第三十一話:教師はまるっとお見通し。
「だって、あれは急に乙姫さんがけだものに…」
「気にする必要ないわ。私でもきっと同じことしてたわ。もっと高い位置からね」
「おとちゃんがいくら丈夫でもさすがにちょっとヒヤっとしたんだよ…」
「まぁ大丈夫じゃろ。なかなか面白い見世物じゃった」
「…こいつも苦労してんだなぁ」
気が付くとそんな会話が耳に飛び込んできた。
どうやら俺は生きているらしい。スライダーの終わり際だった事と、ちゃんとプールの中に落ちた事が幸いしたようだ。
「でも人工呼吸がなかったらさすがのおとちゃんも危なかったんだよ」
なん、だ、と…?
「どうしますの?人工呼吸の事…」
「言わなくていいんじゃないかしら」
「そうだな。わざわざ言う必要もないだろう。助かったんだからそれでいいって」
良くない。
誰が俺に人工呼吸をしたのかとても気になります!
「どうでも良いが目を覚ましたようじゃぞ」
気が付くと俺はプールサイドに寝かされているらしい。その後は皆が心配してくれたし有栖も「咄嗟の事でしたので本当に申し訳ありませんわ」と謝ってくれたのだが…そんな事はどうでもいいんだ。
俺の知りたい事はもう誰一人として話題にする事は無かった。
意識がもう少し早く戻っていればと悔やんでも悔やみきれないが、こちらから聞くのは流石に勇気がいる。後で白雪にでも聞いてみたら教えてくれないだろうか。
皆で流れるプールで三周ほどのんびり流されてから波打つプールに移動した。
俺は少し疲れてしまったのでプールサイド(砂浜のようになっているのでその呼称が正しいのかは謎)に残る事にした。
飲み物を買っきて、はしゃぐ女子達を眺めながら一人座っていると、プールから咲耶ちゃんが上がってきた。
「う~ん、やっぱり若いってすげぇなあ。ちょっと疲れちまったよ」
「咲耶ちゃんは運転もしてきてるんだから疲れてもしょうがないって。それにまだ十分若いでしょ」
当時の年齢差から考えると咲耶ちゃんはまだ二十代半ばの筈。
「何か飲み物買ってきてあげようか?コーヒー好きだったよな」
「あ?気が利くな。でもそれでいいや」
隣に腰掛けながらさっと俺の手から飲み物を奪い、思い切りぐびっとあおる。
「うぐっ、ブラックコーヒー、だと…?」
そういえば咲耶ちゃんはコーヒーは好きだったがブラックは飲めないんだった。
しばらく咲耶ちゃんは「うぇ~」と呻いていたが、少し落ち着くとぼそりと呟く。
「おい、あの白雪ってのはいったい何者だ?」
一瞬ドキリとするが、ここはとぼけておいたほうがいいんだろうか。急に悪魔だとか言われても信じられないだろうし、そもそも咲耶ちゃんはまだ何かに巻き込まれたわけでもない。
「少なくともありゃ人間じゃねぇだろ?」
ちょっ、なんでそうなる?
「人間じゃないとか、いったいどういう意味だよ。ひどいって意味であいつは人間じゃねぇとかてめぇの血は何色だ的な話か?」
咲耶ちゃんは俺のコーヒーを飲もうとして、ブラックだった事を思い出し顔をしかめて匂いだけを嗅ぐ。
「そうじゃねーよ。知らないとは言わせないぞ?あいつ平然と壁抜けしやがった。あたしたちと別れた後にな、男子更衣室の壁にこう、すっと頭から入っていったんだよ。しかも体が半分くらい入ったところで完全に姿が消えやがった」
白雪の奴、なんで姿見えなくするより前にすり抜けを始めるんだよ。
「あー、夢でも見たんじゃ…」
咲耶ちゃんが恐ろしい眼でこちらを睨む。
「…ごめん。これもあいつの自業自得だから正直に言うけど、あいつ悪魔なんだよ。俺にとりいついてる」
咲耶ちゃんは驚くわけでもなく、疑っているようなそぶりも無く、ただ少し考えた後に「それを皆は?」と言った。
「今日ここにいる面子は知ってる。他の人には知られてないよ」
「ならお前はあたしを誘うべきじゃなかったな。まぁこんな面白い事に参加させてもらえたのは感謝してやるけど」
正直俺自体どこまであいつの正体を隠すべきなのか判断しかねている部分もある。白雪自体はあまり気にせずにほいほい力を使うし、バレたらバレた時、みたいな適当感が漂ってる。
そろそろ秘密を共有する相手も打ち止めにしておいたほうがいいと思うのだが…。
「それで?あいつが悪魔だって知っててみんな一緒に居るって言うのはどういう事だ?脅されてるとか恐れてる感じじゃねぇからさほど害がねーのか?」
まぁどっちかっていうと後者。と伝える。
「確かに白雪見てるとただ楽しみたいだけ、っていう感じだもんな。でも悪魔が取り付かれてるお前は本当になんとも無いのか?」
…うーん、どこまで話したものか。ぶっちゃけ無理難題を押し付けられてる事はみんなも知ってるが何をさせられてるかまでは目撃された場合以外話してない。学校の女子更衣室事件が有栖、今回の件が泡海に知られているがわざわざ全部を話したりはしていない。
何よりその辺を全部喋ると俺がどんどん変質者になっていく。
「あいつの食料調達を手伝わされてるだけだよ」
そのくらいに留めておく事にした。
「なるほどなー。どうせしょーもない悪戯とかを手伝わされてる感じだろ」
鋭い。
「大体そんな感じだよ」
咲耶ちゃんは俺の顔をじっと見つめ、「まぁお前が何してたってかまやしないが、ほどほどにしとけよ」と言った。
ほどほどにしておきたいのは山々であるがそれを決めるのは残念ながら俺ではないのだ。白雪に言って頂きたい。切実に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます