もしも彼と同じ年なら【8】


 文化祭一日目を無事(?)終えた私は明日の準備をしていた。

 同じ裏方担当と食材や器具の管理をしてから帰宅する予定だ。明日の準備の手間を少しでも減らすためにね。

 

「田端、終わりそうか?」

「……君は昨日私が言ったことをもう忘れたのかな?」

「お前は放置しているとすぐに面倒事に首突っ込むだろう。俺の心の平穏のためにしてるだけだ」


 橘君の言い方に私はイラッとした。

 和真のことは仕方ないし、執事服は私のせいじゃないし!


「今回はたまたまなんですけど」

「いいから早く帰る準備をしろ」

「そうだよ。田端お前こないだ怪我したばっかりなんだし、今日は早く帰りな。明日早番だし」


 同じ裏方の男子にそう言われてしまっては頷かざるをえなかった。

 ああああ…睨んでる、睨んでるよ…女子二人組が睨んでくるよ…

 この鋭い視線に橘君は気づかないのか。普段勘いいのにこういう時は鈍くなるっていうのか?


 渋々橘君と帰宅することになったが、特に何もなかったよ。精々駅で別れようとする私を橘君が無理やり送って行ったこと以外はね。


 

 家に帰って一息ついた私はヒロインちゃんのことを思い出していた。

 ……本当にどうしたんだろう。

 あっくんって呼び方を私は知っている。だけどはっきり何なのか思い出せない。

 それにかれんちゃんという呼び方も……


 だけど結局何も思い出せないまま、私は明日に備えて早めに休んだのである。



★☆★



 文化祭二日目は一般公開の日だ。

 私の両親が来るので、精一杯おもてなしをしようと思う。

 昨日リンチされた和真は怪我を負っているものの、後遺症になるような大きな怪我はなかった。

 文化祭の仕事を全うできなかったからと今日は一日中クレープを焼くそうな。

 休憩になったらこっそり見に行こう。




「お帰りなさいませ旦那様、奥様」

「お、おう…」

「あらあやめ凛々しくなっちゃって」

「当店自慢のオムライスでございます」


 私の両親がやって来たと智香ちゃんがバックヤードまで知らせてくれたので、出来上がったオムライスを席まで持っていった。

 父さんはオドオドした反応だったが、母さんはちょっと嬉しそうだった。写真を撮られたのでキメ顔をしてあげた。


「カズの所には行った?」

「行ったけど女の子が多くて…」

「和真、機嫌悪そうだからそっとしておいたわ」

「あー」


 もう既に和真のクラスは大盛況らしい。主に女性客で。

 まぁ、クレープ屋だから女性客のほうが多いよね。普通に考えて。


 両親を見送った後も自分の任務を何も問題なくこなしているとあっという間に交代の14時になった。



「………」

「ほらほら亮子ちゃん、スマイルスマイル」

「誰が亮子だ」


 メイド橘君が死んだ目でスタンバイしていたので、元気を出してもらおうと声を掛けたら睨まれた。


「ちゃんと萌えを提供するんだぞ?」

「…………」

「最後の文化祭、悔いの無いようにしようじゃないか」

「この格好からして悔いだらけだ……」

 

 駄目だ。橘君は鬱状態になってしまっている。

 本当は帰りにでも渡そうと思っていたのだが、今渡してしまおう。


「ほらこれあげるからちょっとは元気だして」

「…なんだこれは?」

「甘くないマフィンだよ。家で焼いてきたやつだから売り物じゃないよ。後で食べな。そんじゃ頑張ってー」


 私は昨日の事件で迷惑をかけたお詫びとして焼いてきたお菓子を橘君に手渡すと、文化祭を楽しみに行こうと出入り口に足を向けた。


「………あ」


 足を向けた先、逆転執事メイド喫茶の出入り口にある一人の女性が立っていた。有名私立高校の制服を身に着けた、清楚でスラリと背の高い……


「……沙織…?」

「………亮介…来ちゃったわ」


 そう、橘君の元彼女さんだ。

 …やっべぇ、今の見られた? まずかったかな?

 特に変な意味なく渡したんだけど……


 私は意味深に見つめ合う二人(※片方女装メイド)の邪魔をしないようにそそくさとその場を去った。



★☆★



『告白大会はーじまーるよー!』


 二日間の文化祭を終えて、後夜祭が行われていた。今年は告白大会らしい。

 告白と言えば橘君はあの後どうしたのだろうか。

 ていうか女装姿で元カノに会うって……

 元カノさんはどう思ったんだろうか。すごく気になるぞ。


  ぼんやりと告白大会を眺めていると、「あの…」と横から声を掛けられた。

 そこにはヒロインちゃんの姿。

 

「…どうしたの?」

「あの、ちょっと…お話いいですか?」

「う、うん……?」


 話? 私に? 階段の件でまた何かあるの?


 彼女に誘導されるがまま連れて行かれたのはグラウンドから少し離れた位置にある中庭。

 ちょっと人気のない場所に連れて行かれて不安になり始めたが、まさかリンチされるんじゃないよね?

 辺りをキョロキョロ見回して、腕っぷしの強い男たちが居ないか警戒していると、目の前にいるヒロインちゃんが意を決した様子で私に話しかけてきた。


「あの、9年前に一時期遊んでいた女の子を覚えてませんか?

「……9年前…?」


 いきなり昔の話をされて私は目が点になった。


「私、昔この辺の小学校に通っていたんですけど、別の校区の子達と数ヶ月一緒に遊んでいたんです」

「……えっと」

「田端先輩が…あっくんじゃないかなと思って」


 あっくん、やっぱりなにか思い出せそうな…


「写真もあるんです! ちょっと保存状態は良くないけど、一緒に撮った写真も。田端先輩の男装姿はあっくんが成長した姿を想像したそのものだったから……」


 ヒロインちゃんはそう言って私に写真を見せてきた。

 彼女に渡された写真をスマホの明かりを使って見てみると、そこには小学2.3年の少年少女が映っていた。

 一人は可愛いワンピースに身を包んだ美少女。もう一人は大人気アニメのモンスタープリントTシャツを着た野球帽の少年……


 それを見た私の脳裏に記憶が蘇った。

 一時期男になる気で男の格好をしていた私はヒロインちゃんと会っていたことがあったようだ。そう言われたら、遊ぶ友達の中に可愛らしい女の子がいて、その子に懐かれていた思い出がある。

 妹ができたみたいで嬉しくてよく面倒見ていたんだけど……ここまで覚えられていたとは。


「…これ、私だ…」

「やっぱり…」


 ヒロインちゃんは確信していたようだが、私の答えを聞いて涙をボロリと一筋零した。


「私…あっくんをずっと探してて…あっくん以上の男の人なんていなかったから…わたし…」

「!?」

「まさか女の人だっただなんて…」


 おぉう…私はまさかの初恋の相手だったらしい。

 なんてこった。

 まさか私の存在で乙女ゲームの内容が狂っているっていうのか。

 幼い私何してくれちゃってんだ。


「ご、ごめんね……だけどひろ…本橋さんは可愛いし、これからもっといい出会いが」

「う、うう…あっくん…あっくん…」


 泣かせてしまったー!!

 どうしたらいいの。こんな所見られたら私また濡れ衣…いや私が悪いのか? この場合…

 しばらくヒロインちゃんが泣くのを何も出来ずに私は半泣きでオロオロしていた。

 なのだがヒロインちゃんはグイ、と涙を拭うと私をまっすぐ見つめてきた。


「…きっとしばらくは私あっくんを諦めきれません」

「……そ、そう」

「私はずっとあっくんが好きでした!」


 ヒロインちゃんはそう私に告白すると恥ずかしそうに顔を背けてそのまま駆け去ってしまった。


「………」


 え、言い逃げ?

 私これどうしたら良いの? 


 ポカーンとそこに突っ立っていると「田端?」と声を掛けられてノロノロ振り返るとそこには橘君の姿があった。


「こんな場所で何してるんだお前」

「……橘君どうしよう」

「…? どうした」


 私は乙女ゲームの妨害をするつもりはないんだけど。

 でも伊達とデートしてたし、間にも好かれる様子だったし……イベントはこなしてるんだと思う…

 だけどあんなに泣かれてしまって告白されたからには応えないといけないのだろうか…

 こちらを訝しむ橘君に私は言った。


「…私、彼女ができそう」

「………は?」

「もうすぐ受験なのになー…どうしよう…」

「ちょっと待て、おい田端」

「…あぁ〜参ったなー…」


 橘君は固まっていた。

 おい、攻略対象様お前は今まで何をしてきたんだ。

 なんでモブがヒロイン攻略してんだ。私が意味わからんわ。


「そもそも女同士って何したら良いの? わからない…私にはわからないよ…」

「お前の言っている意味が俺にはわからんのだが。一から話してみろ」

「美少女の初恋の相手が私ってことが判明して、告白されたんだよ! ついさっきな!」

「意味がわからん」


 必要な情報は詰め込んだぞ! この情報をどう詳しく説明しろって言うんだよ!


「橘君! 橘君ならわかるでしょ! 女の子と付き合う時って何すればいいの!?」

「とにかくお前は落ち着け」

「落ち着いていられるか! 私はあんたと違って告白されたことがないんだよ! 交際というのはどうすれば良いんだ教えてください!」


 橘君の肩を掴んでガクガク揺さぶってみたけど相手は全然応えた様子がない。橘君は呆れた目で私を見下ろすだけであった。


 私は後夜祭が終わるまでずっとパニックに陥っていたのである。



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あやめはこんらんしている!

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