第94話 主従

 ドラストニア国境近辺まで来た時点でもうすでに夜が深まり魔物が活発に動き出す頃合い。剣歯虎のパルサー、地竜のサルタスが並走しながら国境沿いまで駆け抜けるも周囲を少し気にしているのか落ち着かない様子を見せる。深夜の森林の中、木々を躱しながら進んでいく二頭の息も僅かに荒く疲労の影響かと思われる。


「随分と走らせてしまったわね」


 シャーナルは呟いてパルサーの首を撫でる。


「兄者‼ 国境超えるまでもうちょいだろ? 帰還したら酒でも呷ろうぜ」


「帰還するまでが任務だぞマディソン。気持ちはわかるがな…」


 少し笑って答えるアーガストも余裕の表情。長旅で三名とも疲労も溜まっており、今すぐにでも安らぎの床へ就きたいと身体も重く疲弊しきっている中で思い思いに帰還後のことを話す。少し呆れつつもシャーナルも疲れた様子で僧帽筋を解すようにしていると後方から迫りくるものの気配に反応し振り返る。

 深夜の闇に紛れ込むように黒い体色をした魔物に跨り漆黒の衣装を身に纏う追手。


「お出迎えかしらね」


「ちっ…三名様お帰りなんだから黙って帰せばいいだろうが」


 冗談が板に付いてきたのか二人口を揃えて言い放つ様にアーガストも思わず目を丸くしている。というよりもこの状況にどこか既視感を感じつつも得物を構えて反撃意思を敵側に見せつけ牽制。先に仕掛けるは追撃部隊。彼らの意思など関係なくただ任を果たすためという様子で無表情で部隊を左右展開。挟撃を行う陣形で左右から銃弾が飛び交う。マディソンはすぐさまシャーナルを庇い、両腕の大盾と肉体を持って防ぐ。アーガスト得物で弾きながらも龍鱗のおかげでほとんど外傷は見られない。

 相手の陣形を崩すべくアーガストは後方へと下がりつつ、部隊本体へ接近を試みる。


「うっとおしい、銃弾なんざ効かねぇよ」


 彼らに銃弾が通じないと即座に判断し左右に展開していた部隊はそれぞれマディソン、アーガストに張り付くように分散。銃を中折れさせてスピードローダーを用いて即座に装填。


(新兵器…)


 その様子を見ていたシャーナルは心の中で呟く。他国との接触にあまり積極的でもなかったガザレリアに即座に装填できる銃の開発ができるほど発展していたのかと考えると脅威以外の何者でもない。

 そして追撃部隊は新たに弾を込めた銃口をシャーナルたちへ向ける。マディソンは同じことをやっても無駄だと高を括っていたが、精鋭と思われる部隊が通じないとわかっていながら同じ行動をとるとは考えられない。


 放たれた銃弾、小銃からは先ほどよりも激しい赤色の発光。僅かに爆発混じりの銃声が響き、その音で先ほどのものとは違うと周知できるほどであった。


「「マディソン‼」」


 シャーナルとアーガストの声が同時に響き、マディソンも銃声から察知して回避行動に出るが弾速も先ほどのものとは比較にならないほどの速さでマディソンの肩を掠めていく。強い衝撃が加わり七尺を超える屈強な肉体を持つマディソンがグラつき、パルサーも僅かにだがバランスを崩して小さく吠える。パルサーもマディソンを乗せて走りきることができるほどには屈強な肉体をもっているためすぐさま態勢を整えるも、蓄積した疲労のせいか速度も普段よりも落ち着きすぎていた。


「大丈夫なの⁉」


 マディソンの肩は直撃こそ免れたものの火傷と擦り傷のような痕が残る。これまで銃弾や消化液をまともに受けても傷一つ付かなかった彼の屈強な肉体。掠めただけでわずかだが傷を付けたことで彼らの間で動揺が広がる。オークだからこの程度の傷で済んだものの人間のシャーナルがまともに直撃していれば部位欠損どころの話ではない。


「ただの弾じゃない…‼」


 運動面ではマディソンよりも自信のあるアーガストだったが頑強さにおいては彼のほうが優れている。そのマディソンの肉体に傷を付けたことは彼にとっても衝撃であった。新たに込められたその銃弾が先ほどと同じように乱射され、マディソンは大盾で弾き返すことに専念。一方アーガストも回避に専念しつつ迎撃の機会を見極めて打って出る。持ち前の機動力を生かして、サルタスから飛び降りて自身の脚で飛び跳ねるように翻弄しぐいぐいと距離を縮める。


 僅かに槍が届く距離まで迫る。黒衣を纏った精鋭の兵士の目だけが煌めくように赤い眼光を放ち、銃口を向ける。トリガーを引き、瞬きをする間もなく放たれる弾丸に対してアーガストの眼光が鋭く突き刺さる。擦れるかどうか僅差の距離を体を捻じり一回転させて躱し、そのまま遠心力を利用し槍を一気に叩きつける。球体部分を首に直撃させ、鈍い音共に兵の首があらぬ方向へと曲がりそのまま地面へと堕ちる。すかさず、勢いに乗じて高く飛び跳ねて軽く飛翔してから追撃部隊へ槍を叩きつける。流石に追撃部隊もこの攻撃に対しては反応して分散、各個に反撃態勢を取る。四方から固められて攻撃されてはアーガストでもひとたまりもない。『多勢に無勢』―…そう判断した彼はすぐに退き、サルタスと合流。

 マディソンも右腕の大盾を戦斧へと変形させて、左腕でパルサーの手綱を操りつつシャーナルを守り続ける。シャーナル自身も隙を見てはクロスボウで応戦する。マスケットほどの弾速はないものの、装填時間の短縮が可能かつ消音効果も持つため死角からの攻撃が可能。やはりシャーナルを狙っているのか彼らへと向けられる兵力は多くマディソン一人でも防戦を強いられ苛立ちを見せる。


「ちっ…調子に乗りやがって…‼」


 苛立ちの声を上げるマディソンに落ち着くよう訴えるシャーナル。追い込まれた状況の中でも彼女は至って冷静だ。というより、むしろ追い込まれているのは彼らの方だと言わんばかりの口調で淡々と彼らに指示を促す。


「そのまま引き込めばいい。あと四半里もないわ」


 後方でアーガストは本体と激闘を繰り広げる中で地震は防戦。シャーナルの言葉は尤だが内心は納得できている様子ではない。

 そして最後の『詰め』と言わんばかりに再び左右から彼らを捉えて、小銃を一斉発射。マディソンは痺れを切らして大盾の力を開放し同時に蒸気のような煙を上げて飛んできた銃弾を弾き返す。数発の強力な弾丸は振動を受けて明後日の方向へと飛ばされ中にはその流れ弾が精鋭部隊数名に命中し腕やら、首やらが直撃で吹き飛ぶ。

 そして展開されていた戦斧を巧みに操り命中を避けるために銃弾のみを一刀両断。逸らされた弾道、半分に切られた弾が僅かにマディソン顔を掠めていく。そして戦斧を回転させながら銃弾を今度は弾いていく。止まぬ銃弾の雨を掻い潜った先、木々を抜けて遂に目的の場所にまで到達する。


 マディソンはパルサーから飛び降り、滑走するようにして着地するが彼の重量もあって地は抉られ砂煙も巻き起こる。シャーナルを乗せたパルサーも徐々に速度を落として後方を振り返るようにして立ち止まった。マディソンとの間は距離を開き二百メートルほどで、少し遅れて後から続くように追撃部隊が森林を抜け出しその場で行動を停止。シャーナルとはずいぶんと距離を開いているものの小銃の射程圏内であるためかまだシャーナルをその眼に捉えている。その間に挟まれる形で立ちはだかるマディソンが険しい表情で彼らに鋭い眼光を向ける。シャーナルもパルサーから降り立ち追撃部隊に向けて言い放つ。


「諸君らはドラストニアの主権領域を侵犯している。直ちに退去するのならこちらも追撃はしない」


 シャーナルが端を発したその時、一瞬の内に追撃部隊の一人が小銃を向けてトリガーを引く。


「命を粗末に―…」


 彼女が言葉を終える前に放たれた銃弾は彼女の顔を僅かに掠める。銃弾との距離は掠めるような僅差ではないにも関わらず彼女の白い頬からは潜血。掠めた弾丸を横目で見たまま、今度は憐れむような表情を向ける。追撃部隊の背後からはサルタスが勢いよく森林から飛び出してきた後に踏みしめる足音を立てて、暗闇から姿を現すアーガスト。普段の冷静かつ温厚な様子はそこにはなく、見開いた眼に鋭い瞳孔が浮かんでおりその表情は爬虫類を連想させる。追撃部隊の一人の頭を掴み引き摺るようにして彼らの元へとやってきた彼は追撃部隊に向けて動かなくなった隊員を投げ捨てる。彼は追撃部隊を退かせる意図で死体をわざわざ運んできたがそれもどうやら徒労に終わってしまったようであった。

 シャーナルの後方より向かってくる馬群の足音に一同は気づき、追撃部隊の残党の命運はこの時決まってしまった。シャーナルはせめてもの情けとしてマディソンとアーガストに始末を任せると発する。


「誰一人として生かして返すな。彼らもその方が本望だろうに」


 その言葉を受けるようにして二名は部隊に向かって歩みを進める。彼らの歩みはやがて疾走へと変わり、銃弾が飛び交った。前後より迫りくる鬼と竜によって部隊は瞬く間に血の海と化し、銃声は悲鳴へと変わりもはや戦闘とも呼べない、一方的な『処刑』のようであった。シャーナルの元へ救出部隊が到着した頃には二人の鬼と竜、そしてもう一頭の竜以外に立っている者はおらず、肉の塊と鮮血だけが広がっていただけだ。シャーナルの元へ駆け寄る指揮官が本人かどうか確認をして迎えに上がったと告げる。その後方から一際大きな声で彼女の元へ仰々しく駆け寄る騎士の姿があった。


「しゃ、シャーナル皇女殿下、お出迎えい馳せ参じました。大変遅れてしまい申し訳ございません‼」


 少しばかり鬱陶しそうな表情を見せたが「ご苦労」とだけ吐露、パルサーの頭を撫でて「あなたもご苦労」と伝えてマディソンの元へと還す。二人は彼女たちの方へと向き、戻ってくるパルサーを軽く叩いて応えるマディソン。


「あの者たちはいかがいたしましょうか…?」


「あれらは私の従者よ。接触も詮索も不要…」


 兵士たちに通達してマディソンとアーガストに向けてわずかに笑みを零して馬車へと向かっていく。彼女なりの労いだったのだろうかと、マディソンは顔についた血を拭ってからパルサーへと騎乗。アーガストはというと兵士たちの顔ぶれの中に不穏な『存在』を見たのか警戒を解いていない。彼の様子を察したマディソンは「…またやるのか?」と尋ねるが一応味方である彼らに刃を向けるわけにもいかない。先ほどの一方的な戦闘でマディソンはまだ暴れ足りないようであったが、アーガストはあくまでも今回の任を全うすべく彼らから距離を置いて追従する選択を取った。


 一方で彼女に取り入る騎士は衣服が汚れて破れていたことに気づきすぐに替えを用意すると喧しいがそれにも慣れたように不要だとシャーナルは返す。馬車へ向かう途中に横目で跪く兵士の中にいた人物たちに『やはりか』といった様子で彼女に甲斐甲斐しく付いていた騎士に対してアーガスト達の護衛にあたるように伝える。


「なぜですか⁉ 私は皇女殿下直属の騎士。我が家系も直属の配下です。それなのに護衛さえも外されては示しが…」


「お前は地位や名誉のために王家への忠義を捨てる不義理だったのか?」


「け、決してそのようなことは…」


 彼女に突き放されると慌てて跪き任を受ける。


「フランツ・ドワイド卿ならびに貴殿の傘下の部隊に命じる。我が家臣もとい、ゴンドワナ卿とドラゴニアス卿の護衛という任を身命を賭してあたりなさい」


 彼女が言い終えると渋々頭を下げる。ドワイド卿の率いる部隊は武家としては名門である彼らの家の出で固められた精鋭中の精鋭。シャーナルのお膝元で護衛をさせるならともかく彼女の従者を対象とするのは異例であったことから周囲の兵もざわつくが同時に他の武家にとっては好機でもあった。シャーナルの護衛には別の名家の兵士たちが任されてドワイド卿は苦悶の表情を浮かべていた。

 シャーナルは馬車へと入ると一行は進行を開始して、ようやく一息つくことができた。


「隠すのならもっと上手に隠せないものかしらね…ほんと馬鹿な連中」


 ため息をついて外に目を向ける。その兵士たちとは先ほどの騒ぎで舌打ちをしていた兵士であり、彼女はそれを見逃しておらず彼らに向かって鋭い視線を向け続けていた。クルス教徒の一団がこの中に紛れ込んでいたのも彼女は先の一瞬で気づいていたのだった。アーガストとマディソンがいては当然彼らが黙っているはずもなく、魔物だ敵だと言いがかりをつけて襲撃にかかる可能性も考えられたための対応であった。

 なぜわざわざクルス教までもが今回の出迎えにやってきたのかの真意は彼女にも推し測ることはできなかったが、彼らが動くほどに事態が一変し始めていることに憂鬱な表情を浮かべて星空を見上げていた。彼女が持ち帰った資料をその手に握りしめながら―…。

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