異世界の常識、非常識 7
俺の知識の中では、過酷な戦いを生き残った者達だけが一流の冒険者へと上り詰める者だった。けど、現実では一角ウサギのような動物でじっくりと技術を磨くのが普通らしい。
――ということを、軽く受付嬢との会話で知ることが出来た。どうりでブラウンガルムがDランク扱いされているわけである。
そんなわけで、ブラウンガルム十一体とボスの代金は俺が想定してるより多かった。三人で分配する予定だが、その前に冒険者登録をすることにした。
冒険者に登録しておけば、実績によってランクが上がり、将来的に高難易度の割の良い仕事を受けられるようになるからだ。
「あれ? アルくんも登録するの? 冒険者じゃなかったの?」
「あれだけ先輩風を吹かせておいて、冒険者じゃないなんて……って言いたいところだけど、あれだけ強いんだから、未登録なのはなにか訳があるんでしょ?」
「いや……えっと……そうだな」
俺は自分が冒険者だと認識している。
だから冒険者登録をしているはずだが、持ち物に冒険者のタグがない。登録してあるなら、記録があるはずなんだけど……再登録を頼んで登録がなかったら怪しすぎる。
俺はひとまずなにも言わずに手続きをしてもらうことにする。
「それではみなさん、書類に必要事項を書き込んでください」
「はーい。えっと、アリステーゼ。十七歳……と」
「あたしはユイ。……ええっと……、いまは二十歳ね。そのほかは……」
横で二人が声に出しながら書類に記入事項を書き込んでいる。それを横目に見ながら、俺も自分の書類に書き込んでいく。
といっても、書類に書き込むのは名前と年齢。他には得意な武器なんかを書き込むくらいなので、書類の記入事態はすぐに終わってしまう。
「はい、確認しました。次は魔力の登録を行いますので、この水晶に触れてください。まずはあなたからどうぞ」
「魔力の登録? それは、属性とか、そういうのを調べるの?」
受付嬢に指名されたアリスが小首をかしげる。
「これで調べるのは魔力の波長です。波長は個人特有なので、これで本人確認が出来るようになるんです。ですから犯罪とかを起こしたら、記録がずっとついて回ることになりますよ」
「へぇ……そうなんだね」
「ふぅん。アカウントやキャラは変更不可だから、プレイヤーにとっても拘束力があるわけね。これはうっかり犯罪を犯さないように、気を付けないといけないわね」
魔力の登録を行っているアリスの横で、ユイがぽつりと呟いた。
「……うっかりすると犯罪を犯すのか?」
「家の扉が開いてたりすると、中に入って物色したくなるでしょ?」
「……お前は、それをうっかりでするのか?」
「もちろん、冷静に考えたらダメだって分かるわよ? でも、プレイヤー心理的には、扉が開いてたら入って物色したくなるものなのよ」
「………………」
ドン引きである。
「あ、いえ、大丈夫よ。いまはもう、そういうゲームじゃないってちゃんと理解してるから。そんなことはしないわ、うん、約束するわ」
「なら良いけど……頼むぜ?」
一時とはいえ面倒を見た奴が空き巣で捕まるとか、勘弁して欲しい。とまぁそんな会話をしながら、俺は水晶に触れる。
もし過去に登録していれば、ここで引っかかるはずだ。
そのときは再発行のつもりだったと誤魔化す予定だったんだけど……幸か不幸か、俺は冒険者登録が初めてだったようだ。何事もなく、全員の魔力登録が終わる。
「はい、記入事項は確認しました。それでは冒険者タグを発行させていただきますね」
受付嬢が書類をもとに、冒険者タグの発行手続きを始める。
ほどなく手続きは終わり、自分の名前とランクが示されたタグが渡された。
「これで貴方達は冒険者です。ブラウンガルムを倒せる実力があるのなら大丈夫とは思いますが、これからも油断せずにがんばってくださいね」
受付嬢は書類に視線を落として、わずかに微笑みを浮かべた。
「さて、これでひとまずは片付いたな」
受付カウンターを離れ、俺はアリスやユイと向き直った。でもって、ブラウンガルムの素材を売って得た報酬を三分割して、アリスとユイに手渡す。
「アルくん、人数割りだと私達が多すぎるよ」
「そうよ、魔物を倒したのはほとんどあなたじゃない」
「気にするな。ストレージがなければ、ほとんど持ち帰ることも出来なかったからな」
いちいち剥ぎ取りながら戦ってたら、十二体も倒すことは出来なかった。それに、薬草を見つける時間だってなくなってたかもしれない。
「アルくんはこう言ってるけど、どうする?」
「ん~そうね。今回はお言葉に甘えておきましょ」
「……今回は?」
アリスが深緑の瞳を瞬かせた。
「このお金で装備を調えたら、恩返しをする機会が回ってくるかもしれないでしょ?」
「そっか……そうだよね。それじゃ、アルくん。今回はお言葉に甘えるね」
「ほいほい」
俺は分け前を二人に手渡した。
手元に残るのは三分の一だけど、ブラウンガルムを狩ったにしては多いくらいだ。遭遇率が高かったのも大きいけど、やっぱりストレージのおかげだ。
もっと強い敵と戦いに遠出をしたら、更にストレージの恩恵は増えるだろう。
「それと……アルくんは、これからどうするつもりなの?」
「どうする……とは?」
「しばらく、この街に留まるんだよね?」
「あぁ、そのつもりだけど?」
それがどうしたんだと問い返すと、アリスは長い耳を赤く染めてモジモジと始めた。
「えっと……その、良かったら、明日以降も一緒に行動しない?」
「わぁ……アリスったら大胆ね。もしかして、アルのことが気に入ったの?」
「そ、そうじゃないよ。ただ、その……アルくんは色々と頼りになるし、ティーネちゃんのこともあるでしょ? それだけ、それだけだから!」
真っ赤になって否定してくる。アリスの仕草は恋に堕ちた女の子のようだ。ユイからアリスに想い人がいると聞いていなければ、惚れられたかと勘違いしてたかもな。
「えっと……どう、かな?」
アリスに問われて、どうしようかなと考える。
記憶喪失の俺に目的は特に目的はない。誰かとパーティーを組んでお金を稼ぐのは、装備を調えるという意味でもありだと思う。
それに、アリス達はかなり世間ズレしたところがあるけど、基本的に善人なので一緒に行動してて疲れない。というか、わりと楽しい。
だから――
「そうだな、別に構わないぞ」
「ホント?」
「そんな嘘は吐かないって」
俺は、この不思議な姉妹と行動を共にすることにした。
だが――
「ありがとう! それじゃ、今日はもう遅いし……」
「ああ、宿に行こうか」
俺がそう口にした瞬間、アリスの顔が真っ赤に染まった。
「ア、アルくんのエッチ! い、いくらなんでも大胆過ぎるよ!?」
「……はい? アリスはなにを言ってるんだ?」
困った俺がユイに助けを求めると、ユイは目を三角形して俺を睨んでいた。
「知り合ったばかりで、しかもあたしが見てる前で……いい度胸ね?」
「いや、なにを怒ってるんだ……?」
「なにって、宿に誘ったことに決まってるでしょ? というか、このゲームってそういう行為も出来るわけ? 18禁だなんて聞いてないわよ?」
……なるほど、分からん。
「ねぇ……アルくん、本気で言ってるの?」
真っ赤なアリスが、困った顔で俺をみる。
「なにを怒ってるのか分からないけど、せっかく報酬があるんだし、野宿は嫌だろ?」
「え、野宿? アルくん……宿でなにをするつもり?」
「なにって……宿で寝るに決まってるだろ?」
「あ、あぁ~。そっか、そうだよね。アルくんはログアウトなんてしないもんね」
アリスがポンと手を打つが――やっぱり分からん。
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