駆け出す。歪んだ硝子の結晶を駆け抜け、彼女は朝日が煌めく空へと跳ぶ。

 瞬間、あたりに轟音が響き渡る。

 硝子に閉じ込められた黒き神が漆黒の眼を見開き、口を開いた。

 鋭利な刃をぎらつかせながら黒い竜は叫び、硝子の中で暴れる。

 自身を閉じ込める硝子の結晶を突き破り、竜は大空へと躍り出た。

大きく開いた竜の口へとウィッシュが落ちていく。

「喰らえ、化け物!」

 そう叫ぶ彼女に竜は叫び、その体を食む。ぐしゃりと肉の潰れる音がグラインのじだに響き渡る。

 その音に眼を歪めながらも、グラインは駆けていた。駆けて、硝子の結晶を踏んで、空へと跳ぶ。

 黒い竜の背に飛び乗り、竜の嘶きに眼を歪める。竜は薄い皮膜に覆われた羽を翻らせ、一際大きく嘶いた。

 グラインは竜の背から地平を望む。朝陽によって白銀に輝く大地が、灼熱の炎に覆われている。

 その炎めがけ、竜は飛び立っていく。





 

 


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