彼女が生きられる世界 4
翌日の昼、俺達はティーネの家へ一度おもむき、そこから皆で墓地へと向かった。街外れにある物寂しい区画には、いくつものお墓が連なっている。
そんな片隅に掘られた穴の周囲に、俺達は集まった。
「きょ、今日は、お母さんのお見送りに……っ。ひくっ。集まってくれて……ぐすっ。ありがとう、ございます……っ」
カルラさんに肩を抱かれたティーネが、嗚咽交じりの声で挨拶をした。それから、ミレーヌさんがどれだけ自分を愛してくれていたのかを伝える。
きゅっと小さな拳を握り締め、母へのお別れをするティーネの瞳からはとめどなく涙があふれ、それが頬を伝って地面を濡らしていた。
十一歳であることを考えれば、しっかりしていると思う。だけど、それは十一歳にしてはであって、大人としてしっかりしているわけじゃない。
幼くして両親を失ったティーネの行く末を考えると胸が痛い。
「残された人は、こんな風に悲しむんだね……」
ティーネのお別れが終わり、カルラさんが別れの言葉を紡ぐ。その言葉を聞きながら、隣にいるアリスがぽつりと呟いた。
ちらりと横顔を見ると、悲しげな様子でティーネの姿を見つめていた。
「家族を残して行く人だけじゃなくて、残された人も悲しいんだね。私、そんな風に考えたこと、なかったよ」
「……アリス?」
「うぅん、なんでもない」
アリスが静かに首を振る。その横顔はショックを受けているようにも見えた。けど、葬儀の最中で聞き返すことは憚られたので、そうかとだけ相づちを打った。
お別れが終わったら、地面に掘られた穴に小さな小箱を置いて、みなで土をかけていく。その光景を眺めていると、今度はユイが耳打ちをしてきた。
「ねえ、アル。ミレーヌさんのご遺体は?」
「もう遺体は残ってない」
人は魔物と同じで魔力を持っているから、死ねば体内に魔石を宿すことになる。その魔石を取ってしまうと、人も魔物と同じように光の粒子となって消えてしまうのだ。
だから、人を埋葬するときは先に髪の毛を切り落として魔石を取り出す。そうして魔石を形見として保存して、小箱に入れた髪の毛を墓地に埋葬する。
そのことを、俺はユイに小声で伝えた。
「そう、なんだ……」
自分達の知っている埋葬方法とはずいぶんと違うとユイは驚いているが、死んでも生き返るユイ達に、そもそも埋葬の概念があるのかと俺は驚いた。
それはともかく、箱自体は小さいので埋めるだけなら浅い穴で済むが、獣に掘り返されないように掘った穴は深い。俺はミレーヌさんにお別れをつげなら土をかける。
そうして全員が土をかけ終わると、残された者達で悲しみを分かち合う。ティーネはミレーヌさんの知り合い達に囲まれ、泣きながら色々な話を始めた。
いまは邪魔しないほうがいいだろうと、俺達は少し席を外す。
「……ティーネちゃん、これからどうするんだろう?」
少し離れた場所で遠目にティーネ達を見つめ、アリスが心配そうに呟いた。
ティーネは両親を失った。裕福な家の子であれば、親の遺産でしばらく生活する、なんてことも出来るかもしれないけど、ティーネの家には借金がある。
とてもじゃないけど、一人で暮らしていくことは出来ないだろう。
「普通なら孤児院に入るしかないけど……この街にはその孤児院すらないからな」
孤児院があれば、家を売ったお金で借金を返して……なんてことも可能だったかもしれないけど、孤児院がなければその方法は選べない。このままなら、家を売って借金を返し、家なき子として行き倒れるか、借金の形に身売りされるかの二択だろう。
それを遠回しに伝えると予想通り、アリスはなんとか出来ないかなと呟いた。ユイも同意見のようで、二人揃って意見を求めるような視線を向けてくる。
そんな視線を受け、俺は思いを巡らせる。
「借金の額次第、だな」
両親を失った子供が一人で生きていくのは大変だが、俺達の誰かが面倒をみるのはそれほど難しくはない。
いままで通りに解体やポーションの製作を任せれば、ティーネが一人で生きていくことは可能だろう。借金のことを考慮しなければ。
「うぅん。ティーネちゃんの家の空いてる部屋を宿代わりに借りる、とかどうかな? そうすれば家賃で借金返済の助けになるし、一人暮らしをさせずに済むでしょ?」
「……それは、俺に言ってるのか?」
「家賃は多い方が良いでしょ?」
アリスがイタズラっぽく笑った。ミレーヌさんと先立った旦那さんの部屋を、俺達が借りる算段を立てているらしい。
「俺は宿暮らしだから、そのお金をティーネに払うのは別に構わない。けど、二人に宿は必要ないだろ? そこまでして助けたい理由があるのか?」
俺は孤児院育ちだから、似たような境遇の相手は出来れば助けたいという想いがある。それに、ティーネはアルケミストだから、俺にも十分に助ける価値がある。
ただ、アリスやユイは、その辺りを考えているようには思えない。
「私に取っては他人事じゃないからね。ティーネちゃんを放っておけないだけだよ」
「……他人事じゃない? アリスも親がいない、とかか?」
「そういう訳じゃないんだけど……まあ私のことは良いじゃない」
あまり追求して欲しくないらしい。
「じゃあユイはどうなんだ?」
「あたしも可能なら助けたいとは思ってるわ。それにプレイヤーにとって、家を持つというのはちょっとした憧れなのよ」
「……ふむ」
それはちょっと分かるかもしれない。俺も孤児院暮らしだったから、自分の家を持つことに憧れた時期はある。いや、いまでもちょっと憧れてる。
「それに、これがクエストだって感覚も捨てきれないのよね。困ってる人がいれば、見返りが期待できなくても、見返りを期待して助ける。それがプレイヤーなのよ」
相変わらずよく分からない理屈が混じってるが、助けたいという気持ちはあるらしい。軽く聞こえるかもしれないけど、助けたい気持ちは本当だと二人揃って口にする。
「まあ……二人が面倒を見たいなら、ティーネに提案してみたら良いんじゃないか? ティーネが望むのなら、俺も部屋を借りてもいい」
俺がそう口にすると、二人は意外そうに顔を見合わせた。
「……なんだよ?」
「アルくんは反対すると思ってた。そんな軽い気持ちで決めることじゃないとかって」
「あたしも、アルは最後まで面倒をみる覚悟がないなら、中途半端に助けるなとかなんとかいうと思ってたわ」
「そんなこと言うはずないだろ?」
「……そうなの?」
二人が揃って首を傾げる。
「冒険者なんていつ死ぬか分からない職業だぞ? あぁ……アリス達は別か。でも、普通はそこまで保証なんて出来ない。だから、選ぶのはティーネだ」
一年後に死んで支援が出来なくなるのも、一年後に飽きて支援をやめるのも、支援を受けるティーネにとっては同じことだ。それまで支援を受けたという事実は変わらない。
「……意外とクールなんだね。でも、世界背景を考えれば、それが普通なのかな」
「身寄りのない子供の行く末なんてろくなものじゃないからな」
そもそも助けようとしてくれる人がほとんどいないのだ。軽い気持ちだろうと一時的だろうと、手を差し伸べてくれる相手は貴重だ。
そう言ったら、二人は納得した。
「それじゃ、ティーネちゃんに提案してみようか」
アリスの提案をするためにみんなのところへ戻ると、ティーネは見知らぬおじさん相手に血相を変えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます