第96話 金色の信者

 轟雷のけたたましい音と共に銃声が響く。トリガーを引き、銃口から弾丸が放たれる。行く先は豪雨の中から蠢き向かってくる有象無象の魔物の群れ。魔物の身体に直撃した弾丸は貫通して地面にのめり込む。魔物は短い悲鳴を上げて倒れこむも、すぐに立ち上がって向かってくる。目指すはミスティアの都市、南門の城壁。狂ったようにただひたすら涎を垂らしながら疾走する様は兵士達から見ればまるで押し寄せてくる絶望そのもの。

 南門ではすでに激戦が繰り広げられ、第一波よりも魔物の勢いは増していた。戦力が割かれた状態での攻防で防衛力も薄まり兵たちの士気も低下し始めているのは目に見えてわかるほど疲弊しきっている。先ほどと同様に榴弾砲による牽制と大半の掃滅を任せきりであったが弾も底を尽き始めていた。


「残弾は…!? 援軍まだかよ⁉」


「火薬でも何でもいいから持ってこい‼」


「さっきので使い果たしたからねぇぞ! そもそもこんな雨で使えるかよッ‼」


 榴弾砲に接近してきた魔物を剣と小銃部隊が入り混じり白兵戦に切り替わる。魔物を切り裂く音と銃声が響き、隊列も何もない乱戦。圧倒的な数がその後方から迫ってくるため城壁から小銃部隊が死に物狂いで魔物を狙撃。


「北部から援軍到着!!」


「やっとかよ…出前の配達でも、もっと早く届くぞ…‼ くそったれ‼」


 冗談交じりで話しながら希望を捨てずに戦い続ける兵士達。誰も彼も皆自分たちの帰る場所を守るために戦い続ける。指揮官も自ら小銃で応戦しながら踏みとどまるように全軍に伝え士気を無理矢理にでも上げるよう努める。

 そして榴弾砲の最後の砲撃が放たれ、後方から迫りくる魔物の大群たちに命中するもしばらく時間稼ぎをするのが精々。城壁間際まで追い込まれ榴弾砲部隊も白兵戦で応戦。この時点で当初の兵力の半分以下での防衛、その上魔物の勢いは増すばかりで一向に削がれる気配を見せない。

 遂に城門を乗り越えられ魔鳥も城壁を悠々と超えて入り込む。城壁内で待機していた後方部隊も都市部への侵入を阻止すべく銃撃を開始。


「なんだよこの数…違うじゃねぇか」


「高い仕事で楽できるかと思ったらこれかよ…」


 傭兵の面々が入り込んでくる魔物の勢いに押され気味に弱音を吐く中で正規兵の一人が「給料分くらいの仕事はしていけ」と檄を飛ばして指揮を執った。城壁内部の部隊は基本的には傭兵で構成されていることもあり前線部隊のような統率はなされていないために押しかけてきた魔物を手当たり次第に掃射。ある程度の正規兵も残ってはいるものの悪く言えば烏合の衆、そんな中でも一際光る傭兵達が彼らを引っ張るように前線を押し上げようと銃と剣を片手に次々と討伐していく。


「流石に吸血病事件の時に生き残っただけのことはあるな…」


 傭兵の一人が小銃片手に呟く。隣で応戦している傭兵も口を開くが彼もその生き残りの一人だったらしい。


「…城壁超えてくるような化け物相手とやり合ってねぇがな…」


 それと同時に上空から滑空するように魔鳥の襲来。唾液のような液状の塊を吐き出して彼らの装備品に直撃させていく。すると装備品はまるで強い酸を浴びたかのように見る見るうちに煙を上げて溶けてゆく。装備品を破壊され手当たり次第に武器を取って応戦するがその消化液を直接受けて致命傷を負う者が出る始末。頭上からの攻撃に布切れや板を盾代りに用いつつ小銃で応戦。その間も城壁を超えてきた地上からの魔物が這うように闇夜に紛れて襲撃。


「おい!! 援軍はどうしたんだよ!? 話が違うじゃねぇか!!」


 城壁内部で応戦している兵力は傭兵部隊。城壁で防衛を敷いているのは南門の残存兵力。到着したという援軍はどこにもいない。そんな切羽詰まった状況で他人のことを考えていられる余裕などない

 城壁が破られようとしたその刹那、雷光が走り稲妻が落ちる。城壁を乗り越えてきた魔物の群れに直撃、人間魔物、双方が戦き、思わぬ天からの味方に驚きながらも「運が良かった」と兵達が言葉を溢す。それでもなお勢いが増す魔物の侵攻だったが更に落雷が降り注ぐ。


「偶然!? いや違う、これは…!」


 城壁の前線で死守する指揮官の耳にも届き、戦闘の最中で報告が上がる。乱戦の中で聞き取ることが出来ずに繰り返し確認を行なっていた。


「何!?」


「都市内に落雷がいくつも確認されてます!!」と兵は声を張り上げて伝える。


「見りゃそんなことはわかる!! だからなんなんだ!?」


 城壁からも落雷は確認できる。そんなことをわざわざ報告しに来て何の意味があるのかと憤る指揮官に対して更に声を張り上げて幾度となく、報告を繰り返す。


「魔物に向かって降り注いでます!!」


 兵の叫びと共に城壁のすぐ近くで落雷が発生。魔物の群れに直撃したことで魔物がぬいぐるみのように吹き飛び、煙が上げて屍の塊となっている。事態を把握出来ずに軍にも動揺が広がりつつあるところに再び落雷が起こり、今度は城壁の城門付近にて一際勢い強く感じられるほどに眩い雷光がその場にいた魔物と兵を襲う。落ちた場所は炎上し、その炎に向かって魔物は威嚇を始めていた。降りしきる雨の中、紅蓮の灼熱が猛る。そこから歩いてくるラムザの付き人の一人、白金の美女カメリア。ロゼット達を助けたあの時のように、その手にはすでに 雷を纏った剣を片手に雨に濡れながら現れる。落雷の正体がまるで彼女であることを感じ取っているかのように魔物の威嚇はさらに強まり、襲い掛かる。

 カメリアは表情を変えずに剣を払うと青の入り混じる閃光が放たれる。放たれた閃光は徐々に広がりを見せて複数の魔物へと直撃。魔物は一瞬光って見せたかと思うと黒く染まり、地面に落ちると灰のように崩れて塵へと変わった。あまりの出来事に現実で起こっていることと認識できずに見ている数名の新米兵士達に手を緩めぬよう喝を入れる指揮官。指揮官自身もあんな光景を目の当たりにしたことは初めてである、内心では驚きと恐怖が渦巻いていた。


「あれが援軍か…? だがたった一人? しかもあの娘と同様、魔力使い…」


 ロゼットとカメリアを重ね合わせて見ており、膨大な魔力量を使いこなせると銃弾や砲撃よりも強力な武器となりことを改めて認識している様子。その間にも彼女は剣から雷を直接放ちながらも剣撃で魔物を片っ端から屠る。表情一つ変えず、土砂降りの雨の中さも当たり前のように切り倒していく様は『武』そのものであった。

 しかし魔物もただ討伐されるだけでなく、これまで襲い掛かってきていた魔物よりも躯体が遥かに大きな魔物。鰐のような姿形だが四肢が大きく屈強。それでいて背面の突起はやや長く角や棘のように見受けられ、体長は十メートルは下らない。一トン以上はあろう巨体を疾走する小型の魔物と変わらぬ速さで向ってくるともはや雪崩のようである。軽い地響きを起こしながら彼女の元へと牙を向け、相対するカメリアも剣に纏う雷がより強く変化。地上に舞い降りた雷の如く電撃を走らせながら構えると向ってくる巨大な魔物に対して一閃が走る。それと共に今度は自然に起こった雷が煌めいた。


 ◇


 一際大きな雷が響き渡り、ロゼットはつい後ろを振り返るが変わりない街並みに南側から見える戦火の赤い点滅がいくつも見えるだけで戦場の音は激しい雨にかき消されている。足を止めていたロゼットにシェイドはもうすぐ到着すると、急ぐように伝えてそれに続く。襲撃が報告されていない西門から最終と思われる馬車はすでに出払ってしまい一足遅かったようだった。

 まだ残っている馬車がないかと兵たちに訴えるが答えは変わらず、足止めを食らう中で彼女達に向かって声が掛けられる。


「そいつらはうちの客なんです。あとの責任はこちらで持ちますのでなんとかなりませんかね?」


 声の主はラフィークだった。再会にロゼットは思わず彼に抱き着いて喜んで見せる。澄華も彼らを覚えていたようで小さく鳴く。彼らはイヴたちと合流したのち物資の運搬を終えて急いでこちらに戻ってきたが都市ではクルス教が猛威を振るっていたために中へ入ることができずいた。幸いにも早期に察知できたためケンタウロスでもあるハーフェルは都市の外で様子を伺いラフィークが情報を集めまわっていたようでその時にロゼット達が追われているのを聞きつけていたそうだった。

 急いで彼らをハーフェルの元へと連れていき城門を出ていく。

 外は不気味なほど静寂で雨の降る音しか聞こえてこない。都市の外は暗闇が広がり、かすかに靄がかかって見える。積み荷をハーフェルの馬車へと積む作業の中でかすかな雨の音が徐々に遠のいていく感覚に襲われるロゼット。疲れからきているのかとあまり気にしてはいなかった彼女だが、その中で聞こえてきたのだった。驚いて暗闇の広がる外へと振り向くが何も見えない。彼女の様子に気づいたシェイドは急ぐようにと声を掛けるが今度は言葉を返した。


「聞こえたの…‼」


「何がだよ⁉」


 豪雨は激しさを増し会話もままならない状況だというのに彼女にはそれが聞こえたのだという。『あの時』と同じように。再び暗闇へと振り返り、彼女は少し前へと歩き出すと再び周囲の音が少しずつ遠のいていく。それは今度はシェイドにも襲い掛かり、彼も彼女の方を見つめ続ける。すると耳の中に弱々しく悲痛な泣き声が聞こえてきた。目を凝らしてみると暗闇の中に浮かぶ人影。

 その影はゆらゆらと動き、やがてはっきりと見えてくる。それは紛れもなくあの城壁で現れた『黒い少女』の姿だった。爛れたような黒衣を身に纏いながら、薄汚れた金色の髪。まるで時が止まったような感覚にロゼットがシェイドの腕をつかんで現実へと引き戻される。

 気づけば肩で息をして二人でびしょ濡れになりながらも顔を見合わせて馬車へと戻っていく。


「…っ バンシーか…」


 ハーフェルも驚いた表情でその姿を見ていた。兵たちも警戒はしつつも『黒い少女』に何かするわけでもなく、ただそこにいるだけで実害があるわけではないからだ。妙な緊張感に包まれながらも彼らは息をひそめて急いで荷物を積み終わりようやく出発しようとした―…その時であった。


 城壁から放たれた銃声。銃弾がバンシーの頭部に直撃すると同時に倒れこむ。さっきまで泣いていた声が糸が切れたように途切れて、城壁から『クルス教徒』達が続々とやってきた。一同が唖然としている中で西門の指揮官と思わしき人物が彼らを糾弾する。


「なぜ手を出した⁉ あのまま放っておけば良かったものの…」と言う指揮官の背後から笑いながらやって来るナーヴ。


「軍人とは思えない言葉だね。魔物なんだから討伐しなきゃ、なんのためにあんたたち防衛線を敷いてるんだよ。馬鹿か?」


 小馬鹿にしたような物言良いで彼の言葉を無下にする。そしてロゼット達を逃がそうとしたことも彼は指摘し、同じくただの『魔物』としてしか見ていない彼らはロゼット達をも囲い込み確保しようと動き出す。クルス教徒達に囲い込まれ、逃げ場を失う。戦ってでも逃げようと武器を手にする。城壁の軍も彼らに対して刃を向け一触即発の空気が漂う中で先ほど銃弾によって倒れたバンシーがむくりと起き上がったのだった。

 それを見ていたクルス教徒一同とロゼット達は恐怖で凍り付きながらも、ロゼットだけは違うものが見えていた。額から赤い血を垂れ流しながら、やつれた顔立ちの少女。悲しみだけが広がる悲痛な表情で何かを渇望、懇願するような眼を向けていた。


「え…?」


 ロゼットがその表情に戸惑いながらも彼女に向かって何かを伝えようとしたが、引き裂かれるような強烈さを持つ奇声に我に返る。目の前が今度は阿鼻叫喚の地獄へと変わり現実へと叩きつかれた。次々と屠られるクルス教徒達。体が引き裂かれ、銃弾飛び交う中まさに電光石火の如く速さで次々とクルス教徒を屍へと変えていく。ラフィークはこのまま騒ぎに乗じて脱出を図ろうとハーフェルに指示を出すが、暴れるバンシーに引き裂かれたクルス教徒の死体が弾丸のような速さで馬車の車輪に激突し破損。

 そのまま馬車は態勢を崩してロゼット達は地面に投げ出される。


「くっそ…余計なことしやがって…‼ バンシーはこちらから手を出さなきゃ何もしてこないってわかってんだろうがっ…!」


 ラフィークの言葉の通り、バンシーはただそこにいて泣いているだけの魔物。それはカブスも経験していることで危害を加えなければ何もしては来ない。だがクルス教徒にとってはそれさえもただの『邪悪』という対象でしかないのだ。暴れだしてしまった以上、軍も応戦せざるを得ない。飛び交う銃弾の中でも次々と死体の山を生み出していくバンシーの姿にロゼットは先日のことを思い出しながら目を向けていた。焼けるような赤、痛々しい血の涙を流しながら人々を引き裂いていく姿にロゼットは胸を締め付けられるような思いに苛まれる。


「違う…こんなこと…望んでない」


 そしてカブスの言葉も思い出す。


『あの少女はただ…死に対して悲しんで嘆いていただけだった』


 ロゼットは拳を強く握りしめて戦火へと飛び込んむ決意をする。剣を握って銃弾が飛び交うバンシーの元へと立ち向かっていく。

「ヴぇ、ヴェルちゃん⁉ 何考えてるの‼ 戻って…‼」というシンシアの呼び止める声を振り切り、バンシーを止めるべく彼女は剣を構える。シェイドも叫んで呼び止めるが馬車に足が引っ掛かり動くことができずにただ見ていることしかできなかった。

 そのバンシーに対して向かっていく影。それに察知した彼女も鋭利な爪で弾き返すと影は滑走しながら着地。その正体はナーヴ。彼もバンシーとの邂逅と状況が変わることを望んでいたようで手甲を展開させて自らの運動能力を見せつけながら戦う。不敵な笑みを浮かべて交戦するナーヴとは対極的にバンシーは血の涙を流しながら絶叫し続けている。豪雨の中、対照的な者の戦いが繰り広げられ援護に加勢するクルス教徒は一瞬にしてバンシーによって血肉片と化す。

 人の死を何度も見てきたロゼットでも肉片や血しぶきが飛び散るこの光景には辛く、直視できないもののバンシーがナーヴに討伐されることを阻止すべく戦闘の真っただ中へと直進。この時からナーヴに対して抱いていた嫌悪感が初めて鮮明なものへと変わった。


「わ、笑ってる…?」


 同じ信者が無残にも葬られていく様の中でも彼は笑い続けていた。それどころか他の信者が二人の戦闘に巻き込まれて息絶えようともまるで意に介さない。ナーヴは激化する戦闘の中で信者の一人を身代わりにしてバンシーの爪による強烈な引き裂きを躱し、ロゼットはそれに対して強い怒りを覚えた。

 同じ信者であったバンシー討伐どころか今も同じものを信じる人を人形のように、人としてさえ扱わない彼の行動。怒りの矛先を彼に定めながらもあくまでロゼットが狙うは目下の黒い少女。彼女は手を正面へかざしながら火炎の弾を数発撃ちこむ。

 自分たち以外の敵意を察知した両者は攻撃の手を止め、ナーヴは躱し、バンシーはそのまま腕を振り回して薙ぎ払う。弱小な魔法などかえって二人には何の効果も与えられず、それでもロゼットは再び炎を放つのだった。

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