近くて遠い世界 8
ログイン限界なる警告が現れ、気付いたら宿のベッドで横たわっていた。どうやら、あっちの世界から、こっちの世界に引き戻されたようだ。
「……って、あっちでの身体、どうなったんだろう?」
あの場で抜け殻になって倒れてたら……と冷や汗をかく。せめてあっちの身体がどうなってるか確認しておくべきかも知れない。
そう思ってステータスウィンドウを開くが、ログインの文字は灰色となっていた。理由は分からないけど、いまはログイン出来ないみたいだ。
……仕方ない。アリスかユイがこっちの世界に来たら確認しよう。もし、あの身体が残ったままなら、ユイ辺りが飛んでくるだろう。
と、しばらく待ってみたけれど、問題はなさそうだった。
とにもかくにも一段落ついた。そうして落ち着けば、今日の午後にウォルフの使いが迎えに来ると言っていたことを思い出す。
宿のおばさんに確認したらまだ来てないとのことで、来たら部屋に通してくれと頼んで、出掛ける準備をする。
だが、招待されたとはいえ、よそ行きの服なんて持ち合わせていない。というか、この世界に来たときにすべて失ったので、持っているのは買い足した普段着が数着のみだ。
俺は少し考えた末に、少しマシに見える普段着を身に付け、装備は剣やポーションを持っていくことにした。ウォルフが敵対するとは思えないけど、念のためだ。
それからほどなく、ウォルフの使いを名乗る男が到着した。ガッシリした体つきの男で、戦士かなにかかと思ったけど使用人らしい。
外に馬車を待たせているとのことでついていけば、そこにはティーネの姿があった。俺は軽く挨拶を交わしながら馬車に乗り込む。
「それでは、いまから隣街にある、ご主人様のお屋敷へと向かいます。時間は三時間ほどを予定しております。わたくしは御者台におりますので、なにかあればお呼びください」
「ああ、ありがとう」
使いの者にお礼を言うと、ほどなく馬車が走り出す。
「ア、アルベルトさん、馬車、馬車ですよ」
「ああ、馬車だな」
「私、馬車なんて初めてです!」
ティーネは青い瞳をキラキラさせながら外の景色を眺める。だけど、ふと思い出したように不安な顔をして俺を見た。
「あの……こんな服でよかったんでしょうか?」
「ん~良いんじゃないか?」
ティーネはワンピース姿で、胸元に母親の形見のペンダントをつけている。馬車に乗って向かうような家に行くには不安かも知れないけど、少なくとも俺よりは大丈夫だろう。
「ティーネがアウトなら、確実に俺もアウトだ。それにウォルフの性格を考えれば、たぶん大丈夫だと思うぞ」
ティーネがお金に困っているのを知っているのに、服装で文句を言うとは思えない。それに、もし服装がアウトなら、迎えの者がなにか言ってるだろう。
「そっか……そうですよね」
ティーネは少しだけ安堵するように息を吐いた。たぶん、俺と合流するまで馬車に一人で不安だったんだな。
「そういや、アリスに会ったぞ。ここしばらくは体調を崩してたみたいだ」
「あ、そうだったんですね。大丈夫そうでしたか?」
「俺が見たときは大丈夫そうだった。ティーネのことを心配してたから、ひとまず解決しそうだって伝えておいたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ティーネが安堵するような素振りを見せた。結果だけ見れば見捨てられたも同然だったのに、心からアリスの心配をしてたみたいだ。ティーネもわりとお人好しだな。
――と、世間話に花を咲かせながら馬車に揺られていると、街を出た馬車が街道からそれて、なにやら林の中へと入っていく。
「……どこへ向かってるんだ? 隣街って言ってなかったか?」
御者台に向かって何度か問い掛けるが返事がない。聞こえてないはずはない。嫌な予感を覚えた俺は、念のためにと持ってきた剣を手元へ引き寄せた。
「アルベルトさん?」
「……ティーネ。身を低くしてろ」
「え? う、うん」
ティーネが言われたとおりに身を低くする。それを確認した瞬間、俺は御者台へと飛び出して、抜刀した剣を使いの男の首もとへと突きつけた。
「――ひっ!? な、なにをするんですか!?」
「言え、どこへ向かっている」
「それは……」
男が視線を彷徨わせる。少し離れたところに剣が立てかけてあるのに気付いた俺は、動きを封じるために、首筋を浅く斬り裂いた。
「下手な真似をしたら殺す。いますぐ馬車を止めろ」
「くっ、分かったよ。だが……少し遅かったようだな」
男が馬車を止めて視線を向けた先の木陰に、人影が三つ。それが敵だと認識した俺は、即座に御者台に座る男の意識を刈り取った。
「ア、アルベルトさん?」
「心配するな。馬車で……いや、こっちへ」
ティーネを馬車に残すことを考えるが、馬が暴走する危険や、御者台から敵が侵入する危険があると判断して、ティーネを連れて馬車を降りる。
木陰にいたのは五人。そのうち四人は見覚えのない剣士だが、残りの一人には見覚えがあった。ラウザ商会の会長だ。
「……そうか。この馬車を手配したのはおまえか」
「今頃気付いても遅い。お前のせいで、わしは破滅だ。逃げる前におまえ達に復讐せねば気が済まぬ。無様に命乞いをする姿をさらすがいい」
復讐するためにわざわざ、俺の前に姿をさらしてくれたらしい。なんて好都合なんだと、思わず笑いが込み上げてくる。
「なんだ、なにがおかしい!」
「おまえがこれっぽっちの戦力で飛び込んできたからに決まってるだろ」
商会の影響力で圧力を掛けられても、俺にはなにも出来なかった。裏でこそこそティーネが狙われても、やっぱり俺には対処が出来なかった。
けど、真っ正面からの荒事なら俺の領域だ。ここで潰してしまえば憂いはなくなる。
「くっ、生意気な! おまえ達、あいつに思い知らせてやれ!」
「おっと、待ってくれよ、旦那。こいつは俺達にやらせてくれ」
そう言ったのは赤髪の剣士で、それに続いてもう一人の剣士も一歩前に出る。他の二人よりひ弱そうだが、反面なかなか高価そうな装備を身に付けている。
「ふむ……良いだろう。おまえ達二人で、こいつに負い知らせてみろ」
「ああ。任せろ。……ふっ、ようやくこの機会が巡ってきたぜ。ここでなら、なにをやってもバレねぇ。あのときの借り、返させてもらうぜ」
赤髪の剣士がニヤニヤと笑っている。なんだろう? 闇のお仕事にでも憧れてた、とかなんだろうか? その割には、やってることがしょぼい気がするけど……
――あ、こいつ、ティーネを蹴ろうとしたやつとそのツレか! なんか雰囲気が変わってるから分からなかった。
「くくっ、恐怖で声も出ないか。だが、謝ってももうおせぇ!」
赤髪の剣士が大きく剣を振りかぶって向かってくる。これから上から下に振り下ろしますよと大声で叫んでいるような体勢だけど……誘ってる、のか?
――良いだろう。その誘いに乗ったフリをして、本命に対処してやる。
俺は少し余裕を持って上段斬りを回避し、それと同時に横薙ぎの牽制攻撃を放つ。赤髪の剣士は本命の攻撃を放つために、俺の一撃を上手く捌いて――捌かない!?
俺の放った牽制は、そのままザシュっと赤髪剣士の脇を切り裂いた。なんか、思いっきりあたっちゃった。牽制だったから威力はそんなでもないけど。
「があああああっ! うくっ。き、貴様ぁ……っ」
赤髪の剣士は憎悪の籠もった目で俺を睨みながら、ポーションをゴクリと飲み下す。
「よ、よくもやってくれたな。だが、いまのはおまえの運が良かっただけだっ!」
なんか喚きちらしているけど、さっきのはフェイントでもなんでもなかった。こいつ、装備と口ばっかりだ。むちゃくちゃ弱い。
「まあ、納得するまで掛かって来いよ」
「くっ、その飄々とした態度がムカつくんだよ! おい、今度は一緒に殺るぞ! 俺のクランの力見せてやるぜ!」
赤髪の剣士が、もう一人の剣士に檄を飛ばして二人纏めて大きく剣を振りかぶる。
また同じフェイントか。……いや、今度はそう見せかけて、さっきと同じ行動を誘ってるのかもしれない。だが、そう思わせて回避を誘ってる可能性もある、か。
俺は二人が間合いに入る寸前、牽制の魔法を放った。初級の攻撃魔法で生み出された炎が二人に直撃し、その動きを牽制する。
「……悪いな。おまえ達の用意した二択に付き合うつもりはないんだ。さぁ……ここからは本気で行かせてもらうぞ」
掛かってこいと剣を突きつける――が、
「あず、あず、あずぅっ!」
「があああ、いてぇ、いてぇよ!」
二人はくすぶった炎を纏ったまま地面の上を転げ回っている。……ええっと、これも誘ってる、のか? ひとまず、近付くギリはないから攻撃魔法で――吹き飛ばしておいた。
死んではないけど、当分意識は戻らないだろう。
「これで、残りは二人だな」
「くっ! 自分から売り込んできたくせに役立たずどもめ……っ。ええい、おまえ達、こいつをやってしまえ!」
応と答え、残りの剣士が剣を抜いて襲いかかってくる。
剣士Aの剣を受け流すと同時に側面へと踏み込み、剣士Aの身体を盾にして剣士Bの攻撃を回避する。その頃には剣士Aが二撃目を放ってくるが、再び剣で払う。
――と見せかけて、真正面から弾いて剣士Aの体勢を崩し、剣士Bの方へと蹴り飛ばした。攻撃態勢に入っていた傭兵Bは慌てて剣を引くが――隙だらけだ。
俺は剣の腹で剣士Bを打ちのめし、剣士Aは回し蹴りでその意識を刈り取った。
その間、わずか数秒。
俺はまだ状況を理解していない会長へと距離を詰めて足払いを掛けた。そうして痛みに顔をしかめつつ、起き上がろうとする会長の喉元に剣を突きつける。
「……ずいぶんとお粗末だったな」
「馬鹿な! うちの剣士までもが瞬殺だろと? 駆け出しの冒険者じゃなかったのか!?」
「……駆け出し? あぁ……そういや、装備は駆け出しだったな」
よく見れば、強化をしているんだが……この世界にはその技術がなかったみたいだから、気付かなくてもしょうがない。目聡いはずの商人でなければ、だけどな。
「くっ、わしをどうするつもりだ!」
「どう? そうだな……」
街の兵士に突き出してもとぼけられる可能性はあるし、半端な罪しか立証できなくて解放されると、俺やティーネが付け狙われて面倒なことになるかもしれない。
こいつらの仲間がウォルフの使いを名乗って向かいに来たことは宿屋のおばさんが証言してくれるはずだし、返り討ちにしたという名目で始末した方が良いかもしれない。
「アルベルトさん、あっちから人が一杯来るよ!」
「こいつらの援軍か?」
こちらに向かっているのは馬上の騎士が十騎ほど。その先頭に立つのはウォルフだった。
「大丈夫か、エルネスティーネ、アルベルト!」
ウォルフはほかの者を置き去りにして駆けつける。ウォルフ本人は元気だが、馬は若干バテているようにも見える。かなり焦って駆けつけたのだろう。
「俺達は大丈夫だけど、どうしてここが分かったんだ?」
「宿に迎えに行けば、既に俺の使いを名乗る男の馬車に乗っていったと聞いたのでな。こうして、護衛を引き連れてとんできたというわけだ。無事で良かった」
心配してくれていたようで、ウォルフは目に見えて安堵した。
「それで、こいつらは……ラウザ商会の者か?」
「ああ。自分が破滅する前に、俺達に復讐したかったらしい」
「それで返り討ちか。無様なと言いたいところだが、証拠固めをする手間が省けたな。アルベルト、こいつの処分はこちらに任せてもらっても良いだろうか?」
「ああ、問題ない。というか、出来れば任せたい」
「よし、おまえ達、こいつらを拘束しろ!」
ウォルフの護衛の騎士とやらが、会長達を拘束していく。こうして、突発的な脅威は去り、俺とティーネはあらためてウォルフに招待をされることとなった。
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