第25話 バケモノと遊園地





 平日の夕方で、地方の小さな遊園地であるが、意外なことにお客の姿があった。


 中に入った私は、円が耀子からの指示を受けている間に案内板を見つけ、ちからによる探索を始める。



「火澄、詩のさっきの男に捕縛命令が下った。詩と共に、必ず生きて捕らえろだって」



 一瞬だったが、あの二人は随分と仲が良い様子だった。



 ――最初から、謀られていた?



 考えるのは後にして、探索結果を言う。



「……気配は二つあるわ」



 園の西端と東端、案内板に拠るとミラーハウスと緑の大迷宮だ。



「こことここね」



 円は迷いもせず、



「二手に分かれよう」



 と言った。



「ええ、わかったわ。――私はミラーハウスの方に」 



「ならオレは迷宮へ行く」



 私達はすぐさま別れ、動き出す。


 そこに何の打ち合わせもないのは長年連添った信頼があったが、今回ばかりは別の理由があった。


 脳裏に先程の文面が過ぎる。


 円に知らせなかった、メッセージ。



 ――伊神火澄様、貴女の知らない円の秘密をお教えします。くれぐれもお一人でお越しくださいますよう。



 こんな時に不謹慎だが、私の知らない円の秘密というのに興味があった。そして同時に、私が思い出せない何かが解る気が――。



「――ここね」



 ミラーハウスには人影なく、歳月感じる薄汚れた看板や、放っておかれた床や壁の剥げ掛けたペンキが、子供が遊ぶには不気味な雰囲気を出している。



「ミラー。……確か英語で鏡の意味だったわね」



 カツカツと私だけの足音が響く。


 鏡でできたかんたんな迷宮は、普通の人ならば迷うのだろうが、私はちからを使い目的までの道を迷い無く進む。しばらく進むと突然、白いベストを着た壮年の男性が現れる。


 私は先手必勝だと、男の魂、心を読もうと視線を向け――。



 ――違う!



「どうだ? それが君の魂の姿さ」



 瞳に写ったのは、正視に耐えないものだった。


 何に例えることも出来ない汚らしい、物事の負が具現化したようなの海の中に、腐臭を上げる醜くブヨブヨとした肉塊が弱々しそうに蠢いている。



「……何のつもり」



 私は鏡を介して写された自分の魂に、吐き気を伴う激しい苛立ちを感じた。



「おおっと、そんなきつーい目をしないでくれよ。軽いジャブさ、俺は君に恩があって来たんだからな」



「恩?」



「ありゃ? 憶えてない? ――やっぱり人間の時の記憶は無いって本当みたいだな」



 訝しがる私に対し残念そうな、そして真面目な顔をして言った。



「それを知っているということは、裏切り者って本当らしいわね」



「ああ~。やっぱり俺ってば裏切り者になってるの! アイツらもまぁ、薄情なもんだね。ちょっとガキ助けたぐらいでソレかよ!」



 喜怒哀楽のはっきりしている男に呆れ、先を促す。



「貴方の事情はどうでも良いわ。それより、とっとと秘密とやらを話しなさい」



「相変わらず、嬢ちゃんは一直線だねぇ。でも君が記憶が無いなら話は別だ。――先にソッチから片付けようや!」



 男はいつの間にか後ろに回っており、私の頭をポンと叩いた。



「――なっ!」



 慌てて振り向くと、目が合う。


 優しい表情の中、虹彩がグルグル光り、何かが入り込む感触。


 慌てで防御壁を作るが、すりぬけて、意識が違う場所に――





 私は、思い出した。





 人間だった頃にバケモノの男を助け、友人になった事。


 そしてあの儀式において、私の対となった斎宮の巫女――、私の親友〝詩〟



「――――ぁ…………ええ、そうだったわね。ありがとう狸芽」



 ――この男なら信頼できるわ。



「それで〝詩〟と同じ名前のあの子と、同じ魂、体質を持つ円は……」



 いったいなんなのと聞こうとし、彼の異変に気付いた。


 壁によりかかっていた狸芽は、ずるずると壁を血で汚しながらしゃがみ込む。



「狸芽!」



「へへっ、ちょっとドジっちまってな……」



「狸芽! 狸芽!」



 どうにかしようと必死、しかし手が――



「――お役目ご苦労ですわ、火澄」



 私の後ろには冷たい目をした耀子と、さらに後方、狸芽に殺意を向ける黒服の人間。



 ――狸芽を、死なせるわけには!



「っ! 逃げたわッ! 追いなさい!」



 周囲を視認出来ない闇を作り出し、狸芽を抱え逃げ出した。




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