35.やはりラァレ殿は樽の中がお似合いでござる。

 ガニメデを発って三日後、ナュバが、火星に辿り着いたサビゾーとロックを出迎えた。


「よう、ユウナたちは、もう月に向かったよ―――って知ってるか。……ぷっ、あはは!」

「なんじゃいナュバ、言いたいことがあるなら言うてみぃ」

「い、いやさ! 両耳も無いし身体は何だか小さくなってるし、随分と可愛くなったじゃあないか」


 出迎えたナュバからそう言われ、ワシを頭に乗せたロックも笑う。


「愉快なカッコになったもんだよな」

「やかましいぞ人間どもめ! サビゾー、ぜんぶおぬしのせいじゃぞ!」

「換装するパーツが足りなかったのは申し訳ないと思っているでござる。しかし、すべてはチョイ殿も納得された上でのことですぞ」

「分かっとるわい。騒動が片付いたら、貴様の左腕になったワシの身体はぜんぶ返して貰うからの」


 サビゾーの左ひじから先は、ガニメデから火星に向かう短い間に、ワシら三人が総出で夜なべして作った白銀色の義手が取り付けられておった。


 その原材料は、誰あろう、ワシことチョイ様のボディである。


 にっくきケンカク=ミシマとの再戦を想定して、ワシのドローン≒機械星の超AIを内蔵した義手を制作したのじゃが、代わりとなるワシの身体パーツが足らなかった。


 結果、両耳がなく、妙に頭だけがデカい不格好なアニマロイドが出来上がってしまったのじゃった。


「ま、チョイを弄るのもこのくらいにして、ロック、アンタを待ってる客は多いよ」

「なんのこった?」


 ロックは首を傾げながら、宇宙港から火星の地表へと降り立つ。ワシはサビゾーの頭に鞍替えして、後を追う。


「おいおい、何の騒ぎだ、こりゃあよ」


 ナュバの言っておったことは、第九管区の地表を埋め尽くさんばかりに集まったマーティアン共の喝采で合点がいった。


「生きる伝説のパイロットがまた火星に来るって言ったら、こんなに集まってきやがったのさ。せいぜいファンをがっかりさせないようにするんだね」


 ロック! ロック! と大合唱する観衆共が、ドドドドっとロックに迫ってくる。


「これを俺一人でどうにかしろってか!?」

「頑張ってくだされ、ロック殿」

「ワシらはちょいとやることがあるでな。おお、いい顔をするではないか」


 どのような状況でも凶暴な笑みを浮かべて楽しむロックの顔が、珍しく単純な驚きを表現した。


「ちっ、しょうがねぇ」


 しかし、それも一瞬、すぐに、いつもの調子を取り戻す。


「こうなったら火星人共も、に連れていくとするぜ」


 そう言った直後、全速力で駆け出す。マーティアンたちも、コフィンレースを制し莫大な賞金をすべて星に寄付した変わり者のパイロットを、その四足で追いかけ回す。


「お前らも俺についてきやがれェ!! 月のクソムシャ共と、大喧嘩だァ!!」

「「「「「おおー!!!!」」」」」


 マーティアンを味方につけ、何人かは物好きが戦力として付いてくることになれば、ロックのレース優勝も役に立ったことになるニャ。


 で、今、ワシとサビゾーの前には、一つの樽が置いてあった。


「やはりラァレ殿は樽の中がお似合いでござる」

「ぜんっぜん嬉しくありませんけどぉ」


 そこから出てきたのは、当然というか、我らが半魚人の姫、ラァレであった。


「サビゾーさん、ぁ?」

「これから説明いたしまする。チョイ殿、“向こう”はどうなっているでござるか」

「ユウナや、ワシらの予想通りじゃった」


 ワシは遠く、月に辿り着いた耳を介して得た情報を、サビゾーに伝える。


 今回の事件、すべての謎が明らかとなったのじゃ。


※※


 ユウナの乗ったガニメデの宇宙戦艦が、ヘレナに案内された秘密のハイパーゲートを通り抜けると、そこはすでに、月の宇宙艦隊に包囲されておった。


「やはり、そうだったのですね、お母様」

「ユウナ、何を言っているのです」


 ユウナは、氷のような声を母親に突き立てる。


 が、ヘレナはまったく動じておらん。


 明らかに、月の軍部およびムシャと通じ、罠を張っておった証拠が目の前に広がっておるというのにじゃ。大層な役者である。


 否、ムシャとわけではない。


 こやつは、ヘレナは。


 ムシャをじゃてな。


「最初の違和感は、ラァレのことです」

「……」


 ユウナは、ヘレナが訝しげな顔で思案しておる間に答えを言った。


「お母様、なぜ、のですか。私はコスモジプシーの副提督が私と同世代の少女であるとは申し上げましたが、

「そのようなこと―――では白状します。わたくしはずっとあなたたちのことを、各星に放った連合の密偵たちに報告させ、動向を探っていたのですよ」

「だとしたら、余計におかしいのです」

「……なに、が?」


 ヘレナの目が、初めて揺れよった。


 その揺らぐ瞳に、ユウナの真っ直ぐな声が届く。


「ラァレが、ってことを、あなたは知っていなくてはならない。なのになぜ、執拗にあの子を連れて行こうとしたのですか」

「……」


 ……うむ。


 何事かフォローしてやらねばラァレが浮かばれんと思ったが、まぁ、いくら成長したとはいえ、不確定要素が多すぎる奴であることは確かじゃ。戦力としては、とても計算し切れん。


「あなたは―――ヘレナ・バローズ元老院議員は、冷徹な政治家です。私と父と、月の統治者である女王の座を捨て、連合の議員となった。自分が勝つためならば、どのような手段も辞さないマキャベリスト。しかし、ガニメデを出てからは、妙なことばかりおっしゃっています」


 論戦の大勢が傾いておった。


「女王の座を捨てて行ったことについては申し訳なく思っています。ですが―――」

「いいえ、私はそんなあなたに


 ユウナは、次第に早口になっていった。


「強く、美しく、聡明で、ルナリアンとして連合の最高議長を目指す野心家。行く道は違っても、志は共にある。そう信じていましたが、なんですか、この体たらくは!」


 語気も強くなっていく。


「ヘレナ・バローズは情になどほだされない。戦力として計算できないラァレを連れてくって時点で、


 ついには、母の前で敬語をひっこめた。


「思えば、最初からおかしかった。ムシャの追手は、ハナから私を殺そうとしていたし、その割に、まったく深追いしてこない。狙いが、別にあることは明白だった。なんて。半信半疑だったけど、今のアンタの狼狽えた顔で、確信したぜ。


 図星を突かれると黙る癖、変わってないよな」


 サビゾーも、そのことには気付いておったろうが、如何せん、黒幕を掴む情報が少なすぎた。


 なので、できる限り判断を安全側に倒し、ガニメデの連合にユウナを保護させる策を取った。


 よもやそこまでが黒幕の狙いであったとは、流石に気付けんかった。


 ただ一人よ。


 ヘレナ・バローズという人間をよく知っておったユウナだけが気付けたことじゃった。残酷な話だがの。


「……ここには、コスモジプシーたちは付いてきませんよ」


 少し冷静になったか、ユウナが再び、落ち着いた口調で言う。


「チョイを介して、私がすべて伝えました。ラァレを火星において、コスモジプシー船団は全船、別ルートで月および地球宙域に辿り着くように、と」


 なので、ワシら側の人間は、ここにはユウナしかおらん。


 長い沈黙があった。


 恐らく全員がムシャの手の者であろう戦艦乗組員たちも、一言も発しない。


「我が娘ながら、よもやそこまで……ふふっ」


 ヘレナが、哄笑と共に沈黙を破る。


に罠を張った、というわけか。」


 本性を現した黒幕が短く笑った直後、その白い指が素早く動いた。


「見事」

「ぐっ!?」


 途端、ユウナの全身が指先一つまで動かせぬほどに硬直した。まるで、何か強靭な糸に巻かれたように。


「こ、れは―――シノビの、“オニグモ”……!」

「ほう、知っておったか」


 淡々と告げるヘレナは、氷の視線をユウナに向けつつ、こう言った。


「察しの良い娘よ。褒めて遣わすぞ」

「という、こと、は、アンタ、が……!」

「そうだ」


 ヘレナは、実の娘に宣告した。



【続く】

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