第2話
◇◇◇◇◇
この世界は、最初から何かおかしかった。
前世の記憶を持ってうまれた灯は、物心ついた時に疑問に思ったものだった。
どうしてステータスがみれないのだろう、と。
前は相手の顔の横に名前やら自分に対する好感度やらが見えていたのに、今はさっぱりそれが見えない。
それどころか自分のステータスも見ることができない。
どこにコマンドがあるんだろう、と自分や両親の周辺の空を手探りしてみたが見えもしなければ手に触れることもなかった。
あまりに空中で何かを探すようにしているので目が見えていないのか両親に心配されてしまう始末だ。
そうして幼いながら、今世は見えない仕様なのだな、と灯は納得した。
自分や相手のステータスが見れないのは少し不便だけれど、まあ仕様なら仕方ない。
とりあえず来たるべき時に備えて自分のパラメータをあげておこう、と思考を切り替えた。
前は知力、体力、魅力の3つが主な項目だった。
勉強していい成績を修めるほど知力のパラメータが、努力して運動するほど体力のパラメータが、容姿やファッションといった外見や芸術的知識や読書など幅広い知見をつけると魅力のパラメータがあがっていた。ちなみに魅力は極めるとスキルに加わったこともあった。
目には見えないけれど、きっと今世もこれらのパラメータは必要になってくるに違いない。
そう考えた灯は、小さい手でクレヨンを握ってせっせと平仮名の練習に励んだ。
奇妙なことに、前世の記憶はあるくせに基本的な読み書きや簡単な算数以外の知識はすぽんと抜けている。
おまけに知っているはずの文字も、書きなれないか歪になってしまっている。
これは生まれ変わったことでパラメータもゼロからの再スタートになったからなのかもしれない。
「だから今からその時に備えて勉強してるの」
どうしてそんなにずっと平仮名の練習をしているの、という問いに灯は答えた。
「はぁ」とも「ほぉ」とも聞こえる相槌を打ったのが、同じ幼稚園に通う基晴だった。
ひとつ年上の彼は、違うクラスで話したこともないものの、自由時間に一人教室で机に向かっている灯が気になって声をかけてきたのだろう。
文字が書けるということで園児たちははじめ「すごいすごい」と騒いだものの、すぐにいかにブランコを大きくこげるか、滑り台ですばやく滑るか、といった遊びに興味が移った。
自由時間になると全クラスのほとんどの園児が外に飛び出し、お目付け役の先生も外に出る中、教室でひとりぽつんと残った灯の姿は確かに目立っていた。
「その時って?」
「高校生よ!」
「こうこうせい…?」
ってなんだ。
わかりやすく顔に出た基晴に灯は新しい画用紙を引っ張り出した。
ようちえん、しょうがっこう、ちゅうがっこう、こうこう。
四つの単語を書いて、一番最後の高校を指差す。
「私達、今は幼稚園に通ってるけど、その次に小学校、中学校に通って、それから高校に通うことになるのよ」
「へぇ…?それで高校生っていうのになるために、勉強してそのパラメータっていうのをあげてるの?」
高校生って大変なんだな、と呟く基晴に「そうよ」と力強く頷いた。
「高校生って運命の分岐点なんだもの!大変な3年間よ」
「うんめいのぶんきてん?」
「高校生になるとね、運命の人に出会って恋に落ちて、それで両思いになるのよ!」
きゃっと灯は両手で頬を押さえた。
前世の高校はまさに波乱万丈だった。
運命の人と出会い、そのほか個性豊かな先輩、同級生に囲まれ、色んな出来事を通して紆余曲折の末、彼とお付き合いをすることができたのだ。
きっと今回もそうに違いないから、その時に備えて今からレベルあげしなければいけないのだ。
そんな灯に、またしても基晴は煮え切らない相槌をしながら「高校生ってのは大変なんだな」とまとめた。
当時はきっと話の半分も理解していなかったに違いないのに、基晴はそれからもちょくちょくと灯の傍に寄って彼女の話に微妙な相槌を打った。
歳は違うものの、その付き合いは小学校にあがっても続いた。
小学生にもなると、普通は前世の記憶などないのだ、ということを灯も理解した。
当然、1つ年上の基晴もそれを理解していたようだが、彼は灯の話を否定することなく話を聞いてくれる。
だから彼に対しては、高校生になったら、という話題も変わらず話すことができた。
中学3年生になると、高校生になった基晴に高校生活の話をねだりもした。
もっとも彼は恋人ができるどころか高校には好きな人もいないと言っていたけれども。
前回でも、自分は恋をしていたけれども周りが全員恋していたわけではないので、きっと基晴もそうなのだろう。
そうして夢にまでみた高校生活。
ステータスは相変わらず見えないけれど、パラメータは満遍なくコツコツ努力してレベル上げしてきたつもりだ。
夢と希望と自信を持って挑んでみた高校生活は、けれども、灯の期待を大きく裏切った。
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