死という概念のある世界 2

「だーかーらーっ、あたいにはちゃんと鍛冶の素質があるって言ってるだろ!」

「こっちも、自称されても意味がねぇって言ってるだろうが。それに、顧客も持ってねぇ素人を雇えるほどうちに余裕はねぇ、帰んなっ!」

 鍛冶屋の前までやって来たのだが、なにやらこっちでも言い争っている。鍛え抜かれた職人らしき親父さんに、褐色の女性が、栗色の髪を振り乱して食って掛かっていた。


「なぁ……アリス、あれって……」

 なんかデジャビュじゃないかと視線を向けると「プレイヤーだと思う」って答えが返ってきた。やはり、プレイヤーというのは非常識な一族の呼称らしい。

 なんて思っていたら、女性とのやりとりに辟易していた親父さんが俺達に気付いた。


「あんた達、うちの客か?」

「おい、まだあたいとの話が終わってねぇぞ」

「うるせぇ。客が優先に決まってんだろうがっ、邪魔するな!」

 こっちが優先と言ってるが、女性との会話を打ち切りたい魂胆はみえみえだ。俺としても、早く対応してもらえるのはありがたいから、余計な口を挟むつもりはないけど。


「実は素材を持ち込みで、俺とこの子の装備をオーダーしたい」

「ほう。それはやり応えがありそうだ……って言いたいところなんだが、すまねぇな。実は昨夜から急にいくつも仕事が入ってな。しばらくはどの職人も予定が詰まってるんだよ」

「あぁ……やっぱりか」


 量産品の注文に加えて、俺と同じようにオーダーに来た奴らもいるんだろう。そう考えると、昨日のうちに装備を調えたっていうユイの判断は正解だな。

 戦い自体にはそれほど慣れてるようには思わなかったけど、そのほかの判断力はなかなか優れてるような気がする――と考えてたら、さきほどの女性が詰め寄ってきた。

 青い瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。


「あたいはアネットって言うんだ。その装備、あたいに作らせてくれないかい?」

「はぁ……? お前は鍛冶職人じゃないんだろ?」

「あたいは生産スキル全般を伸ばす予定だから、今のうちにあたいと仲良くなっておけば、今後も生産を引き受けてやるよ。どうだい? 悪い話じゃないだろ?」

「むしろ、その自信がどこから出てくるのか問い詰めたいレベルなんだが?」


 さっきの職人とのやりとりを聞く限り、この女性は見習いですらないはずだ。そんな素人にオーダーメイドを任せるなんて、冗談にしても笑えない。

 そう思ったんだけど、アリスが俺の袖を引っ張った。


「……なんだ?」

「あのね、この人、私と同じだよ?」

「プレイヤーだって言うんだろ? それがなんだって言うんだ?」

「私は聖女の卵だったけど、この人は生産職なんだと思う」

「……あの異常現象がこいつにも適用される訳か」

 使ったことはないのに治癒魔術を使えると断言したアリスは、たった一度のレクチャーで治癒魔術を発動させてしまった。

 普通はありえない現象。それが、もし目の前の女性にも適用されるのだとしたら……


「アネット……とか言ったな。あんた、本当に装備を作る自信があるのか?」

「おい、お前。そんな娘に頼むつもりか!?」

 親父さんがぎょっとした顔で俺を見る。


「親父さんが引き受けてくれるなら喜んで頼むつもりだったが、予定が詰まってるんだろ?」

「ああ、数週間は無理だな」

「なら仕方ない。こいつと話してみて、役に立ちそうなら頼んでみるつもりだ。その場合、この工房を使わせてくれるか?」

「そうかい。まあ……あんたがそのつもりなら止めはしねぇよ。工房を使うのも、使用料さえ払ってくれるなら構わねぇよ。職人が不足してて工房は空いてるからな」

 親父さんはそう言って奥へと消えていった。


「で、どうなんだ? 本当に、装備を作れるのか?」

「もちろんだ。ネットで手順を調べたし、wikiでも確認してる。最初から熟練の鍛冶師のようにはいかないけど、見習いとしては十分なパフォーマンスを発揮できるはずだよ」

 いまいち理解できない言葉があるのは、たしかにアリスと共通している。アネットの言葉を信じて良いのかどうかと視線で問い掛けると、アリスはこくりと頷いた。


「分かった。なら、アネット。俺とこの子の防具、それにこの子の杖を頼みたい」

「引き受けたよ。それで、どんな装備が欲しいんだい? 鉄とかならこの工房で買えるけど、それ以外だと持ち込んでもらう必要があるよ」

「ああ、分かってる」

 詳しい話をするため、工房の片隅を借りて話し合うことにした。


「まずは防具だが、胸当てや小手みたいな、重要な部分だけを護る軽い防具がいい」

「軽い防具? このゲームは敵が強いから、強力な防具が人気って話だよ?」

「いや、あまり敏捷性が落ちるのはキツい。それに、その辺は技術でカバーするから平気だ」

「技術でカバーって、あんた達だって昨日始めたばかりだろ?」

「アルくんは凄く強いし、プレイヤーじゃないよ」

「なんだってっ!?」

 アリスの指摘にアネットが目を剥いた。そして俺をジロジロと見ると「たしかに、フレンド登録が出てこないね」と呟いた。


「にしても、凄く強いって……NPC、なんだよね?」

 そのNPCがなにか分からないと、俺はアリスに助けを求める。

「そうだけど、アルくんは凄く強いんだよ。昨日なんて、ほとんど一人で、ネームドを含めたブラウンガルムを十二体も倒しちゃったんだから」

「ボスを含めたブラウンガルムを十二体……だって?」

「アリス達がいたからだ。そうじゃなきゃ、あんなに倒せてないぞ」

 というか、素材の剥ぎ取りが大変だから、そんなに狩ってる時間がない。


「もしかして、昨日掲示板を騒がせてたのはあんた達かい?」

「……掲示板?」

 俺だけではなく、アリスもコテンと首を傾けた。

「ああ。皆がリアルな仕様に手こずってろくに敵を倒せない中で、ボスを含むブラウンガルムを十二体、ギルドに持ち込んだ奴らがいるって噂になってたよ」

「あ~それはたぶん私達だね」

「へぇ……そういうことなら、要望通りに作らせてもらうよ。話題のあんた達の装備を生産できれば、あたいの名も上がるってもんだからね」

 瞳が爛々と輝いている。アネットのやる気に火がついたようだ。


「軽い方が良いって言ったよね? なら、金属より皮の方が良いんじゃないかい?」

「……そうだな。出来るのか?」

「言っただろ。あたいは生産全般をするつもりだって。鍛冶はもちろん、レザーの鎧や服だってお手の物だよ」

「……ほう」

 それが事実なら将来が非常に楽しみだ。試すという意味でも、皮鎧を作ってもらおう。


「分かった。なら、レザーで作ってくれ。でもって、アリスの杖は金属を芯にして殴れるようにしてくれ。あと、将来的には魔石での強化もする予定だから留意してくれ」

「……魔石で強化、だって? なんだい、それは」

「武器は防具は魔石を使って強化できるんだ……知ってるだろ?」

「たしかに武器の強化はよくあるシステムだけど……この世界にあるのかい? 生産組が職人街で聞き込みをしても、その手のシステムは見つからなかったって話だよ?」

「……知らないってことか」

 これも、俺しか知らない技術ってことか。なんで、俺しか知らない知識がこんなにあるんだろうな? 分からない……けど、その辺りの検証はおいおいだな。


「なぁあんた、このNPCの話は本当なのかい?」

「私は聞いたことないから分からないけど、アルくんが色々と知ってるのは事実だよ」

「へぇ……そうなのか」

 感心するような表情。その瞳がギラリと光ったような気がする。職人を目指してるだけあって、その手の技術に興味津々のようだが――


「ひとまず、杖には魔石をくっつける場所を確保しておいてくれ。それ以外は……まあ、武器が出来てからでいい。いまはとにかく、装備を作ってくれ」

「……分かった。その話については今度聞かせてもらうよ。それじゃ、他の装備だけど――」

 こうして、俺はアネットと自分達の装備とその素材について話し合った。

 

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