もしもあやめが男なら【10】
鉤爪、ネットで1980円。
赤と緑の縞柄セーター、なかなか見つからなかったけど古着屋で1500円。
茶色の中折れ帽も同じく古着屋でそれっぽいのを1000円。
火傷メイクの材料は沢渡と折半したので安く済んだ。
その他は手持ちで賄った。
「うえぇ…きんもー」
「あっちゃんすげぇ! イカしてる! 一緒に写真取ろう!!」
少々センスの悪い沢渡にイカしてると言われてしまった。凹むわぁ。
顔面ケロイドメイクを施した俺は立派なフ○ディ・ク○ーガーに変身していた。
俺の顔の原型とどめてないんですけど。地味じゃないけど気持ち悪いわ…
準備を終えて手持ち無沙汰なので鉤爪を手に装着して動作を確認する。これ、文化祭が終わった後どうしよう。…
俺が選んだのはホラー映画○ルム街の悪夢の小児性愛…ペドフィリア性癖のある殺人犯である。
特に小さな女の子が好きって…完全なロリコンじゃないですかーやだー。
そんなキャラをコスプレしてるけど、俺は大人のボインなお姉さんが好きなのでよろしく。
コスプレして準備万端だけども俺、今日は遅番なのよね。
同じく遅番の沢渡に一緒に見て回ろうとは言われたけど、あいつ他のクラスの女子に囲まれてやに下がった顔で写真撮影してるし。
しばらく待ってたけど、なんかメッセージアプリのID交換始めだした。長くなりそうだったので俺は一人で回ることにする。
「田端、これついでに配っておいて」
「…受け取ってくれたらね」
クラス委員長にお化け屋敷のチラシを渡され、教室を出るとなんと言うことでしょう。
攻略対象の地味な兄はめくるめく注目の的です。
ただ単に怖がられたり、ケロイドの顔を気味悪がられてるだけだけどね!
チラシを差し出すと恐る恐る受け取ってくれる人と、逃げてしまう人の二択である。ひどい時は罵倒される。
ヤサグレた俺は、同じくヤサグレているであろう、橘先輩のクラスの男女逆転メイド・執事喫茶にお邪魔することにした。
「おかえ、ヒィッ!」
入った瞬間悲鳴あげられた。
凹むわぁ。
「………田端か?」
「青痣顔だと気づかないくせに、ケロイドメイクのこの顔で俺とわかるってどういうことですか橘先輩」
クラシックメイドドレスの橘先輩はかつらを付けてるし、化粧もしているけど、どこからどう見ても…
男だな。漢にしか見えん。
「先輩、化けきれてませんよ」
「やかましい」
「全員執事服で女性客ターゲットにすれば売上良さそうなのに」
橘先輩目当ての女子が集まってくるだろうにもったいない。
それを言うと、給仕してくれているメイド橘先輩がげんなりした顔をしていた。
「…高校最後の文化祭がこれってあんまりだと思わないか?」
「大学がありますよ。ドンマイ先輩」
一人か二人、華奢で小柄な男子生徒の女装姿が『目を細めたら可愛く見える気がする』レベルだったけど、やっぱりこれ失敗じゃない?
女子は宝塚みたいで男役みたいな人がいるから、一定の女性客は入ってきてるんだけどね。
後は怖いもの見たさでやって来た人ばかりだな。
これ明日の一般入場でもしなきゃいけないんだろ? 流石に可哀想だわ。
「おいおい亮介! おまっすげー格好だな!!」
「……来るなと言っただろうが…」
そんな爆笑するから、橘先輩ブチ切れそうになってますよ。
元風紀委員長の大久保先輩にアイアンクローを仕掛けるメイド(男)
シュールで面白かったので写真を撮っておいた。
その後あちこち目的もなくうろちょろしていた俺だけど、お花を摘みに行きたくなってきた。
なので文化祭期間中は使用しない北校舎のトイレに駆け込んでいった。
ていうか手を洗おうとした時に鏡に写った自分の顔見て悲鳴を上げてしまったんだけど。
誰もいなくてよかった。
自分の出番まで後一時間か〜と引き返していた俺の耳に男の声が聞こえてきた。ガラの悪そうなその声に引き寄せられるように俺は声のする方に足を進めていく。
関係者以外立ち入り禁止区域の人気のない木々が茂った裏庭にちょっと柄の宜しくない男子生徒らがたむろっていた。
大方サボりなのだろう。
「最近付き合い悪いじゃねーか和真」
(和真?)
俺は見つからないように身を屈めてそっと顔を出して確認してみる。
そこには案の定、弟の和真の姿があった。
夏にした話し合い(物理)以降、親への態度は緩和したものの、俺に対しては未だ反抗的な弟の和真。
俺もあいつの度重なる反抗的な態度に辟易していたので会話や顔を合わせることが大分減った。だから最近のあいつを知らないのだが…
まだ悪いオトモダチと付き合っていたのか。
「…すいません。ちょっともう付き合えなくて」
「おいおい何言ってんだよ! お前がいたほうが女が寄ってくるんだよ〜お前がいねーと困るの。そんな冷てぇ事言うなって」
「いやマジで無理なんで」
「…は?」
和真の拒否に相手の態度が一変。
ぐわっしと和真の胸ぐらを掴んだのはリーダー格の男だ。あいつはB組の高木という男。
うちの高校でも浮いている不良と呼ばれる部類の人間。なにがどうなってあいつはそんな相手と仲良くなったんだか。
「ぅっ…」
苦しそうに呻く和真にその男が凄む。
和真にぬっと顔を近づけ、優しい声を出す。やっていることが暴力的なので余計に怖い。
「お前、ちょっと甘い顔してやったら生意気言いやがって。…調子のんなよ? 今なら許してやる。考え直せ」
「………」
和真は怯みそうな表情をしていたが、震える口ではっきり言った。
「…無理っす…」
その言葉に高木の顔は無表情に変わり、空いた手で和真の鳩尾に拳を叩き込んだ。
ドッと殴打音が大きく響いた気がする。
「ぐっ…!」
衝撃に目を大きく見開き、和真はそのまま地面にどさりと伏した。
周りで見ているだけだった男たちがゆらゆらと和真のもとに近づくのを見て、俺はようやく体のこわばりが解けた。その間にも和真は蹴りを喰らって袋叩きに遭っている。
あーもうあいつはもう…喧嘩もまともにできないくせに一人で何やってんだか。
いや俺も喧嘩弱いんだけどね?
俺は窓枠に足を掛けて飛び越えると。和真を袋叩きをしている男の肩をトントンと鉤爪で叩いてみる。
「んぁ? うわぁあぁぁ!?」
「なんだ…ぎゃぁぁぁぁあ!!」
「何だコイツ!」
「キメェ! こっち来んなクソが!」
肩を叩いただけなのにひどい言われようである。
不良共がフ○ディ様に恐れ慄いたために油断が生まれた瞬間を俺は見逃さなかった。
「和真!」
地面に倒れ込んでいる和真を火事場のなんちゃらで抱えあげると、俺は一目散にそこから逃走を図った。
「なっ」
「舌噛むなよ!」
俺とそう身長が変わらない和真だが、体型は和真のほうが細身なのでなんとか持ち上げられる。
「てめぇ! 待ちやがれ!」
不良が追いかけてくる気配がするが、俺は人のいる方へ駆けていき、そこで見つけたとある人物に助けを求めた。
「柿山ー! 助けてー!!」
「うおおぉぉぉぉぉ!?」
ゴリラみたいな風貌の柔道黒帯の新風紀委員長に野太い悲鳴をあげられた。
柿山は俺に怯えながらも不良の捕獲に奔走してくれた。
あーよかった喧嘩にならなくて。俺が加わっても同じように袋叩きに合うだけなのが目に見えてるもん。
和真を保健室に押し込んで母さんに連絡しておいた。
服に隠れてるけど腹部の痣がひどいし、病院に行ったほうがいいんじゃないのか? 骨が折れてるかも知んないし。
口には出さないけどコイツもこのままじゃいけないと分かってるから不良に決別を宣言していたんだろうけど…
ちょっと考えなしな行動だったな。俺も人のこと言えないけど。
あ、俺そろそろ時間だから教室に行かなきゃな。
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自分の力量は分かっている。
これは戦略的撤退である。
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