第80話 加速する事態

 漆黒に響く雫の音、そして刃の肉と骨を裂く音が混じり合う。魔物は悲鳴を上げる間もなく息絶えて肉片と血液を飛び散らしながら倒れこむ。アーガストとリーコンは構わず駆け足でシャーナルの後追いをし、暗闇を突き進んでいく。水を踏みしめて弾かれる音と混ざり合うように追っ手の短い足音も伝わる。すぐそこにまで迫る敵をわざわざ全て相手をして逃げる必要などどこにもない。いや、時間がないと言ったほうが彼らの状況を物語る。リーコンが先陣を切り、それに追従するアーガストだが彼もガザレリアの軍人である。彼の全てを信用できるほどアーガストは身の内を知らない。警戒しつつ彼の背後を取っている間は下手真似は出来ない。ましてや彼よりも遥かに巨体を誇るアーガスト相手に単騎で挑むのは無謀、それは彼自身もよく理解している。


「アーガスト殿! この先を行けば皇女殿下に追い付ける。追っ手は私がなんとかする」


「一人でどうされるおつもりだ?」


 心情としてはアーガストも彼に後ろを取られるのは気が進まない。それにこの先に向かったところで本当に外へ出られるかも不明。行き止まりを掴まされて包囲される可能性もないとは言い切れない。地形が分からない以上、暗闇でも視界が利くアーガストでも迷宮のような水路では先の見通しまでは見えるわけではないが―。


 アーガストの問いかけに彼は頷いてみせて、追従した手前信用もしないわけにもいかず相槌を打って彼の示した水路を走り抜ける。シャーナルに追い付かなければ脱出もままならない、信用できるかどうかも不明なリーコンの行動。短い時の中で一瞬で考えを巡らせ取捨選択し即決。案外考えるよりも直感の方が信用できるものだと、彼は示した水路そのものはおそらく脱出路だということは直感的に分かっていたようにも見えた。


 そして貨物駅へとたどり着いたシャーナルは兵達に誘導されてドラストニア行きの貨物便。開いていたコンテナに乗り込んで外の安全を確保するために彼女を置いて兵達は分散して見張りに向かう。走り通しで慣れないブーツだったためか少し靴擦れを起こして顔を顰めながら壁に手をかけながら足を揉む。


「本当…皇女のやることなのかしらね。全く…」


 愚痴を溢すように小言を吐きながらも腰をかけることはなく、周囲への警戒は怠らない。単独行動の現在が最も不意を突かれやすく、とは言い切れない兵達は彼女の居場所を把握していることもあって連中にとっても彼女を狙い撃ちできる好機でもある。それでも張り詰めた緊張感の中で彼女は物怖じ一つしない。現状を探るためにコンテナの扉を僅かに開けて、外の様子を確認がてら警戒。ついでのような感覚で『拝借』してきた資料を片手に調べながら聞き耳を立てて貨物列車の中を物色するように見回す。見たところは特に異常もない一般的な貨物輸送の車両で少しばかり香ばしいのが気になる程度。


「香辛料かなにかかしら…」


 少し鼻につく匂いに色々と入り混じっており嗅ぎ分けながら物色を続けていると外で動きがあったようで身を顰めて様子を伺いつつ書類に目を通していた。内容は魔物の生態調査と経過観察のようでパラパラと通し見するように捲りながら一瞬で記憶していく。内容を読み進めていくうちに彼女の表情は険しくなっていく、それと同時に兵達の会話が耳に入り一瞥しつつ作業の手を緩めない。それは先ほどの兵達とは違いガザレリアの手の者で貨物駅にまでその範囲が行き届いていたのだった。


「積荷のチェックは?」


「最終がさっき終わったところだ。逃亡犯が水路を使ってるようだしな念入りにしとかないとまたどやされるぞ」


「鼠の駆除ってわけか。皇女殿下は保護対象だが…魔物を二頭引き連れてるって話だな」


「問題ないだろ。あのフローゼルから来た連中は喜びそうだが…目下は皇女殿下だ」


 魔物呼ばわりされて少し目を細めて兵を睨むように強い視線を送るシャーナル。彼女の心境がどんなものかは計り知れないが、少なくともガザレリア側が自身に危害を加えるつもりはないようだがこのまま無事に帰すつもりもないらしい。


 ガザレリアでの任は既に終えている。この場に留まるつもりもないし彼らが自身を人質に交渉材料とすることも目に見えている。シャーナル自身がドラストニアの足枷になることだけは彼女にとっても都合が悪い。こうして動く事もできずに様子を伺っているとまた一人と兵が集まり警戒態勢が敷かれ始め、警備が強化されより動き辛い状況へと変わる。このままこの貨物列車で脱出という算段なのだがどうもここまで上手く行き過ぎていることに疑問を感じていた。


 なぜわざわざ何の得もないのにリーコン達が協力的なのか。単なるアーガストとマディソンとの情を優先して国家を裏切ることなどあまりにもリスクが高すぎる上に理にかなっていない。ともなれば現体制転覆を狙う派閥による反抗とも考えられるがその線も薄いのではないかとシャーナルは思慮を深める。見たままの表面上では国家体制に対して反旗を翻すような対立派閥は確認できない。この辺りは法治の点で事細かに張り巡らされていることもあるので下手な動きを表立って見せることが出来ないというものだろう。実際には水面下で体制打倒の勢力が潜んでいてもおかしくない、というよりも現体制が彼女の目には異常に映っている。ただ側近の人間でさえシャーナルと権威への誘惑に陥るようでは国そのものを信用できるものではない。


 だからこそ彼女達を罠に嵌めるためにリーコン達のこれまでの行動があってもおかしくない。


 しかしながら、あの場で彼らと協力する以外の選択肢はなく、この状況では下手に動けない。アーガスト達が突破さえすれば脱出自体は可能である。


 次に備えて一通り目を通した資料をしまうと同時に貨物列車が動き出し、車内が揺れる。と同時に兵の一人がこちらにやって来るなり「こちらを」と彼女に紙のメモを渡してすぐにその場を立ち去っていく。列車はそのまま線路を移動し、しばらくしてから汽笛を鳴らして動き出した。貨物列車で移動するのは初めてのことだが通常列車とは違いかなり乱雑でコンテナ内部も揺れ動く。立っていられなくなり膝を突くと同時に列車が発車を開始、それと同時に後方より声が響き渡る。


「…! 来たわね」


 兵達の駆け足と共に聞こえてくる叫び声と銃声に反応するシャーナル。動き出した列車に向かってアーガストは単身突破、高い跳躍力と腕を前足のように使って車両を次々と飛び移る。


 汽笛を鳴らし、勢いよく蒸気が噴出しながら動き出す列車に「間に合うか…!?」と彼らしからぬ焦りを見せつつシャーナルの乗る車両へと飛び乗った。車両が揺れ何かが飛び乗ったことに気づいた彼女はコンテナを開いてアーガストを中へと招き入れる。ガザレリアの兵は制止するように列車に向かって発砲するも既に動き出した列車は止まる気配を見せずに速度を上げて線路の彼方へと姿を消してゆく。


 しかし追撃部隊を送り込んでくる気配は見られない。警報を鳴らす素振りも見られず列車はそのまま地下トンネルへと。あれだけの銃撃で運転手も気づいていないわけはないだろうとアーガストも気がかりである。


「追っ手は来ないか」


「列車が停止しなかったのも気がかりね…。嵌められた?」


 揺れ動くコンテナ内部で二人は顔を見合わせて互いの意思を確認し合う。彼女がマディソンに関して言及するが彼らの相棒と行動していると返し、こちらの騒ぎに軍を集中させたので上手く脱出できたと思われる。アーガストは彼女の意思を汲んで車両上部へと飛び移り、器用に先頭車両へ向かう。


 シャーナルは彼の帰還を待つとともに少し腰を下ろして一息つく。心身に余裕を持つことができたのか、香辛料の中から微かにだが別の匂いを嗅ぎ取る。


「…?この匂い」


 そしてアーガストは腕を前足のように扱いながら巧みに車両を飛び移っていくが先頭車両に近付くに連れて人の気配を感じないことに違和感を覚える。武器を手に運転室へと飛び移ったが…。


「誰もいない…?」


 運転台には誰もおらず先ほどまでボイラー作業がなされていたのか、散らかっている形跡が見られる。列車が大きく揺れて零れ落ちた石炭が前方へと転がっていくのを見て、車両が下りその速度を増していくのを感じ取る。雪崩の如く加速していく列車に直感的に嵌められたことにようやく確信を持ったアーガストは急いでシャーナルの元へと向かう。同時にシャーナルの元でもコンテナが揺れ動いた際に倒れた樽から黒い粉が目に飛び込んできた。


「火薬…!? アーガスト!!」


 トンネルを抜けて、外は鬱蒼とした森林が続く中で彼女達が気づいた頃には列車は速度を増し続け飛び降りることが困難な状況。線路上に設置された爆薬へと列車は死のカウントダウンを刻むように加速を続けていく。


 一方ガザレリアの森林地帯ではリーコン達とその部下による部隊が合流を果たして、状況確認を行っていた。遠方で爆発が起こったこと知らせるかのように振動が伝わり、北部の方で煙が上がり火の手が回っていることを確認し合う。


「隊長、上手くいったでしょうか?」


 部下の一人が彼の顔色を伺うように訊ねると彼は「困るのは俺たちだろう?」とだけ答える。彼は隊に追撃、捜索の命は下さずにそのまま帰還するように促した。


「夜も深まる。これ以上は危険と判断。どちらにしろ精鋭が追撃部隊として送られるだろうし俺たちの役割はここまでだ」


 軍からは追撃命令を受けていたようだが兵達も何の迷いもなくリーコンに従いそのまま帰還してゆく。去り際にリーコンだけが振り返ると何かに伝えるように呟いた。


「…役割は果たしたからな」


 深夜の森林でも分かるほどもくもくと上がる煙を見つめて彼はその場を後にした。



 爆炎と煙が上がる森林。列車は無残な状態となり人が乗っていればとても生存者がいるとは思えない惨状。森林に火の手が回るが湿度の高いこの地域での大火災にはつながることはないだろう。


 だがそんな黒煙から二頭の躯体が勢いよく飛び出してくる。黒い体毛に覆われた巨体の剣歯虎と僅かな体毛を持ちながらも龍鱗が目立つ地竜の『サルタス』。それぞれの主とシャーナルを乗せて深夜の大森林を駆け抜けていく。彼らにとってはこちらの環境の方が適しているのかはたまた、しばらく活発に動けなかった反動なのか、それとも夜行だからなのかその動きには普段以上の力強さを感じられる。


「助かったぞサルタス」


 愛竜に跨りながら頭部を少し撫でてやるアーガスト。短い鳴き声を上げて答える地竜。シャーナルもマディソンにしがみ付きながらの剣歯虎に跨り無事の様子を見せる。だが、彼が一体どうやって彼女達の居場所を突き止めたのか。


「よく私達があの列車に乗っているとわかったわね」


 シャーナルの疑問に対してあたかも当たり前のようにマディソンは答える。彼曰くリーコンの部隊の者と合流し、この列車の発車時刻と共に脱出するように言われ彼女達を回収することが目的だったようだ。マディソンの話を聞いて余計に彼女達の中で疑問が深まる。あの列車は少なくともリーコンの部隊の人間に案内、用意されたものだった。シャーナル達を罠に嵌めたように軍に見せかけたのか、それとも失敗した時の保険を残してマディソンに合流させたのか或いは列車爆破で共々巻き込む算段であったのか。


 アーガストも疑問を口にするが、シャーナルは答えは渡されたメモにあると考えを開くことにする。内容は地図であったがそれは北部を目指してそこからフローゼル領へと入り込みドラストニアへと帰還するルートのようでもあった。罠か否か、実際に行ってみなければ分からないしどちらにしろ行きに使った正規ルートはガザレリア軍の包囲網が敷かれていると想定され使う事はできない。


「罠やもしれませんぞ?」


「それでも他に退路はない。飛竜もない今では救援要請もできないでしょう。ここまでわざわざお膳立てした連中がこのルートを使わせてわざわざ嵌めるなんて手間の掛かる事もするとも思えないわ」


「だが信用はできねぇんじゃねぇか?」


 マディソンの言うとおりでもあり、疑惑は余計に深まっている。当然裏はあると警戒はしているためにそれに備えて関所を通らないルートも幾つか思案には入っている様子。二人に当面は北部へと目指すように命を下し、再び彼女は持ち帰った資料に目を通した。これが事実であればドラストニアでは大規模な事態が起こっていると予想され彼女も内心焦っているのか、普段以上に口数が少なかった。そのことを察していたのか二人は互いの相棒の歩みを速め、彼らは漆黒の大森林を駆け抜けて行った。



 ◇



 ミスティアで野営地を作り、そこを前哨基地としているポットンと彼らに追従する大部隊が集結し、魔物の討伐結果と被害状況の報告に勤しんでいる。軍関係者も集まり各地からも軍の部隊も派兵され総数一万ほどの大所帯になりつつあり、更に部隊を分けて再編を行う。イヴたちも彼らの元へと到着すると先に物資運搬で呼び出されていたラフィーク達と再会する。彼らは集落から荷物の運搬もあったために襲撃の際にはすでにあの場におらず難を逃れていたと互いに無事を確認しあう。ただロゼットがいないことにハーフェルが疑問をぶつけたのだが…。


「そうか…けど装備品は見つからなかったんだろう?」


「ええ…無事でいて欲しいとは思うけど今の状況では捜索さえもままならない」


「これだけ兵力もあるのだから、何人か借りて捜索に駆り出てもいいんじゃないか?」


 彼女が王位継承者と話したところで誰も信じる事はないだろうし、それにあくまで王位継承者の候補の一人であって正式な『国王』ではない。彼女がいなくなれば他の候補者がその座につくだけの話である。そちらよりも現場の魔物討伐を軍は優先するだろう。彼女はここで補給を行った後に捜索の再開も兼ねて魔物討伐へと向かうつもりでいたのだが、野営地から戻ってきた隊員からの報告を受けて表情が曇る。


「兵の補充はなし!? これだけ兵力が集まったのに、そのうえこちらは半分以上もやられているのよ?」


「何度掛け合っても同じ返答とのことで…」


 疑問と憤りを持った彼女は直接野営地へ問いただすために強い足取りで向かっていく。


 野営地では作戦会議が展開され大部隊を十に分けて北へと追い込む形で討伐作戦を展開させるものであった。火器火力も補充され中型の魔物に致命的な一撃を与える事を可能とした『榴弾砲』を揃える事が出来、これを以って一掃する。着弾と同時に爆発することで甚大な被害をもたらすという代物。この榴弾砲はポットンと親交を深めた商人のラムザによって配備されたようである。その殺傷能力および破壊力も既に実証済みであるようで彼らも投入されることに期待を抱きながらも同時にそれぞれの思惑も存在していたようだ。


「ブレジステン殿、こちらに配備される砲台も増やしていただきたい」と小太りの中年男性が主張する。何処かの武家出身なのだろうか心なしか言葉も強く根っからの軍人のように映る。他の武家貴族達からも同様に声が上がり、新兵器として投入される榴弾を欲しているようにも見える。そんな様子を陰で見ていたイヴは辟易するように溜め息をつき、見たくもないドラストニア内部に蔓延る利権争いを垣間見る事となった。


 そして指令と思しき初老の男性と目が合い彼女は軽く会釈すると指令は大袈裟に挨拶を行い他の諸侯、指揮官にも紹介を行う。


 大袈裟な紹介に加えて自身の存在を利用するように行われることに対して内心嫌気を刺しつつも愛想笑いで答えるイヴ。そしてポットンも同じように彼の隣に並び立ち紹介する。大方、身元が割れているのもこの男が原因だろうと僅かに目を細めて一瞥した後に紹介で周囲がざわつく中で彼女は耳打ちするように指令に対して増援と補充を要請を試みる。


「王女殿下、自ら進んで事にあたられるのは素晴らしい限りです。同盟国として感謝致します。しかし王都では指揮権を与えられようともここはドラストニア、諸外国の姫君に自国の兵力を預けられましょうか? ましてや最新兵器もございますのに」


 一刻を争う事態に直面してるにも関わらず利権に縛られその上彼女達の腹を探るつもりでいる。他国のスパイと思われても致し方あるまいが王都からの直接命を下されてのことなのは相手にも知れ渡っているはずなのだが。


「砲台のことでしたら必要ございません。ですが流石に現存の兵力では討伐は愚か探索でさえ困難です。それに王都から直接私はこちらで任を受けていることもご存知のはずです。王家の意向に反するとおっしゃるつもりですか?」


 イヴが詰め寄るとポットンが彼女と指令の間を取り持つように割って入る。すると彼は自身の部隊から兵を割いて増援を送ると彼女に確約し、武装の補給を行うように指令と交渉を始めた。


「榴弾砲と小銃に関しては生産ラインも直に整います。王家に対して発言権を得る機会に大いに役立つかと」


 彼らの間で耳打ちするように会話が行われ、要請に来たイヴにはその内容は聞こえなかったが会話の節々から感じ取ったものに眉を顰める。彼女達が補給の約束を取り付けた後に伝令が突如舞い込んでくる。飛竜で届けられたもので指令は受け取り、横でポットンはあまり良い面持ちではないが文面を読んで表情が一変。


「王女、貴女宛でもございます」


 ポットンはそう言って彼女に書簡と袋を渡す。袋の中に入っていたものは王家のペンダントでそれは紛れもなくロゼットのものであった。言葉を失い、同時に書面を更に読み上げて概要説明を始めた。


「魔物が群となって北へと向かっている?」


 北上しているという報告は先遣の部隊からも幾つか上がっていたようだが、それが群れとなって一直線に目指しつつあるとの一報で事態が急速に変化しつつあることをこのときになってようやく一同は理解することとなった。この地域での魔物はほとんど狩りつくされたようで前哨基地としてこの野営地が作られたそうだが、実際には魔物のほとんどは北上しているためであった。


「その数は?」


「把握されてはおりません。しかし大方予想はつくかと思われます」


 イヴは事実を淡々と話す。その様がかえって不安を仰いだのか諸侯たちはざわつき、中には想像して言葉を失う者もいた。怖気づく諸侯に対して檄を飛ばすように声高にポットンは部隊編成と討伐準備を急ぐように促す。


「何を怖気づいているのです!? こうしている間にも王都へ向かう先々で都市や集落も被害が出ているやも知れません。一体どれほどの善良な市民が被害に遭っていることか。ここで力を示さずして王家への忠義を果たせますでしょうか?」


 彼も実戦経験は少ないであろうが、その権威と発言力で諸侯と対等に渡り合っているのを見て少し自分にも思うところを感じるイヴ。目的はどうであれポットンは魔物討伐に精力を出しているのは事実。反目や疑いを向けるよりもまずは協力すべきと考え彼女も彼の言葉に乗り説得を試みる。


「現状の兵力差はございますが王都でも一報は届いています。直接狙われる可能性がある以上、王都の軍も必ず動き出します。我々とで挟み込むことに成功すれば殲滅も十分に可能な範囲に手が届きます」


「国民を守ることも我々の使命ではございませんか?」


 彼女達の訴えに指令は一声を上げて、各員に出撃を促す。テントから出た後にポットンがイヴの元へ駆け寄る。


「協力感謝致します。王女殿下の御言葉がなければ諸侯も沈黙を貫いたままでしたでしょう」


「いえ、貴方の言葉の方が説得力があったからですよ。私は後ろから押しだけに過ぎません。私はので」


 彼らに対する皮肉を込めていたのか冷たくそう言い終えるとイヴは補給を終えてすぐに部隊へと合流。心配して待機していた隊員とラフィーク、ハーフェルにすぐに出発準備に掛かるよう指示を出す。


「あの姫さんは大丈夫なのか?」


「探す手間は省けそうよ。ただ…」彼女少し言葉を濁しつつ言い終える前にラフィークが「問題か」と間に割り込み彼女は頷く。大方の事情を話し終えると隊員たちはすぐにでも向かう準備に取り掛かり、ラフィークも運搬してきた物資を彼女達へと回すように手筈を行う。彼らも付いて来るようだったためイヴは流石に止めに入るが「最後まで付き合う」とだけハーフェルに返される。


「ま、知らない仲じゃないしな。あんたや嬢ちゃん達のおかげで拾った命でもあるしな」


「…ごめんなさい巻き込んでしまって。それからありがとう」


「王女様からそのようなお言葉、勿体無い限りです」


 少しおどけて見せるラフィークに心情的に余裕が持てたのか険しかったイヴの表情からも笑みが零れて、彼女も出発準備に取り掛かる。ここから馬車で魔物を追撃するのは無理がありハーフェルたちで走破するにしても無休で走り続けても十日以上は掛かってしまう。列車を貸し切って停車することなく近辺まで向かうのが得策と考えられた。


 暗雲漂う出発前の轟音。勝利へと導くか悲劇へと向かうのかは誰にもわからなかった。


 そして同じくしてはるか上空―…

 王都へ向かうべく北上しつつある黒い飛翔体。ロゼットは書簡がイヴ達の元へ届いたのかチラチラと振り返りながら心配そうに見ている。彼女の不安を払拭するためにシルヴィアは至って冷静に落ち着いて無用な心配であることを諭す。


「それよりも…」


 シルヴィアがそう言って前方へと黒龍を降下させていく。大地を見渡すとまだまばらで群れとは呼べないものの大量の魔物が一斉に北へと向かって走り出していた。


「す、凄い数…」とロゼットは固唾を飲んで目を丸くしてその様子を見ている。


「まだ時間は掛かるでしょうが恐らくもっと増えると思われます


「どうして王都へ向かっているんでしょうか?」


 ロゼットの問いにシルヴィアも答えることは出来なかった。しかしこれが作為的なものであるのならなにかしらの原因はあると彼女は推測している。魔物の意思ではなく別の意思による行動だとするのなら目的はドラストニアへの侵攻。


「ドラストニアへ戦争をしかけるってことですか!? でも一体どの…」


「国かどうかまでは分かりかねます。勢力、或いは個人かただ彼らの糸を引いている可能性があるとすれば…」


 彼女の言葉にロゼットはこれまで見聞きしてきたことを元に口を溢した。


「ガザレリア…」


 シルヴィアは同意しているという意思を示すように彼女を見ている。目が合ったロゼットもそれを感じ取り「なら全ての元凶はガザレリアなのだろうか?」と心の中で問いかけたが更に物事を深く考え巡らせる。ならその原因となっている根源はなんなのかと考えた時ふと過ぎったものが―…


「あの人…」


 フローゼルで出会ったあの政治家、ホールズであった。彼はガザレリアへ逃げ延びてそしてマディソンとアーガスト達が生活していた集落を襲撃した人物。その手法は魔物を利用したもの。ガザレリアが彼を匿っている可能性も非常に高いことは分かっているためこれ以上にない状況が揃っているもののそれを証明するための材料はない。


「原因はいずれ明らかにされるでしょう。人の秘密など風よりも軽いのですから」


「仮にガザレリアだったとして…王都を魔物に襲撃させることが目的なのでしょうか?」


 ロゼットの問いかけにシルヴィアの答えは半々。


「目的ではなく手段でしょうね。いくら多数といえど魔物のみで王都を落せるとは考えていないでしょう。問題は何故今のタイミングであったのか」


 シルヴィアに逆に問いかけられてロゼットは少し困った顔で考えた後、王都で行われている催しを思い出す。ドラストニアにとっても非常に重要なもの。


「会談を狙って…? でもどうやってガザレリアがそんなことを知って…まさかスパイ?」


「内通者の存在は十分考えられるでしょうね。ただそれが果たしてガザレリアだけでしょうか」


 シルヴィアは続けて、現在のドラストニアの状況を話す。南にはビレフ、ベスパルティアの強国が緊張状態にあり未開拓の森林地帯を挟んでガザレリアも存在している。二国間が領土の主権を巡って争っている中でドラストニアが軍を南下させたという大きな動きを見せることは彼らとしては不安要素になりうる。そうした三カ国を対立軸に巻き込んで得をするのは一体どこかと問われると出てくる答えはおおよそ検討付く。


「ガザレリア…ですか? それともそう見せかけている誰か…」


「まだ不確かなので断言はできません。しかし情勢を見て全体図から何が動きどのような思惑があるのか、知るべきことは尽きませんね」


 知るべきことが尽きないのはエンティアで生きていくためにロゼットにとっても必要なことだ。国が生き延びることも同じことだと知り、自分ばかりが求めるのではなくまず相手が何を求めて行動をしているのかを他者の立場に立って考える。


「相手を知るということは逆に相手の手の内を読むことにも繋がります。国同士の付き合い大袈裟にいえど大規模の人との付き合いと変わりませんからね」


 結局は人同士の付き合いで成り立つ関係であると、利害だけの付き合いで長く成り立つものではないのだ。シルヴィアの言葉と同時に彼女達の身体が浮き上がるようにして黒龍は地上から離れて飛翔。魔物達よりも遥かに速く力強く、ロゼットは風に乗るという感覚を感じながら北へと一直線に突き進む。

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