八月のロークシア3



ーーーー物心ついた頃、イブの両親は既に死んでいた。

両親の死の原因は、対政府組織であるレビメアに所属していたせいで、ドレクからの攻撃を受けた為だった。

身寄りのなかったイブは両親達の同志、レビメアで育てられた。

だがそこは幼い子供達にとってはとても過酷な環境。

ドレクと敵対する組織であるレビメアは、しばしば交戦状態になる事もあり、その度に多くの犠牲が払われる。


昨日優しくしてくれたおじさんが翌日には永遠の眠りにつく。

イブは幾度もそんな経験を繰り返しながら育ってきた。

死はすぐ近くに、いつだって彼女の傍らで笑っていたのだ。


そんな彼女には本来あるべきような無邪気な姿はなく、際立って大人びていた。


「私も戦わせて下さい」


彼女が初めてそんな言葉を言ったのは、僅か五歳の頃。

当時レビメアのリーダーを務めていた、髭を蓄えた白髪の男は強く胸を打たれる。

まだ僅か五歳の、しかも女の子にこんな決意をさせる自分達に、あまりの無力さを痛感せざるを得なかった。


「すまん、イブ。お前にそんな思いをさせていたとは……。本当にすまん……。だけど、俺たちは新しい時代を生きるお前達の為に戦ってるんだ……。お前を戦わせる為じゃないんだよ」


「おばさん達も戦ってる。私も戦えます」


「あぁ、お前は戦士だ。俺たちの同志だ。そして守るべき子供達なんだ。だから守らせてくれ。きっともうすぐ新しい時代が来る。その時まで」


「……」


程なくして彼は戦死した。

それから七年が経っても、彼が願った新しい時代が来ることはなかった。

十二歳になったイブはついに行動を起こす。


ドレクの軍隊に志願したのだ。

ドレクの内部にスパイとして潜伏し、情報をレビメアへとリークする事が目的であった。

女性でありながら、目覚ましい成績を残した彼女は軍内部で厚い信頼を寄せられる存在となる。

敵の中にうまく潜伏し続けていたイブだったが、それでもレビメアが優位に立つことはなかった。


ドレクとレビメアとでは、埋め難い圧倒的な戦力差があったからだ。

レビメアがドレクに打ち勝つにはどうしても強い力が必要だったのだ。


だがイブ一人の力ではそこまでは叶わない。

そんな折、イブはドレクが企てていた『ロークシア計画』を耳にする。

同時に、そう遠くない未来、アークネビルは住めない星になるという事実を知ったのだ。

既にリーアが地球にあり、それを確保している状態であったが、ドレクは地球の侵略を目論んでいた為、未だにリーアを持ち帰ってはいなかったのだ。


ロークシア計画発案当初から、ドレクはリーアの兵器転用を考えていた。

リョークの船には既にその試作機としての装備が備わっていて、次の機体にも同等のリーア専用兵器が搭載される事は決まっていた。

そして計画の最終段階、十年後にはリーアを使った強力な兵器が作られ、地球侵略時に場合によってはその使用が考えられていたのである。


イブはそこに目をつけた。

もしもその兵器を奪う事が出来たのならドレクと同等の力を手に入れる事が出来るかもしれないと。


そう、イブにも目的があった。


筋書きがあった。


地球という星を救い、さらに自分達の星をも救えるという筋書きが。

その為にはその任務に選ばれる必要があった。それは努力もあるが、かなり運任せでもある。


そして運は、彼女に味方した。















ーーーー「撃て!タカピー!」


「な、何を言ってんだ!」


「いいから撃て!俺を信じろ!」


「そ、そんなこと言ったって……」


もう間違えない。

これが俺の選んだ道、俺の選択だ。


「タカピー、敵であるリョークが俺たちに本物の銃を渡すと思うか?」


「ほ、本物じゃない……のか……こいつは……」


「イブと再会した時、俺に向けて撃ったあの一発は地面に穴を開けた。だが、イブに当てた時はそうはならなかった。イブはただ吹き飛ばされただけだった。それもそのはずだ。だってあれはただのデータが作った演出に過ぎないからだ」


ここまで来た。


長い、長い時間をかけてようやくここまでたどり着いた。


物語の終局はもう目前。


今、ここで何もかもが終わる。


「だがもしも俺が撃たれて、何もならなかったらどうだ?」


「やめるんだ龍太。そんなことしたら君の命に関わるぞ?」


「もしも何もならなかったら、俺の言ったすべてが肯定される。お前の嘘が証明される。正義がどちらにあるのか、世界が知るだろう」


今こそ決着の時だ。


世界の未来を正しい方向へと進める時だ。


「さぁ撃て!誰でもいい!俺を信じてくれるなら俺を撃って見せろ!」







ーーーー「明日、私は旅立ちます」


地球への旅立ちの前日、イブはレビメアのアジトにいた。

彼女の前には少し寂しそうに眉をひそめる中年の男性。

彼はレビメアの現リーダーであり、イブが幼い頃から面倒を見てくれた父親のような存在でもあった。


「そうか……行ってしまうんだな」


「はい。次に会えるのは最短でも十年後です」


イブの中にも寂しいという気持ちはあったが、彼女はそれを表には決して見せない。


「十年か……長いなぁ」


「そう、ですね……」


「イブ、お前には幸せになってもらいたい。俺の世代では出来なかったからな」


「……」


「もし、お前が向こうの世界を気に入ったのなら、帰ってこなくてもいいんだぞ?レビメアの事はもう忘れても構わない。レビメアをお前の枷にしたくはない」


「私は帰ります。必ず。この星を救わなくてはなりません」


「十年後にはもうレビメアという組織は存在してないかもしれない。お前が帰ってきた時、ここには絶望しかないかもしれないんだ」


「たとえそうだったとしても、自由を求める人々は必ずいます。希望は決して潰えません。それに先代も言っていました。次の時代は子供達が安心して暮らせる自由な時代になると。私は今もその言葉を信じています」


イブは十七歳という若さだったが、一人前の立派な戦士となっていた。


「……そうか、わかった。お前がそう決意したのならもう何も言わない」


「はい、必ず……救ってみせます」


「イブ、死ぬんじゃないぞ……」


「はい」















ーーーー伸明は持っていた銃を龍太の背中に向けた。


「りょーちん……」


「……」


「俺は信じてる……信じてるぞ!」


「やめろ!撃つんじゃない!」


「撃て!ノブちゃん!」


テレビの前で涙目になる美紗子。

その映像はすべてがスローモーションのように緩やかに映る。


伸明の指がその引き金を引く瞬間、美紗子の頭の中を龍太との記憶が一瞬で駆け巡っていく。


その瞳から一滴の涙が流れ落ちた。

世界中がその瞬間を、瞬きする事すらも忘れて目撃した。

銃の先から放たれた光線が龍太の体を貫く映像を。

その場にいた仲間達ですら声を上げる事も出来ず、ただ口を開いたまま硬直する。


誰一人として目を逸らす者はいない。

そう、そこにいた仲間達全員が既に龍太の言葉を信じていたのだ。

彼は決して一人ではない。かけがえのない仲間がすぐ側にいる。

龍太にもう怖いものなんて何も無かった。


だから彼は得意気に唇を吊り上げる。


彼らは辿り着いたのだ。


長い旅路の終着駅へと。


「リョーク、終わりだ。お前のロークシア計画はここで!」


「……」


龍太は立っていた。

その体を伸明の撃った光線が確かに貫いたにも関わらず、まるで何事もなかったかのように健在していた。

その瞬間に揺らいでいた天秤がついに一方向へと傾く。

人々は、仲間達は、仕組まれていたすべての事象に言葉を失った。















ーーーー「リョーク、ナイフを置け」


世界が真実に気付き、本当の敵が誰なのかということを知った。

だが今この瞬間になっても俺の心は震えていた。

イブは敵ではなかったが、代わりに俺の父親が敵となってしまったのだ。

今日、初めて会った父親だが、その父親に向かって銃を向けてるなんて決していい気持ちじゃない。


「……ふふ、ふふふ……」


決して笑うような場面ではない。

完全に追い詰められたというのに肩を震わせながら不敵に笑うその姿。


「龍太、その銃は脅しにならないよ。今自分で証明したじゃないか。それが偽物だってさ」


「そうだな、だがあいにくこの銃はあんたから渡された物じゃない。あんたには残念かもしれないが、こいつは本物なんだよ」


リョークは一度、その鋭い視線をイブへと向け、すぐに大きなため息を吐いた。


「まさかこの星へ来た協力者が裏切り者だとは。25年も費やした計画が水の泡か·····。これはもう笑うしかないな·····」


「……」


「しかし、どうやってドレクの監視を振り切って真相を伝えたのか気になるね」


「いいから早くナイフを捨てろ」


「本当にわかっているのか?これから先、地球に待っているのはもっと悪い未来だと」


リョークはナイフを捨て、両手を上げて降伏のポーズをとる。

彼の身体能力ならばこの状態からでも反抗する事が出来たかもしれないが、それをする気はないというのは彼を見ていれば何となく感じ取れる。


ナイフの脅威が消えたイブは捨てられたそれを手に取り、ようやく立ち上がった。


「龍太、信じてくれてありがとうございます。あなたに全てを賭けてよかった。本当によかった·····」


「イブ·····」


本当のイブがそこにいた。

10年前、一緒に戦った彼女がそこにいた。

紛れもなく俺達の仲間だったイブがそこにいた。


「イブちゃん!」


みんなが一斉にイブの元へと駆け寄れば、彼女は暖かな笑顔を見せる。


「皆さん、本当にごめんなさい。皆さんを裏切るような真似をしてしまいました」


「何言ってるのイブちゃん!イブちゃんはずっと私達の仲間なんだから!」


「僕達こそごめんね。イブちゃんの事信じてあげられなかった」


「普通は信じられませんよ。皆さんの反応が当たり前です」


「何はともあれこれでハッピーエンドだわっしょーい!やっぱエンディングはハッピーエンドに限る!」


みんなの合間を抜け出て、イブは俺の前に立つ。

10年前と何一つ変わっていないその見た目は、やっぱり絶世の美少女のまま。

俺が恋をしたあの日のままだ。


そして彼女はそのまま俺に抱きついてきた。

周りからおおーという歓声が聞こえるが、俺はそんな事を無視して彼女の体をそっと包み込む。


「おかえり、イブ」


「はい·····。大変、お待たせしました·····」


確かな温もり、ずっと待ち焦がれていた大切な人。

記憶を消されてもなお消える事のなかった想いが、10年という月日を越えてようやく紡がれる。

やっと辿り着いたのだ。

俺たちのゴールへと。


「ロークシア計画は失敗、僕の力ではもう君達地球人を救う事が出来なくなってしまったよ」


リョークが発した言葉にはもう説得力はなく、彼に向けられる視線は完全に信用を失ったもの。


「今さら何を言っても·····」


「僕が何故ロークシア計画を発案し、実行したかわかるかい?」


その言葉を聞いて、イブのメッセージが脳裏をよぎる。


「最も犠牲の少ない方法だったからだよ。他の方法では地球に壊滅的な被害が想定された。だから僕はこの方法を押し通してここに来たんだ。この美しい星をアークネビルのようにしたくなかったから」


リョークの言葉にイブは反論する。


「ですがリョーク、心の侵略を成功させたとしても、この先の未来では多くの犠牲を伴う事になります。救世主のフリをしてこの星を乗っ取ったとしても、いずれは同じ結末を迎える事になるでしょう」


「僕がロークシア計画を実行しなければ地球は20年以上前に侵略されていたんだ。それは力の侵略で、この星はもしかしたら死の星となっていたかもしれない」


「確かにそれは否定出来ません。だから最もなさねばならない事は侵略を阻止する事です」


「それは不可能だ。ドレクの持つ力に地球人では太刀打ち出来ない。僕や君が足掻いても結果は変わらない。それが出来るならそもそも僕はロークシア計画なんて考えはしなかった」


その時、コンピューターから警報のような音が響き渡る。

慌ててイブがその場所へと駆け寄れば、その顔が見る見る内に青ざめていくのがわかった。


「そんな……」


嫌な事が起きたというのは聞くまでもなくわかったが、聞かずにはいられない。


一体何が起きたのかという事を。

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