死という概念のある世界 10
工房に顔を出すと、ティーネがせっせと作業をしていた。鍋でなにやら煮つめるのと平行して、ポーションの調合を行っている。
凄く真剣な様子で、俺がやって来たことにも気付かない。
「ティーネ、ポーションの製作は順調か?」
「……え? あっ! アルベルトさん、こんにちは。ポーション作りは順調ですよ。頂いたアドバイスをもとに品質を上げてる途中です」
ティーネは誇らしげに微笑んだけれど、その目の下には少しクマができている。たぶんここ数日、睡眠時間を削っているんだろう。
「がんばるのも良いけど、ちゃんと休憩も大事だぞ? 集中力が低下したり、周りが見えなくなったり、結局は効率が落ちるからな」
言っても聞かないだろうけどと思いながら忠告すると、「心配してくれてありがとうございます。でも、作業の合間に休んでるので大丈夫です」と、予想通りの答えが返ってきた。
「ところで、今日も薬草と解体のお仕事を持ってきてくれたんですか?」
「今日は別件だ。このあいだ薬草の栽培をしようって話してただろ? 必要な物を揃えたから、出来るだけ早く、可能な限り多く栽培しよう」
「え、全部揃えたんですか? というか、どうしてそんなに急いでるんですか?」
きょとんとするティーネに、マナーの悪い冒険者が増えて、森の薬草が採り尽くされそうなことを話す。最初は驚いた顔をしたティーネだが、すぐに栽培の重要性に気付いてくれた。
「そういう事情なら、急いで栽培しないと、ですね。でも……良いんですか? 全部揃えたのなら、私に協力しなくても、自分で栽培した方が得じゃないですか?」
「いや、俺は宿暮らしだから、薬草を栽培する土地がないんだ」
アリスやユイは宿すら取っていないがそれは割愛。ティーネの家はわりと大きく、裏手には薬草を栽培するだけのスペースがある。
「それに正直に言えば、俺は薬草を栽培するよりも狩りをした方が収入は多い。だから、自分で世話をする気はあんまりない」
その点、ティーネなら栽培した薬草でポーションを作りながら腕を磨き、完成したポーションを売ってお金を稼ぐことも可能だ。
「えっと……でも、それだと、アルベルトさんに得がないですよね?」
「前にも言ったけど、ポーションを優先的に売ってくれればそれで十分だ。この調子だと薬草不足に陥って、ポーションも不足しそうだしな」
いまは怪我をする心配はほとんどないし、アリスの治癒魔術で事足りる。けど、装備を充実化させて、もっと強い敵が出る場所に行くなら確実にポーションが必要になる。
これは俺にとっても必要なことだ。
「えっと……いまはちょうど抽出の作業が終わるまで手が空いてるので、アルベルトさんにご迷惑じゃないのなら、いまから栽培したいです」
「よし、そういうことならさっそく庭の土を耕そう」
ティーネと一緒に家の裏へ向かう。
そこへちょうど、ミレーヌさんを寝室へと連れて行ったユイが戻ってきた。
「ユイ、ちょうどよかった。これから薬草を栽培する準備をするから手伝ってくれないか?」
「もちろん構わないわよ。なにをすれば良いの?」
「そうだな……普通なら土を耕すところだけど、森でアリスが回収した腐葉土を使うのが良いんだよな?」
「そうね。ここも雑草が生える程度には栄養があるみたいだけど、森の土を使った方が良いと思うわ。ただ、その常識がここでも通用するかと言われると、ちょっと自信がないわね」
「ここでも……?」
「私達が普段暮らしてるところには、魔力なんて概念がないの。だから、普通の栄養の代わりに、魔力素子(マナ)が必要になるのかもしれないし、必ずしも腐葉土が良いとは限らないわ」
「ふむ……」
少しティーネやユイと話し合った結果、腐葉土だけを使った場合と、ここの土を耕しただけの場合。半々に混ぜた場合の三パターンの土壌を用意。それぞれに砕いた魔石を混ぜる場合と混ぜない場合も用意して、併せて六パターンを試すことにした。
ひとまず、腐葉土はアリスのストレージに入っているのでアリス待ち。アリスが来るのを待ちながら、あらかじめ用意した鍬で土を耕していく。
「貴方達、そこはティーネの家の敷地だろ、なにをしているんだい?」
不意におばさんの声が響く。どうやら隣の家のおばさんが、作業をする俺達を見つけて見に来たらしい。その声には、少しいぶかしむ様な感情が滲んでいる。
「こんばんは、カルラおばさん」
「あら、ティーネちゃんも一緒なのね」
ティーネに気付いてなかったようで、声色が一気に穏やかになった。
「うん、そうだよ。アルベルトさん達に教えてもらって、いまから菜園を作るところなの!」
「あらあら、そうだったのね。見慣れない人達がいるから、てっきり不審者かと思っちゃったわ。最近、物騒だから……ごめんなさいね」
後半は俺達に対しての謝罪だった。
というか、俺やユイは一般的な冒険者の恰好で、とくに怪しい恰好はしていない。なのに、俺達が怪しまれたってことは……
「最近物騒って言ってましたけど、なにかあったんですか?」
「なにかもなにも、聞いてない? 勝手に家に上がり込んで盗みを働く連中や、住民に危害を与える連中が現れて、みんなピリピリしてるんだよ」
ちらりと視線を向けると、ユイはこめかみに手を当てていた。
どうやらプレイヤー一族の仕業らしい。ユイやアリスは善人だけど、薬草を根こそぎな件といい、プレイヤー一族はあまりお行儀のよくない連中が多そうだ。
「ほとんどは捕まったみたいだけど、貴方達も気を付けなさいね」
おばさんはそう言って、自分の家へ戻っていった。
「一応言っておくけど、同郷なだけであたしは無関係だからね」
「ユイ達がそういう人間じゃないのは分かってるよ」
「……ありがとう」
意外と心配してたのか、ユイはホッと息を吐いた。
「でも、そういうことなら、ここで栽培するのは危険かな?」
家の裏手で表通りからは見えないけど、侵入しようと思えばいくらでも入れる。
「えっと……そうね。この世界の仕様が各情報サイトで周知されたから、そうそう犯罪を犯す人はいないと思うけど、アリスに相談してみると良いかも」
「アリスに? どういうことだ?」
「指定した土地を保護する月額課金があるのよ」
「……なるほど分からん」
「えっと、そうね。ユニークスキルとでも思っておいて」
ティーネの許可を得た上でなら、アリスがティーネの土地を保護をすることが出来て、その地ではプレイヤー一族が盗みを働けなくなるらしい。
「また規格外な能力だな」
「課金システムだからね。アリスならやってくれると思うわよ」
「私がどうかしたの?」
不意にアリスが答える。
「あぁ、ちょうどよかった……」
アリスの姿を目に入れ、俺はぽかんとしてしまった。アリスがハードレザーの鎧姿ではなく、俺が見たこともないような大人びた可愛い服に着替えていたからだ。
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