もしも彼と同じ年なら【2】
ドンッ!
──ドサッ
「きゃっ! すみません!」
「こちらこそすまん。前方不注意だった」
「………」
信じられない。
ありえないんですけど。
私は今、失望の眼差しを攻略対象の橘君に向けていた。
そこは、事故チューでしょ!? なんで抱きとめるに留まる!?
…後ろから押したら二人共チューするかな?
恐る恐る橘君の背後に忍び寄り、彼の背中を押そうとしたんだけど失敗した。
私の邪な考えに勘付いたのか、橘君は後ろを振り返ったのだ。私は押そうとしていた両手を後ろに隠し、斜め上を見上げて口笛を吹いた。
我ながら下手くそな誤魔化し方だと思うが、そうするしかなかったのだ。
橘君の疑いの眼差しが私に突き刺さる。
「…田端、お前今何しようとしてた?」
「…えっと…介助…?」
「……まぁいい。ちょうどいいからお前風紀指導室に来い」
「え!? なんでよ!」
ヒロインちゃんは!? ねぇまだチューしてないよ!?
私は橘君に引き摺られて風紀指導室に連行されてしまった。
風紀指導室は熱がこもって超暑かった。
暑いんですけど。ありえないんですけど。化粧が落ちるんですけど!
「もうなにー」
「その髪だ。お前受験生という自覚あるのか?」
「成績は維持してるさ」
「化粧やら染髪なんかに費やす時間があるなら勉強しろ。そんなの受験では一円の価値にもならないんだから」
彼は早速説教をはじめた。流してしまおうと思っていた私だったが、彼の言い分にちょっとムッとした。
私が橘君をキツく睨みつけると彼は一瞬黙ったので、反論させてもらう。
「……少しでもキレイになりたいという気持ちを否定しないでよ」
「…田端?」
「私は昔から美形で優秀な弟と比べられてきたの。自分の心を守るために化粧をしてるんだよ。……私の受験のことなんて橘君には関係ないでしょ。…もう放っておいてよ」
ちょっと子供っぽい態度かもしれないが、なんかイラッとしたのでぷいっと顔を背けた。
すぐに相手から論理的な説教が返ってくるだろうと踏んだのだけど、返ってこない。
異変を感じた私が彼に視線を戻すと…
橘君は深刻な顔をしていらした。表情をこわばらせており、眉間には深いシワを作っていた。
それ癖になるから止めたほうが良いよ。
「……ちょっと? どうしたの」
「…比べられてきたのか……」
「え? …あぁまぁ……昔からだから慣れたけどやっぱり気分は良くないよね」
「わかるぞ…辛いよな……」
「…う、うん……」
…他人のことなんだからそんな深刻にならなくても。
なにか悩みがあったら聞くぞ? といきなり親身になられて戸惑ったわ。
どうしたの一体。
取り敢えず君は私ではなくてヒロインちゃんと絡んでくれよ。
☆★☆
季節はあっという間に流れて夏休み。
なんだけど私は灰色★受験生。
……勉強しないと…
私の志望先は国立の理工学部だ。
食べ物を開発研究する職に付きたいと考えている。…なんだけど私は理系女子ではない。
だから頑張らなきゃ点数を落としてしまう状況だ。
夏期講習ゼミでみっちり勉強し、フラフラになって家でも勉強。
控えめに言ってしんどい。脳みそが破裂しそうよ!
今日もゼミを終えて死んだ目で帰宅していると、ちょうど帰り際だったらしい橘君と遭遇した。
「田端、お前もゼミ行ってたのか?」
「そうだよ…」
「…お前顔色悪いぞ」
「…夢見が悪くて寝た気がしないんだ…」
どうやら橘くんもどっかのゼミに通っているらしい。受験生だものね。
……最近私は数式とか化学式の出てくる夢を毎晩見続けている。
ちょっとノイローゼ気味なのかな…
「…ちょっとそこに入らないか?」
「…なに、奢ってくれるの?」
「‥…高いのはやめろよ」
私のあまりにもひどい顔色を心配した橘君が近くのカフェを指して中に入って話さないかと誘ってきたので、冷たいコーヒーを奢ってもらうことを条件に快諾した。
アイスクリーム載っかってるアイスコーヒー奢ってもらった。イエーイ。
「田端はどの大学進むんだ?」
「国立のK大。理工学部目指してんの」
「俺と同じだな。学部は違うが」
「そうだったの? 何学部?」
「法学部。警察関係の職に付きたいと思ってるんだ」
「あーぽいぽい。そう考えたら風紀委員って学校の警察のようなものだもんね。橘君ぴったりじゃん」
似合いすぎて思わず感心してしまった。
将来お世話にならないように心がけないとな。
「田端は理工学部をどうして選んだんだ?」
「私はね、食べ物を作るのが好きなんだ。だからメーカーの食品開発の仕事に興味があって……なんだけど私理系じゃなくてさ。だから頑張らないといけないんだけど…」
思い出すとため息が出てきた。今日も宿題たくさん出てんだよなー。帰ったら頑張らなきゃ。
渋い顔でストローでコーヒーを啜っていると、橘君が何を思ったのか提案してきた。
「なら今度一緒に勉強するか?」
「…は?」
「理系なら俺の得意科目だから」
「…何言ってんのあんた…他人のことより自分のことでしょうよ。私嫌だよ。私のせいで橘君が志望大学落ちるの」
お人好しすぎだろこの人。
橘君はムッとしていたが、本当のことだと思う。
「大丈夫。私はなんとか頑張るから」
「だけど」
「君ねぇ、そんな態度をとってると女は勘違い起こすから止めたほうが良いよ? お人好しも大概にね?」
私の指摘に橘君は押し黙ってしまった。
やれやれ。困った攻略対象様だこと。
「それよりさぁ橘君、家の弟が非行してんだけどそれって前科になると思う?」
「…あ、それだ。それを話すつもりだったんだ」
我が弟の非行について彼も知っていたらしい。
橘君が言うには、和真は二年の素行がよろしくない男子とつるんであちこちで徘徊してるそうな。
私からも注意してやってくれと言われたんだけど…うーん…今の和真は聞くかなぁ…私の話。
こうなるとわかってて不良化するの放置してたんだけどね。ほら乙女ゲーム進行の邪魔にならないように。
…だけどそうも言ってはいられないのかもしれない。
弟に会ったら話してみるか。
会話をしているうちに時間が経っていたらしく、私達はカフェを出て帰宅することにした。
一人で平気だと言ったんだが、家まで送ると言って聞かない橘君に送られていた。こんなに明るいんだから変質者なんて出ないっつうの!
「……亮介?」
「……沙織…」
「…?」
駅の前を通り過ぎた時、とある一人の女性とすれ違った。彼女が呼ぶ名前に橘君が反応して振り返った。
私もつられて振り返ると、そこには有名私立校の制服を着た美女がいた。
うわぁ美人…橘君の知り合い? …あ、まさか彼女?
…いやでも…乙女ゲームの時ライバルいなかったし、彼女はいないはず…
「…久しぶりね…」
「あぁ、…元気そうだな」
「亮介も。…そちらの方は…?」
「クラスメイトです」
私を見た彼女の視線が少々鋭くなったので、即答して差し上げた。
えぇ私はクラスメイト。ただのモブですとも。
だから私を巻き込まないでくれ。頼むから。
「それじゃ私はこれで」
「おい田端!」
「新学期にねー」
男女の痴情のもつれ合いに関わりたくない彼氏いない歴年齢の私はその場から逃走した。
私はそれどころじゃないんだ。
乙女ゲームの観察はするけど私はモブ。それ以前に受験生なのだよ!!
その後二人がどうしたのかは知らないけど、もしも橘君に彼女がいたとしたら……乙女ゲームはどうなるんだ?
ーーーーーーーーーーーーー
三年だからどうしてもヒロインちゃんと関わりが生まれない。
同様に林道さんも接点がないため関わりがない。しかし向こうはあやめの存在を認識している。林道さんは今作品に出てきませんのであしからず。
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