異世界の常識、非常識 4
「……それで、どうするつもりなんだ?」
困っている子供を前に、報酬がどうとか言い出したユイをジト目で睨む。
「だから、誤解よ。あたしは、こんな小さな子に報酬を請求したりしないわ」
「……ふぅん?」
疑いの眼差しを向ける――が、今度は本当のようだ。なら、さっきのはなんだったんだって言いたくなるけど、蒸し返しても仕方ない。
俺は女の子の前に膝をついた。
「それで、キミの名前は?」
「私、エルネスティーネって言います。ティーネって呼んでください」
「そっか、それじゃティーネ。俺はアルベルトだ。それから、そっちのエルフのお姉ちゃんがアリステーゼ。あっちのいじわるなお姉ちゃんがユイだ」
「い、いじわるじゃないわよ? いじわるじゃない……よね?」
ユイがちょっぴり傷ついたような顔でアリスに同意を求め、アリスが「大丈夫、ユイはいじわるじゃないよ。ゲーマーなだけだよね」とその頭を撫でている。
なんだか姉妹の立場が逆転しているな。
悪気はなかったみたいだし、チクチクするのはこれで終わりにしておこう。
「話は戻すけど、俺達はティーネが薬草を探すあいだ、護衛するってことで良いか?」
「はい、ありがとうございます!」
「よし、それじゃさっそく薬草を捜しに行こう――って言いたいところだけど、先にブラウンガルムの魔石を回収させてくれ」
最初に倒したブラウンガルムやボスは回収できなかったが、いま倒した分は目前にある。この調子だと今日は稼げそうにないし、魔石くらいは回収しておきたい。
じゃないと、今夜は野宿&飯抜きが決定してしまう、
という訳でティーネの了承を得て、ブラウンガルムの前に膝をつく。腰から解体用のナイフを取り出していると、アリスが興味津々で寄ってきた。
「アルくん、魔石の回収ってなにをするの?」
「ブラウンガルムの体内に生成された魔石を取り出すんだ」
「ナイフで……ってことだよね。もしかして、結構時間掛かっちゃう?」
「いや、魔石だけなら大した時間は掛からない」
「……魔石だけなら? 本当は他にも回収する物があるの?」
「時間があれば、毛皮や肉、キバなんかも素材として売れるな。でも、そこまで回収してたら時間が掛かっちゃうからな」
ちなみに、魔石を取ると魔物は粒子となって消えてしまう。なので、素材を回収する場合は魔石を最後に取る必要があるのだが、今回は時間優先だ。
「えっと……なら、持って帰ったら素材も回収できる?」
「は? それはそうだけど……このまま持って帰るのは大変だぞ?」
数十kgの塊である。一体でも邪魔だし、ましてや四体なんて持てるはずがない。
「普通なら無理かもだけど……」
アリスが手で触れた瞬間、ブラウンガルムの死体がシュンと消え失せた。
「もしかして……アイテムボックスか?」
「アイテムボックス? うぅん、これはストレージだよ。効果は同じようなモノかもだけど」
「ふむ? 後回しに出来るならぜひ頼む」
「うん。全部収納しちゃうね」
アリスは微笑んで、次々にブラウンガルムの死体を回収してしまった。
まるっきり駆け出しの冒険者だと思ったら、アイテムボックスっぽいなにかを持ってるなんて……知れば知るほど謎の存在だなぁ。
その後、あっさりブラウンガルムを回収できてしまったので、最初の一体とボスも薬草を探す途中で回収。更には薬草を探す途中で襲いかかってきたブラウンガルムの死体も回収する。
その数、全部で十二体。ずいぶんと遭遇率が高い。
俺達は森の中にぽっかりと広がる空き地で小休憩を挟むことにした。
「魔物がずいぶんと多いな。魔力素子(マナ)の濃度が上がってたり……するのか?」
大気中の魔力素子(マナ)が増えると魔物が多く発生する。
それが原因かと思ったんだけど、ティーネがそういう現象は聞いたことがないと答えた。
「森に魔物が多いのは、冒険者が減ってるからだって聞きました」
「冒険者が減ってる? この森は、エレニアでデビューした冒険者が最初に入る森だろ?」
「そうですけど、最近は冒険者のなり手が少ないそうですよ」
「……なり手が少ない」
孤児や食うに困った者が次々と冒険者になって死んでいく。残るのは一割程度だが、それでも冒険者のなり手には事欠かなかったはずだ。
だけど……そういえば、孤児院のあるはずの場所が広場になっていた。俺の記憶にあるよりも平和だから、孤児院がなく、冒険者のなり手も少ない……ってことか?
「アルくん、その腕……」
アリスが俺の腕を掴む。そこには、さっきの戦闘で受けた軽い裂傷があった。
「もしかして、さっき私を助けてくれたとき?」
「さぁ、どうだろう。もしかしたらどこかで引っ掛けたのかも?」
大した傷じゃないし痛みもないから記憶にないと答えると、アリスが困った顔をする。
「……どうした、そんな顔をして」
「私達、足手まとい、だよね」
しょんぼりと顔を伏せる。まだ一体も自分達で倒せていないことで落ち込んでいるらしい。
「気にするな。二人とも最初ほど慌てないようになってきただろ? それに、二人がティーネのことを護ってくれてるから、俺は安心して敵を倒せるんだ」
だから気にすることはないと、俺はアリスの頭にポンと手を置いた。
「ありがとう、アルくん。……あ、そういえば私、治癒魔術が使えるんだよ。だからその腕、私が治してあげるね」
「お、そうなのか? なら頼もうかな」
ぶんぶん振り回してる杖は飾りじゃなかったんだなと右腕を差し出す。アリスはそんな俺の腕をジッと見つめたあと、ちらりと上目遣いで俺を見た。
「ところで、治癒魔術ってどうやって使うの?」
「……はい?」
俺はたぶん目が点になった。
「なにを言ってるんだ? 治癒魔術を使えるんだろ?」
「使えるけど、使ったことはないの」
「………………はあ?」
「ち、違うの。キャラメイクで選んだ職業が聖女の卵だから、初歩的な治癒魔術を使えるはずだけど、使ったことがないから使い方が分からないの!」
「なるほど、分からん」
素直な感想を口にすると、アリスがちょっぴり泣きそうな顔をする。
なんか、俺がイジメ照るみたいになってきたな。
「ええっと、魔法の使い方を教えればいいのか?」
「うん。……アルくん、分かるの?」
「俺には治癒魔術の適性がないから、一般的な魔術の使い方になるけど――」
俺は前置きを一つ。魔術の使い方についての講義を始める。
「魔術を使うには、使いたい魔術のイメージを出来るだけ鮮明に思い浮かべながら、体内にある魔力を放出するんだ」
「んーっと、そうすれば魔術が使えるの?」
「放出する方法やイメージの仕方を覚えるまでが大変だけど、端的に言うとそんな感じだ」
「分かった。それじゃ、やってみるね」
「いや、だからその感覚を掴むのが難しい……って」
最後まで口にすることは出来なかった。アリスの手から温かい光が放たれ、俺の二の腕にあった裂傷を癒やし始めたからだ。
「な、なんでそんな簡単に使えるんだよ?」
「え? だから、使い方が分からないだけで、使えるはずだって言ったよ?」
「うぅむ……」
とんでもないことを言ってるのに、さも当然だというこの態度。ホントに訳が分からない。
「ねぇ、アル。私からも聞いて良いかしら?」
「別に良いけど……」
ユイまで魔法をいきなり使う気じゃないだろうなと、俺はちょっと警戒する。
いや、別に使われたらダメってことはないんだけど、俺の常識が崩壊するという意味でちょっと困る。俺は攻撃魔法を覚えるのにかなり苦労したのだ。
「体内の魔力を使うって言ったけど、何度も使えばなくなるわよね?」
「あぁ……連続使用をすると枯渇するな。でも、大気中にある魔力素子(マナ)を無意識下で変換してるから、時間で魔力は回復するんだ」
「自然回復、ね。意図的に回復を早めるとかは出来ないの?」
「慣れれば、意識的に変換速度を上げることが出来る。それに、体内の魔力を圧縮して、多く宿す方法なんかもあるな」
「ふむふむ。瞑想スキルと、最大MPの上昇ね。このゲームのスキルは、誰かに習って習得するしかないのかしら? なかなかリアルな設定ね」
「……なんの話だ?」
「あぁ、ごめんなさい、こっちのこと。取り敢えず、イメージが大切ってことよね」
ユイは自分の手のひらを見つめて黙り込んでしまった。魔法を使おうとしてるみたいだけど、アリスみたいにいきなりは出来ないみたいだ。
ちょっと残念なような、安心したような……複雑な気分である。でも、アリスと同じように才能があるのか気になる。移動中にでも、攻撃スキルを教えてみよう。
「アルくん、治療終わったよ」
「おぉ、ありがとう。痛みがなくなって助かったよ」
「……やっぱり痛かったんだね」
痛みがある=知らないあいだに負った怪我ではないとバレてジト目で睨まれたので、俺はさり気なく視線を逸らした。
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