第三十七話:これはこれで幸せ。


「おとちゃん、だいたい事情は分かるつもりだけど…今の状況はちょっと擁護できないんだよ…。ごめん」



 見捨てられた、ひどい!



 ハニーだけは俺の味方だと思っていたのに…。




「あらあらダメですよアルちゃん。その人死んじゃいます~」



「殺す気でやってんのよ!」



「じゃあしょうがないですね~」



 しょうがなくねぇよネムさん!あんたも天使ならこの状況をなんとか…



「そのくらいにしとくのじゃちっこいの」



 白雪がアルタの首根っこを掴んで俺から引きはがした。



 ところまでは覚えている。





 俺はしばらく泡を吹いて気を失っていたらしい。



 今日はずっとこんな事ばかりのようなきがする…。



 その後どうなったかと言えば、俺を殺そうとするアルタに泡海が便乗して私も手伝いますアルちゃんと初めての共同作業ハァハァみたいな事になっていたのをみんなで止めてくれたらしい。



 俺が無事にこの目を開けることができたのは友情や愛情のおかげなのか、それともただ人殺しはまずいというだけの人間的良心からなのか…。考えると涙がでそうになる。




 そして意識を取り戻した俺は気が付いたら連れてこられていた高級そうな個室のある店でひたすらみんなに頭を下げていた。



 部屋の中央に長方形のテーブルがあり、その周りを皆が取り囲む。俺は俗に言うお誕生日席で何度も額を畳に擦り付けるのだった。



 どうやらここはまだ園内らしい。てっきり高級料亭にでも移動したのかと思ったが、咲耶ちゃんが言うには腹が減ったから適当に園内の飲食店に入ったとの事。



 園内には確かに飲食店もいくつかあったがこんな和風で高価そうなお店もあったのか。



「なんていうか本当にすいませんでした!」



 もうそれしか言えない。有栖はまだぶつぶつと「覗き、痴漢…」などと呟き、泡海は感情を押し殺した空虚な瞳で俺を蔑み、ハニーと咲耶ちゃんは「師匠これ美味しいんだよ」「師匠ゆーなうめぇ!」などと俺をシカトで食事を楽しんでいる。白雪は顔を真っ赤にして熱燗をぐびぐび飲んでいる。



 誰も止めようとしないのは悪魔なのを知っているからだろう。年齢など有って無いようなものだ。



 そして、何故かこの場にアルタとネムも来ていた。



 アルタは涙目でこちらを睨み、今にも掴みかかってきそうだが後ろからネムに羽交い絞めにされて頭をいいこいいこされている。



 結局俺のやった事がすべて全員に暴露されてしまい、一から百まですべて説明を求められた。



 有栖は更衣室でぶつかったのが俺だと知ってからずっと俯いてぶつぶつ囁きマシーンと化している。




「まぁおとひゃんのじょうひょうもわはってはげてもいいんひゃない?ひょーがないことはっへば」



 と口いっぱいに料理を詰め込んんだハニーが助け舟を出してくれたおかげで一応は皆許してくれたが、有栖が囁きマシーンから人間に戻るのはしばらく時間を要した。



 泡海は意外にもあっさりと許してくれた。もとより俺のやる事なんかにさほど興味はないらしい。アルタにした事だけはネチネチと殺意の籠った目で口にするが、それ以上にアルタと接点を持てた事を感謝された。



 咲耶ちゃんはどうにも何を考えているか分からない。「つはまらないへーどひなー」とハニーと同じく料理をもふもふしながら言うだけだった。



「覚えときなさいよ、私は、私だけはアンタの事絶対許さないんだから」



「はいよーしよーしなでなで~♪」



「むぐぅ~」



 アルタとネムさんは相変わらずだがなんとかこの場も治まり、皆でハニーと咲耶ちゃんが食い散らかした残りをつまむ。



 高級な料理なのはわかるしお高いんだろうけれど、俺にはもう料理の味なんかまったくわからなかった。



 ただ、俺の焦燥、憔悴を心行くまで楽しみ熱燗をしこたま飲んだ白雪だけがけたけたと笑いながら愉快そうにいつまでも笑っていた。




 こんな、不幸ともとれる幸せが、いつまでも続けばよかったのにと後になって思い知る事になるのだが、この時の俺はただただ自身の身に降りかかった災厄にげんなりとうなだれ、こんな最悪な時間が早く過ぎてなくなってしまえなどと思っていた。




 愚かにも、そう思ってしまったのだ。


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