第十話 青春の謳歌
青春の謳歌
――――7月31日。
みんながイブの事を思い出してから、一気に会話が弾み始めた。
あんな事もあった、こんな事もあったと、次々に会話が交わされていく。
「この店にも来たよね確か!ほら、イブちゃんはコーラフロート三杯くらい飲んでたじゃん?」
「あったあった!しっかし可愛かったなぁイブちゃん!マジ天使!」
河原でのおしゃべりに収拾がつかなくなった為、俺たちは喫茶店『ニックス』に避難した。
ちなみにこのニックスのある場所は隣町である。
コーラフロートをイブに教えたのもこの店だ。
さらに言うと、元々は『フェニックス』という名前だったらしいが、台風で看板の『フェ』が飛ばされてニックスになったという伝説がある。
まさに曰く付きの店なのだ。
「本当に綺麗な女の子だったよね彼女。今では結婚してるのかな?」
そもそも宇宙人に結婚という概念があるのかもわからないが、ヒゲナシ君の疑問はこのままスルーしてやる事にしよう。
「しっかし、やっぱり妙だよな」
「どしたのタカピー?」
「いや、ほら、だってさ、なんで俺たちこんな重要な事を忘れてたのかなって」
タカピーの言った疑問は誰しもが感じていたはずの事。
この平和な北嵩部、救急車だけで大騒ぎになる程の村。
少しでも何かがあれば、それは強い記憶として刻まれているはず。
特にそれが宇宙人との邂逅だなんて、一生経っても忘れなそうな経験だ。
それをここにいる俺たち全員が忘れていたなんて事は、本来絶対にあり得ない事じゃないだろうか。
「記憶を消された……って事になるのかな?」
「何ソレ怖い」
しーちゃんが言った事が、多分すべてなんだと俺も考えている。
「しーちゃん、俺も多分そうだと思ってる。宇宙人なら記憶を消すぐらいの何かを出来そうだからな」
俺の意見にさらに疑問を呈してきたのはあっちん。
「でもさぁ、なんで私たちの記憶を消す必要があったのかな?」
「お、鋭い質問だねあっちん。俺も今まさにそれを考えていたのさ」
「ノブちゃんはそう言って何も考えてないじゃん」
「いやいや、その言葉が似合うのはゆっち以外にいないさ」
「え?僕?」
「でも亜莉沙の言う事、確かに気になるね」
「でしょ~?」
どうして記憶を消す必要があったか、確かな事はわからない。
だが予想出来る。
つまりは、覚えられてると困る事、デメリットになる事があるのだ。
「俺個人の意見としては、宇宙人という存在と接触したという事実は、向こうからしてみたら邪魔になると考えたからじゃないのか?」
「邪魔になるって、例えば?」
「宇宙人を捕らえようとする奴らが出てくるだろ?特に国のトップは、そういった危険因子を黙って見過ごすはずはない。映画なんかじゃ大半そんな感じになるし」
宇宙人と言えば未知の存在。特にそれが知的生命体ならば、その存在が危険な思考、または国家を揺るがすような危機を招く恐れがある。
そういった危機の回避の為、あるいは単なる研究の為、正体を知られては動き辛い事もあるだろう。
イブの場合、彼女の正体を知っているのは俺たちだけ。
つまり俺たちの記憶を消してしまえば、ヘマをしない限りその正体がバレる事はなくなる。
そういった理由で消したのだろうと、大体予想する事が出来る。
今さら思い出した俺たちが、宇宙人がいたという事を言ったところで、誰も信じちゃくれないだろうし。
証拠を見せようにも、イブはもうここにはいないのだ。
「でもさぁりょーちん、それじゃあなんか変じゃない?」
「……何が?」
考えてみるが、何が変なのか少しも引っかかる節がない。
「だってさ、タカピーの日記帳の最後の日までは、記憶は消されてないわけだよねぇ?」
タカピーの日記帳。その最後の日の日付は8月29日。
この日までタカピーは日記を書いていたので、最低でもこの時までは記憶を保持していたのは間違いない。
「そういう事になるな」
「だったら、イブちゃんの目的は達成してるし、わざわざ記憶を消す必要はないんじゃないかな?」
「……」
「それに結局アタシ達、この事思い出してるわけだし~。そもそも記憶を消さなくても、誰もあの子が宇宙人だ、なんて信じる人いないと思うけどなぁ。証拠になる物だってタカピーの日記帳だけだもんねぇ」
本当に意外と鋭い着眼点を持っている女だな、あっちんは。
俺すら考えなかった事を指摘するとは、やりおるわい。
「亜莉沙、さすがにそれは考えすぎだと思う。念の為、記憶を消しとこうって感じなんじゃない?」
「う~む……。わからん、が、答えはみんなの頭の中にあるんだ。だから俺としては、みんなの記憶を頼りに、あの夏を丸裸にしたい」
「りょーちん~大胆だねぇ~」
「んーーーまるっはだーか!」
「……みんなも気になるだろ?あの夏の事」
俺たちは世界を救ったようだ。
だがその記憶を持っていないというのも寂しいものである。
「だから、みんなであの夏に戻ってみよう」
あの夏へ……
――――10年前
8月5日。
忙しく鳴り響く蝉時雨の中、炎天下の下、俺たちはプチクレーターの土をせっせと掘っていた。
「あっつ……」
全身から溢れ出す汗は、次から次へと止めどなく滴り落ちる。
「みんな~ファイト~」
「飲み物はこっちに……」
あっちんとしーちゃんは、俺たちに声援を送りつつ、ドリンクを用意してくれている。
土掘りは男達、俺とノブちゃん、タカピー、ゆっちの仕事である。
「はぁはぁはぁ……もう……死にそう……」
「タカピー!気合いが足りないぜ~!今こそ本気を出す時だぜ~!」
「ノブちゃんは……元気過ぎなんだよ……」
プチクレーターは、この北嵩部村にとっては数少ない観光スポット。
周囲は柵に囲まれていて、立ち入り禁止の看板も立っている。
そしてその重要な観光スポットに勝手に侵入し、しかも勝手に土を掘っている俺たち。
本来ならとても許される事はないが、今は仕方ない理由があるのだ。
そう、世界を救う為、である。
例の隕石を破壊する為には、リーアと呼ばれるエネルギー源が必要らしいので、俺たちはここ数日、それの在処を探し続けていた。
一番有力であった役場に展示されていた隕石は偽物だったが、オリジナルはどこか別の場所にあると信じて探し続けたが、結局見つかる事はなかった。
だがこのままでは隕石を迎撃する事が出来ない。
そこで次の手段を使うことになったのだ。
イブ曰く、これは奥の手らしいが、背に腹は代えられない。
という事で、次なる任務は、リーアの欠片探しへと変更された。
「イブちゃん、これ、違うかな?」
「微少なエネルギーが放出されていますね。これもリーアの一部だと思われます」
リーアは元々、地球にあった物ではなく、宇宙から隕石として落下してきたものである。
こんなクレーターを作るぐらいだから、その破壊力はかなりの物だったはずだ。
もちろんその際、隕石自身も無傷では済まない。
多少なりともその隕石は削れて飛散したはずだ。
その細かな欠片を集めれば、パワーは落ちるが、リーアの代用としての使用も可能になるらしい。
十数年前の隕石の欠片が本当に残っているのか疑問だったが、案外簡単に見つける事が出来た。
どれも小さく、落としたら見失いそうなサイズである。
こんな残りカスが、百万の命を救う切り札になるなんて、なんだか信じられない。
「どうだイブ、こんだけ集めればもういいだろ」
小さな欠片を必死にかき集めたが、その量は、両手に収まりきるくらいの僅かな量。
それだけの量で一体どれほどのエネルギーが発生するのか、皆目見当もつかんが、これ以上探すのもさすがに無理がある。
「心許ないですが、これだけあれば補う事は可能だと思います」
俺とタカピーは早くもヘバり、木の下に座り込んで少しぬるくなった麦茶を一気飲み。
「はぁはぁ……もう疲れた……歩けない……はぁ……」
「けどタカピー、これで後は練習するだけだぞ」
練習、それは本番に備えての射撃訓練の事である。
イブから聞いた、俺たちがするべき事。
それは隕石を撃ち落とす事である。
いくら話を聞いていたからと言って、経験なしにうまくいくはずがないのだ。
本番にミスは許されない。
一つのミスが取り返しのつかない結果を生んでしまうのだから。
そういうミスがないように、俺たちは練習を繰り返し、タイミングを体に刻み込んでいるのだ。
イブの宇宙船の中ではその模擬訓練をする事が出来る。
だが昼間では目立ち過ぎてしまうため、訓練は夜、日が暮れた後と決めてあるのだ。
まぁ、俺の手にかかれば余裕なんだけどね。
「あっつ~……この村の夏は地獄だよね~」
木陰で休む俺たちの前に、爽やかな笑顔でやってくるあっちん。
今日も眩しいよ君は。少し汗をかいた肌がとても健康的だね。
「まぁ……そうだな」
「ねぇ、今からどっかに遊びに行こうよ!涼しいところ!」
もちろん行くよ。君と二人ならどこでも行っちゃうよ。
涼しいところなんてこの村にはないような気がするけどね。
そんな俺たちの間を駆け抜けて、切り返すと同時に立ち止まったクラス委員長。
「川へ……行こう……」
俺たちの会話を聞いていたようで、目を輝かせながらそんな提案をする。
「ノブちゃん!それいい!」
あっちんはノリノリだ。
確かに涼しいところではあるが、色々と用意するものがある。
だがあっちんが行きたいと言うのであれば、甘んじて受け入れようではないか。
「川……ですか?そこで何をするのでしょうか?」
「決まってるだろイブ。水浴びをするんだ」
「水浴び……ですか。危険ではありませんか?」
「なんだ、お前の星じゃ川で遊んだりしないのかよ?」
「はい、私たちの星の川は、汚染、浸食が酷く、水浴びをするなんて事は出来ません」
「そりゃ最悪だ」
イブの故郷、アークネビルという星、川は汚染されて、空気は人工的に作られたもの。
森は既に大体が死滅してしまっている。
そして星のほとんどが海で出来てる惑星。
全然想像がつかん。
だが、川で遊んだ事がないというのはとても勿体ない気がする。
海と違った情緒を、イブは知らないで育ってきたのだ。
ならば体験させてやろう。
「よし、川に行こう!みんな、水着を持ってこい!」
「イェーイ!」
「時にりょーちんハァハァ!少し聞きたい事があるハァハァ!」
なんだかノブちゃんの息遣いが荒くなっているような気がするが……。
ノブちゃんは俺の肩に腕を回し、そして耳元で囁く。
「イブちゃんは水着を持っていないんじゃないのかい?」
「あ、そう言えば確かに……」
「という事はハァハァ……つまりスッポンポンポコポンポコリン……という事になるんじゃないの!?ハァハァ!どーなのりょーちん!ハァハァ!」
先生!変態がいます!警察呼んでください!
「ノブちゃん、それはない」
「ないのか……そうか……」
イブには誰かの水着を着させればいいだろう。
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