白き神
声が聴こえる。聴こえなくなったはずの彼女の声が。
大きくアッシュは眼を見開き、ウィッシュの閉じ込められた硝子の支柱を見つめる。夜色の眼を薄く開いた彼女は、何も言わず自分を見つめるばかりだ。
「あなたが、消してくれたはずなのに……」
アッシュはちからなく膝をつく。その間にも、自分の中の声は囁き続ける。
――こちらへ。こちらへ。ずっとあなたを待っていた。
「お前はなんなんだ」
――私は……。
彼女の言葉にアッシュは大きく眼を見開き、静かに意識を手放していった。
アッシュが床に倒れ伏す。
「アッシュ!!」
共にアンと共闘していたダラムは、アッシュに駆け寄っていた。アンの光の弓がダラムめがけて放たれるが、ダラムはそれを槌で跳ね返す。アンは嗤いながら、そんなダラムに駆け寄ってくるのだ。
「Haero, Haero, lanna oighi《生えろ、生えろ、氷の刃》」
アンが祝詞を唱え、ダラムのもとへと駆け寄ってくる。彼の持つ氷の剣をダラムは槌の柄で受けつめ、アンを睨みつけていた。
「そこをどけ……。ダラム……」
眼を歪め、アンが嗤う。
「だれが、どくかぁああ!!」
アンの刃をはじき返し、ダラムは叫んでいた。体を捻り、彼はアンめがけて槌を振るう。だが、アンはダラムの放った槌の上につま先立ちになり、アッシュのもとへと跳んでいた。
「なっ!!」
驚愕するダラムの背後で、アンは倒れ伏したアッシュを横抱きにする。ダラムは急いでアンに駆け寄ろうとしたが、落ちてきた巨大な硝子の破片が行く手を阻んだ。顔を歪めるダラムに硝子の向こう側から微笑みかけ、アンは宙へと浮く。
「待ちやがれ!!」
ダラムが跳ぶ。彼は破片を踏みつけ、壁を走りながら、縦穴の上空へと消えていくアンを追っていた。
「なに……あれ」
崩れた中央聖堂から這い出してくるその異形をグラインは唖然と見つめていた。そんなグラインを庇うように、エリジンが後方から肩を抱き締めてくれる。
白き神が咆哮をあげながら、歪な硝子の結晶の中で悶えている。巨大な竜が身悶えする度、中央聖堂の結晶は崩れ、竜は自由を取り戻していく。
「グライン!」
エリジンの叫びにグラインは我に還る。彼女は、大きく眼を見開いて自分達の出てきた縦穴を見つめていた。
その縦穴から、銀髪を翻して浮き上がってくるものがいる。
アンだ。アンがぐったりとしたアッシュを横抱きにして、縦穴から登ってくる。そのアンを、崩れる壁面を疾駆してダルムが追う。
「グライン!」
ダルムの叫びに、グラインはとっさに祝詞を唱えていた。壁を走るダルムが跳躍し、槌をアンの頭上めがけて振り被る。同時に、グラインの放った無数の氷刃がアンへと襲いかかった。
だが、空からの攻撃は巨大なゆれによってわずかにずれる。氷と槌の攻撃をアンは祝詞を唱えて障壁で弾き返し、速度を増しながら上空へとあがっていく。
竜の雄叫びがグラインの耳朶を叩く。
中央聖堂の揺れが激しくなる。そこから白き神が解き放たれる。蒼い月光に薄い膜の羽を光らせながら、この世界を統べる神は永い眠りから目覚めたのだ。
その神へと、アッシュを横抱きにしたアンが近づいていく。
「あぁ、ずっとずっとこの日を待ちわびておりました。これでようやく、僕は死ねる。永遠の眠りにつくことができる……」
うっとりとアンが言葉を紡ぐ。その言葉に答えるように、竜はあぎとを開きて、巨大な咆哮を発した。その竜の口の中へと、アンは入っていく。
「アッシュ!」
グラインは叫び、氷の竜から飛び降りていた。祝詞を唱え、突風によってグラインの体は白き上へと近づいていく。
アンの導きにより、白き竜の口内にいるアッシュへと、グラインは叫び続ける。
頭を垂れていたアッシュはうっすらと眼を開ける。彼の蒼い眼はグラインを捉え、小さな微笑を浮かべてみせた。
「お父さん!」
アッシュに手を差しのべ、グラインは叫ぶ。そのグラインの目の前で、白き竜はそのあぎとを閉じてみせた。
グラインの悲鳴が周囲に響き渡る。アンを取り逃がし、氷の竜に降り立ったダルムはその様子を唖然と見つめていた。
白き神は口の端から赤い鮮血を滴らせ、ゆったりと口を開いていく。突風が辺り 巻き起こり、ダルムは膝をついて氷の竜にしがみついた。
「おじさん、グラインが!」
「おい、グラインのところに急げ!」
ダルムが叫ぶ。氷の竜は雄叫びをあげながら、グラインのもとへと疾駆する。竜がグラインへと近づいた刹那、白き神は大きくあぎとを開き、巨大な光球を口のなかで生み出していく。それはグラインき向かって放てれ、すべてを光の中へと飲み込んでいった。
それは、光の中で起こった。白き神が放った光の攻撃を防ぐように、グラインの周囲に光の障壁がつくられる。氷の竜を庇うように、その障壁は広がっていき、白き神の光の球はその障壁に妨げられる。
光の障壁はグラインと氷の竜を包み込んでいく。そこに、濡れ羽の髪を翻した女が現れた。女は夜色の眼を優しく細め、グラインを抱きしめる。光の障壁はその女も飲み込み、眩い光を辺りに放ってい光がやんだあと、そこには誰もいなかった。
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