もしもあやめが肉食系女子なら
初恋のあの方に猛烈アタックする積極的なあやめだったらこうなる。あやめは中学校三年生。
あやめには前世の記憶は戻っていない設定。
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『ほら、これで歩けるかな?』
『あ…ありがとうございます!』
『どういたしまして。それじゃあ私はこれで』
『待って下さい! あの、お名前を…』
夏祭りに参加した私は浴衣を着て参加していたのだが、下駄の鼻緒が取れてしまい、途方に暮れていた私に彼は手を差し伸べてくれた。
それは私の初恋だった。
男性に親切にされたことがあまりなかった私は彼の優しさに恋をした。
その日から、私は彼にアタックを始めたのである。
☆★☆
「こんにちは!」
「おやこんにちは」
「今日もお元気ね。あやめちゃん」
「それだけが取り柄なんで!!」
私が好きになった人は妻帯者であった。それだけでない。子供もいて、更には私よりも年上の孫もいる。
だけど恋をした気持ちを止められなかった私は彼の奥さんに初対面でこう言ったのだ。
『出しゃばった真似はいたしません! 何も求めたりしません! だからどうか私を二号さんとして認めて下さい!』
『あらあら』
御年69歳の婦人は目をパチクリさせて頬に手を当てた。あらあらなんて言っているが全然動揺していない。落ち着いた態度で私を見ていた。
さすがあの方の奥様である。私は思わず尊敬と憧憬の眼差しを向けていた。
『ええと、あなた、見た所まだ中学生…くらいよね? あの人は70歳なのよ?』
『愛に年の差なんて関係ありませんとも!!』
お優しく慈悲深い奥様は私を認めてくれた。私の熱意が伝わったのだ。
休日になるとお宅にお邪魔して夫妻とお茶をするのが日課となっていた。
「あやめちゃんは今年受験生だったね? 勉強は良いのかい?」
「大丈夫です! 合格圏のところを狙っているので」
「あら何処の高校を受験する予定なの?」
「えっとー…」
自分の進学希望先の話をしていると【ピンポーン】とインターホンが鳴った。
「あら、どなたかしら」
奥様が応対しているのを見送り、彼に高校の話をするとなんと、私の志望校が下のお孫さんの通っている高校と判明した。下のお孫さんがその高校に楽しく通っているみたいだよと話してくれた。
そうそう、何度かお孫さん達と顔を合わせて軽い挨拶をしたことがあるんだけど、下のお孫さんにはなんだか既視感があってね…会ったことはないと思うんだけど。あんなイケメンに会ったら覚えてるはずだし。
あ、でも面影があるから彼が若い頃はあんな感じのイケメンなのだろうな。
「それにしてもあやめちゃんはお菓子作りが得意なんだね」
「…その位しか特技がないんですけどね」
私は十人並みの地味な容姿をしている。それに反して一個下の弟はとても整った顔立ちをしており、その上成績優秀。昔から事あるごとに比べられてきた。
そのせいか私はひどいコンプレックス持ちであった。良くないと思いつつどうしても卑下してしまう。
苦笑いして自分が作ってきた焼き菓子を見下ろしていると彼は「そんなことないよ」と渋く優しい声で諭してくれた。
「あやめちゃんは元気でお菓子作りが得意、それにとても笑顔が素敵な女の子だよ」
優しい微笑みに私の胸はときめいた。
「すきっ!」
「ハハハこんな老いぼれにあやめちゃんみたいな若くて可愛い子は勿体無いよ」
「そんなこと言ってくれるのは勇作さんだけです!」
がばっちょ!! と彼に抱きついていると「…何してるんだ…?」と若干引き気味の上のお孫さんがリビングにいらした。
「こんにちは恵介さん! 大丈夫ですよ。私は二号として立場を弁えてるつもりですからね!」
「そういう意味じゃなくて…不倫なんてスキャンダラスな事は弁えてほしいんだが」
お孫さんの恵介さんは呆れたお顔で私を見下ろす。相変わらず冷たそうな目をしていらっしゃる。
大体不倫だなんて心外である。
「ちがいます。不倫だなんてそんな汚らしい感情ではありません。そう…私のこの想いは純愛です。勇作さんと奥様が日々健やかかつ穏やかにお過ごしになられることを願っております。決してお二人を引き裂く真似はいたしませんとも」
「…それは何が楽しいんだ? 俺には理解が出来ないんだが」
この方は勇作さんと奥様の上のお孫さん。恵介さんと言って法学部に通う大学一年。若干エリート思考で初対面の印象は最悪だったけど、私の思いを切々と語ると私のことを認めてくれたのだ。
お二人の息子さんとお嫁さんはご多忙で会ったことはないが、今日はお二人にもお菓子の差し入れを持ってきたので食べてくれると嬉しい。
「そんなことよりも恵介さん? 眼鏡の度数が合ってないんじゃないですか? 眉間にシワがよってますよ?」
「誰のせいだと思っているんだ?」
「まぁまぁそんなに怒らないで」
なんだかイライラしている様子の恵介さんを宥めていると、玄関先で何やら口論する声が聞こえてきた。
「なんですかね。新聞のしつこい勧誘ですか?」
「あぁ…あれは多分亮介の彼女だろう」
「沙織さんか…」
勇作さんも恵介さんもそれ以上何かを言うことがなかったので私は口出しはせずに自分が持ってきた焼き菓子を摘む。
そしてお茶を飲んでしみじみ呟いた。
「複雑な年頃ですね…」
「弟よりも君のほうが年下のはずなんだがな」
「何を言いますか。私は勇作さんの二号さん。つまり貴方方の祖母三号ということなんですよ?」
「………君のその理論はおかしいと思う」
恵介さんに一蹴されてしまった。
その後も私は橘家に通いつめた。
受験前になるとお孫さん達に勉強しろと怒られたり、妨害にあったりしたけども、私は時間を作っては愛しの勇作さんに会いに行っていた。
そして翌年の四月。私は真新しい制服に身を包んで彼に会いに行った。
「じゃ~ん! 似合いますか?」
「まぁ可愛いわぁ! あやめちゃんの学年は青いリボンなのね」
「大人っぽくなったね。よく似合っているよ」
「えへへー」
入学式後に橘家にお邪魔して晴れ姿を見せびらかしに来たのだ。
「亮介の後輩になるんだな」
「そうなんですよー」
そうそう、それで今日入学式の後に亮介さんへ先輩に後輩として挨拶した時にこんなことを聞かれたんだ。
『お前は祖父のことを憧れとしてみているんじゃないか? …それは恋とかそういう感情ではないのではないか?』と。
そう言われた私はなんだかストンと胸に落ちた気がした。
…そうだ、彼が理想の祖父像ぴったりだったのだ。それに奥様に対してもこんな人がおばあちゃんならなとも思った。
私は祖父母たちにも弟と比較されてきたから、血がつながっていながら何処か距離があって。
勇作さんにあの日親切にされたことはきっと私の初恋なんだと思う。
だけど今までお二人と接してきた私はお二人に理想の祖父母像を見ていたからなんだと改めて実感した。
そう思ったら私はなんだかお二人に申し訳ない気分になってきた。
今まで余所の小娘が頻繁にやってきて迷惑じゃなかっただろうか。
「あの…それで、ですね、私、これからここに伺うのを控えようと思うんです」
「…あらどうして?」
「その…迷惑だったよなと今更ながらに思って…今まですみませんでした」
私はそう謝ってお二人に頭を下げる。
きっと亮介さんは邪魔になっていることを言いたくてああいった遠回しな言い方で教えてくれたのだ。
優しい人たちだからきっと、今まで言い出せずにいたに違いない。
私は今になって人に言われて気づくなんてなんて鈍い人間なんだろうか。
「あやめちゃん一体何を言っているの? そんな事ないわよ!」
「でも…」
「うちは男ばかりでしょう? 女性は私とお嫁さんだけだけどお嫁さんはお仕事であまり帰れないから実質私だけ。むさ苦しいこの家にあやめちゃんみたいな若くて可愛らしい女の子が来てくれて私とても嬉しいのよ?」
お優しい奥様はそう言ってくれる。そう言われてとても嬉しい。…でも…
「だけど、亮介さんは…」
以前から気になってはいた。
私が勇作さんの隣に座っておしゃべりしていると「近い」と言って引き剥がされるし、勇作さんに抱きついても「くっつくな」と引き剥がされ、私がお宅に訪問した際に玄関で出迎えてくれた時に「勇作さんいらっしゃいますか!」と尋ねると不機嫌そうな顔をするし…
バレンタインはお孫さん二人共、女性に沢山もらうだろうからと気を遣って義理チョコは用意しなかったのだけど、当日勇作さんに本命チョコレートを手渡していると亮介さんは見るからに不機嫌になっていた。
なんで? 紙袋いっぱいに貰って帰ってきてたじゃないの。
いつも家まで送ってくれるから嫌われてはいないと思うんだけど…二号としては反対なのかな。
仲良くなれてると思っていたのに…。
私がしょぼん…と凹んでいると、奥様はニッコリと笑って「亮介が? なにか言ったの?」と私に尋ねてこられた。
なんだかその笑顔に圧力を感じた私は洗いざらい吐き出したのだが、話し終わった後の奥様の無表情がとっても怖かったです。
亮介さんが帰ってきたと同時に何処かへと連行していった奥様。私は「なにかまずいことを言ってしまったのでしょうか」と勇作さんに質問すると、彼は苦笑いして「複雑な年頃なんだよ」と意味深に呟いていた。
「そうだあやめちゃん、私と家族になれる方法が一つあるよ」
「え?」
「恵介か亮介のどちらかのお嫁さんになればいいんだよ」
悪戯げに微笑む勇作さん、やっぱり素敵。
その翌日、わざわざ私のクラスまでやってきた亮介さんが「彼女ときっぱり別れてきた」と私に宣言してきたけど、なんで私に言ってくるのかよくわからなかった。
(和菓子作りに初挑戦したけども口に合えばいいな)
私は今日も愛しの勇作さんに会うために橘家に向かうのである。
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ここでの勇作さんとあやめは祖父と孫娘みたいなほのぼのな間柄です。
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