神話

 世界は、まっらな虚無の中にあった。そこに、生命とい名の存在が宿ったのはいつだろう。

 初め、彼女は独りだった。ずっと独りだった。

 そんな彼女のもとに、二匹の竜が飛んできた。彼女は旅で疲れている彼らの止まり木に喜んでなる。

 二匹の竜は、世界樹の枝の上で仲良く寄り添いお互いに信頼し合っていた。そして深く世界樹を愛した。

 二匹の竜さ世界樹の夫となり、虚無の世界に生命を産み出していったという。

 そうして二人は、世界樹を巡って争うようになる。それは、世界そのものを巻き込み、ついには愛する世界樹すらも灰にしてしまった。

 この世界にふる雪は、灰となった世界樹の体が朽ち果てたものなのだ。雪は世界を覆い、再び虚無へと還そうとしている。

それでもなお、二匹の竜は争いを辞めなかった。そんな竜たちを、地上に生きる彼らの眷属が封じたのだ。



「それが、根の国と常世の国に存在する、白き神と黒き神を封じた中央聖堂の謂れだ。世界を破壊し尽くそうとした主たちに代わり、私たちを眷属たちは白き民と黒き民に別れ、この世界の終わりまで戦い続ける運命にあるんだよ」


夜の王が話を終える。

謁見の間から、グラインと夜の王はそこから通じる螺旋階段を降りて、硝子でできた縦穴の中にいた。

そこには、アッシュが閉じ込められていたという硝子の柱が建っている。

硝子の結晶で覆われた縦穴には眠りにつく詩人たちが閉じこめられている。グラインの見つめるその柱は割れ、中はがらんどうになっていた。そっとグラインは柱に近づき、ふれる。

冷たい氷のような柱の感触にグラインは驚き、眼を歪ませていた。

アッシュは自分を救うためにこんな冷たい場所にずっと閉じ込められていたのだ。

誰にも省みられることなく、ずっと独りで。

「父さん……」

 グラインは割れた硝子の支柱をそっと抱きしめていた。自分を救うために父はずっと独りでいたのに、そんな父を自分は救うことすらできなかった。

 白き神に喰いつくされた愛しい人。その彼をあの獣に捧げた少年こそ、自分の実の父親だと夜の王は言った。

 新たなる世界樹を生み出すためにアンとウィッシュは通じ合い、種となる自分を生み出した。そして、そんな世界樹である自分を芽吹かせるために、夜の王は自分を戦場へと送ったというのだ。

 ここで眠っていたアッシュがグラインの危機によって目覚めることを期待して。そんなアッシュと再会したグラインが、世界樹として芽吹くことを期待して。

 でも、グラインが世界樹として目覚めることはなかった。

「私はまた、喪った。あなたたちのせいで……」

 思いが呟きになる。鳶色の眼を伏せ、グラインは背後の夜の王へと振り返る。彼はただ、暗い夜色の眼をグラインに向けるだけだ。

「私は父を救えもしなかった……」

 グラインは嗤う。

 大切な人すら守れなかった自分が、滅んで行く世界を救う新たな世界樹だという。それだけでもお笑い種なのに、彼はそんな自分に世界を救わせるために、自分を戦場へと送り出したというのだ。

 アッシュとの出会いが、自分が芽吹くための鍵であると彼は語った。だが、自分は父に再会はしたものの、その父を救うことすら出来なかった。

「アッシュは生きている……」

 そっと眼を伏せ、夜の王が答える。大きく眼を見開くグラインに彼は静かに告げる。

「アッシュは、白き神の生まれ変わりだ。予言に書かれた灰の王は、新たな世界樹を求め封印された体を抜け出した白き神の魂そのものなんだよ。彼は、君と巡り会うためにこの世に生まれてきたんだ」

 


 

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