悪魔でも腹は減る(β)

monaka

◆調子に乗って人生を棒に振る話

第一話:空飛ぶ痴女。


 幼馴染の頭上に何やらけしからん服装をした痴女が見え始めたのはいつの頃だったか。



 とはいえ、何年も前の話などではなくここ一週間程度の事ではあるのだが。



 あまりマジマジと見るのも正直怖いので基本見ないようにしているが、やたらと布地の少ない色白の痴女である。見た目はとても整っていて、何をするわけでもなく幼馴染の頭上に浮かんだ状態で寝転んだり寝返りをうったりしている。



「ねえおとちゃん聞いてる?人の話聞かない人はボクの名において撲殺する事がボクの法律で定められてるんだよ?」



 うん、君の話をまともに聞いてると頭がおかしくなるからね?危ない人なのをもう少しでいいから自覚しようねー?




 なんて心の声をこいつに言えるわけもなく俺はただただいつものように、「そのおとちゃんってのやめてくださいませんかねー」と棒読みで懇願するのである。



「でもおとちゃんはおとちゃんなんだよ?それとも乙姫ちゃんって呼んだほうが…」



「マジやめてサーセンしたほんとごめんなさい」




 星月乙姫ほしつきおとひめ。そんなふざけた名前が俺の本名である。母方の姓が星月で、父が海原。海にちなんで乙姫とつけたらしいのだが訳アリで婿養子に入ったことで星月になりこんなことになっているらしい。そんな事よりもまず男が生まれても乙姫にこだわった理由を問いたい。




「おとちゃんまた考え事してる。人の話を聞かない人はぼくさ」


「わかったわかった、それで一体どうしたっていうのさマイハニー権座衛門ごんざえもん殿」


「乙姫ちゃんはボクの事が嫌いなのかな…?」



 目からふっと光が消えたので話題を変える事にしよう。それがいい。俺もまだ生きていたい。なにより、こいつもひどい名前をつけられた同志なのだから。



 通いなれた通学路をいつものようにくだらない話で消化しつつ帰宅。あと角を一つ曲がれば俺たちの家が見えてくるというところでマイハニーが足を止めた。(ちなみに本当にマイハニーなわけでは断じてない。こいつの名字が舞華まいはななので幼少の頃ふざけて付けたあだ名である。本人が気に入ってしまったのでこう呼ぶ事になったのだった。解説終わり。)




「ねぇおとちゃん、最近のボク何か変わったと思わない?」



 手を胸の前で組んで目をウルウルさせながらそんな事を言われては答え次第で命の危険にさらされる…ような気がする。



「えーっと…髪切った…?いや違うな、えっと…そ、そうかわかったぞシャンプーか?シャンプーを変えたんだな?」



 そう言えばどことなく今までと違う香りがしている。間違いない。



「確かにシャンプーは変えたけどそれじゃないんだよね。でもよくシャンプー変えたのわかったね。それはそれで嬉しいけど…」



 ハニーは嬉しいようなガッカリしたような顔で、「やっぱりまがい物かぁ」とつぶやいた。



 とりあえず期待されていた答えではなかったようだがなんとか撲殺は避けられたらしい。



「ボクも具体的に何かが変わったっていう自覚が持てなかったからおとちゃんに確認してみたかったんだよね」



 ハニーが言うには、なにやら新種のオカルトアイテムを入手してきたらしくその効果のほどを確かめたかったらしい。



「この腕輪なんだけど遺跡調査してるパパが送ってきたものの中にあったんだよ。いつもは変なガラクタばかりだけど…これはちょっと違う気がしてたんだ。でもハズレかぁ」



 ハニーの父親は考古学者なんだが金もなく借金まみれなのにいつも怪しげな文明だとか遺跡だとかの調査をしていてほとんど家に帰ってこない。俺も何年かに一度顔を見ることがある程度だ。はたしてハニーはそれで寂しくないのだろうか。



「効果があるならと思って着けてたけどぶっちゃけデザイン好みじゃないんだよ。だからはい、これおとちゃんにあげるね」



 言うが早いかハニーが腕輪を外し俺の手首にはめる。



 がちゃり。



『…え?』


 二人の声がハモる。間違いなくなにか変な音がした。



「おいこれどうやって外すんだ?」



 無理矢理ハニーにはめられた腕輪は引っ張ってもびくともしなかった。



「あれ?おっかしいなぁそんなはずないんだよ。僕の時はちゃんとはずれたし…まあいいんじゃない?きっと持ち主に選ばれたんだよ…きっと、たぶん…なんかごめん」



 結局のところ一切外れる気配がないので諦めてお互い帰路についた。といっても家が隣なので用があれば窓からでも話ができる状況である。



  ただいま、と声をかけても何の返事もないところをみると父はまたいつものように仕事でしばらく家には帰らないだろうし、母は酔いつぶれて寝ているのだろう。起こさないようにそっと二階の自室に戻る。



「結局この腕輪いったい何なんだ…?」



「悪魔の召喚器じゃよ」



 突然耳元から女の声がして、俺は驚くよりも先に最悪の事態がわが身に降りかかった事を嘆いた。



 今までハニーの頭上にぷかぷか浮いてやがったあの痴女だ。



「あんた喋れたのか」



 ハニーの頭上にいた時は話しかけられるような事は無かったし、俺にしか見えてなかったようなので背後霊の類かとシカトしていたが話しかけられては受け入れるしかない。



「悪魔の召喚…?んじゃあんたは悪魔で、この腕輪で召喚されたって言うのか?ご苦労様でしたではお帰りください」



「童貞の癖に察しはいいようじゃのう♪しかしわらわもあんな耐性のある奴に解放されて困っておったのじゃ。わらわの姿も見えないし声も届かんばかりかありえない量の聖気でわらわを苦しめ続けておったのよ」


「ハニーの性器がどうしたって?」


「聖気じゃこの童貞め。あやつは生まれつきの体質なのか悪魔が嫌うオーラを身に纏っておる。早く別の宿主に移らんとあと一週間も持たずにわらわは消えてしまっていたやもしれぬ…恐ろしい限りじゃ…しかしお主に移れたのは幸運よのう。以後よろしく頼むぞ♪」



「よろしくしないし童貞ちゃうわ」



 嘘です。

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