第四十七話:人魚泡海の場合・2
「…では組織の事を気付かれていたわけではなかったのだな」
乙姫は組織を狙った訳でもデータのカードを狙った訳でもなかった。
が、結果的にデータの中身を見られ泡海は自身の弱味を握られてしまったどころか、泡海自ら組織の事を口走ってしまったために組織の存在すらもバレてしまった。
その事だけは口が裂けても支部長に知られるわけにはいかない。
「はい。それと…悪魔は、確かに存在しました」
「なんだと!では星月乙女が悪魔の召喚を成し得たというのか!?」
「そこまでは解りません。ですが、なんらかの理由で彼の元に悪魔が居る事だけは確かです」
支部長は難しい顔をしながらも「くっくっく…」と笑う。
「君、どんな手を使ってもいい。星月乙女と親しくなりたまえ。近ければ近いほどいい。恋人にでもなれれば完璧だ。そしてその悪魔の詳細を報告したまえ」
泡海は耳を疑った。
自分にあんな男の彼女になれというのか。
「なに、勿論恋仲になれとは言わんよ。ただ色仕掛けでもなんでもいいからその男と親密になりさえすればいい。常に一緒に行動してもおかしくない程度に接近できれば御の字だよ」
新たな命令は泡海にとって苦渋の選択を迫るものだったが、形だけの恋人という意味であれば学園内で自分にかかっている疑惑の排除にも使えるのでは無いかと考える。
「…わかりました。お任せ下さい」
「そして可能ならば悪魔を拉致して来たまえ」
泡海は思い出す。あの悪魔の力は本物だった。果たしてあの悪魔をどうこうできる方法などあるのだろうか。
正直あの悪魔と対峙しなければいけないとなると…寒気がする。
自分にとってあの出来事はトラウマになっているようだ。
「心配は無用だよ。ロスにいるうちのボスは悪魔の専門家とも言えるお方だ。そもそも幹部クラスの人間にしか知らされていないがこの組織自体本来悪魔を捕獲するための情報網を兼ねているのだ」
泡海にとってはどうでも良い事だったが、この組織がそんな如何わしい胡散臭い物だったと知って若干げんなりする。
「これで無事に捕獲する事が出来れば一気に昇進…いや、上手くすれば私が…くっくっく」
かなり不穏な事を言っていた気がしたが、弱みを握っている以上泡海の事などまったく警戒していないのだろう。
「ちなみに、勿論解って居る事だとは思うが、拒否したりこの秘密を口外するような事があれば…君の秘密は明るみに出る事になると思ってくれたまえ」
案の定脅迫である。三流の悪役のやる事だなと感じながら、泡海は仕方なく任務に就くことにした。
支部長からは小さな腕輪のような物を渡された。それを対象の腕に嵌めるとその腕輪の中に閉じ込める事が出来るのだそうだ。
どこまで信じていいかはわからないが、泡海の目的は悪魔の腕に腕輪を嵌めて封じ込める事。しかしタイミングは重要で、悪魔が弱っている時でもない限り完璧に閉じ込める事は出来ないかもしれないという不安な代物だった。
何もかもが適当である。きっとこれは組織の方針というよりも、適当なのはこの支部長なのだ。
なぜこのような組織に入ってしまったのだろうと泡海は当時の事を振り返る。
最初はただ単にスカウトだった。給料もいい、仕事内容も簡単。ただ訓練を受けて与えられた任務をこなすだけ。
騙されたと思って入ってみたが彼女には合っていたようで一目置かれるようになるまで時間はかからなかった。
だが、ここの所の組織は何かがおかしい。これが本来の姿だというのならば…
いつかこんな組織ぶっ潰してやる。
人魚泡海は激しく悩んでいた。
任務は無事に遂行された。
力を使い果たしたところにあの腕輪を装着するとあの悪魔は思ったよりも簡単に腕輪に吸い込まれていった。
乙姫がもともとしていた腕輪はその際砕けて粉になってしまった。よくよく考えるとあれが白雪の召喚器か何かだったのだろう。
すぐに腕輪を回収し、任務は、無事に終わった。
なのにこのすっきりしない気分はどうだろう。
乙姫を裏切るような事をした。それも確かに罪悪感の元ではあるし、申し訳ないと思っている。
そして、悪魔が思ったよりもただの女子だったのだ。おかしな所はあったけれど、現世を楽しみたいという強い欲求に動かされているだけだったように思う。
悪い存在ではなかった。むしろ、組織のせいであの場に居た大勢が死ぬところだったのだ。
あのままでは泡海本人もどうなっていたか解らない。
それを支部長に問いただしても、「君を巻き込む予定など無かった。すまない」ととぼけられてしまった。
まだ乙姫はこの事を知らないだろう。
だが、泡海はもう皆の前にどんな顔をして出て行けばいいのか解らなかった。
乙姫以外の人には見られてしまったのだ。
一番知られたくなかった舞華にまで。
間違いなく、自分は嫌われてしまっただろう。泡海は泣き出しそうな気持ちを必死に抑える。
しかも支部長は、任務を終えた泡海に次なる命を下した。
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