第七話:暗殺者は前世の知識を活かす

 ディアが来てから、すでに九日がっていた。

 その中で、ディアは大人ぶっているが、寂しがりやであり、甘えん坊なのだと気付いた。

 昨日なんかは、ルーグは子供だから一人で寝るのは寂しいよね。なんて言いながら、ベッドに入り込んできて、俺を抱き枕にしたぐらいだ。

 年齢が年齢なので性欲など存在しないが、妙に胸が高鳴った。ディアに抱きしめられると彼女の甘い香りや柔らかさ、温かさが妙に気になるのだ。

「ルーグ、今日もお姉ちゃんの言うことをよく聞くんだよ」

「……いつから俺は弟になった?」

「ああ、あのことをキアン様は隠しているんだ。とにかく師匠命令でルーグは弟だよ!」

 あのことって? まさか、ディアが腹違いの姉だとでもいうのか?

 いや、それはないな。師匠となってくれた人だ。できる限り彼女の情報は集めた。

 ディアはヴィコーネと名乗った。

 アルヴァン王国にその名の貴族は存在せず、隣国にヴィコーネという名の伯爵がいる。

 そして、母は表向き平民出身となっているが、魔力持ちかつ、その優雅な立ち振る舞いや礼儀は後から身に付くものではなく、どこか高貴な生まれのはずだ。

 そんな母とディアは似ている。特徴的な銀髪も容姿もくせも、アルヴァン王国ではまず聞かないわずかななまりがある発音も。

 母はヴィコーネ家で生まれ、身分を偽って、父に嫁いだのだろうと俺は考えていた。

 そして、その仮説が正しければ、ディアは俺の従姉いとこである可能性が高い。

「わかった。師匠の命令には従おう」

「ふふん、わかればいいの。それにしても、トウアハーデはご飯が美味おいしいよね」

 ディアがグラタンを美味しそうにほおる。

 昨日は狩りでウサギを仕留め、クリームシチューを振る舞い、今日は余りでグラタンだ。

 シチューにマカロニを加えて香辛料で味付けをし、ドライトマトを散らすことで味の印象を変えてから、たっぷりのチーズをかけて、オーブンで焼けばグラタンに早変わりする。

「あまり、豪華なものが出せなくて悪いな」

「そういうのは食べ飽きたよ。グラタン、とっても優しい味がして、大好き」

「喜んでもらえてうれしいよ」

「……なんでルーグって七歳でそこまでできるの? 博識だし、年下なのに私より頭いいし、私だってこれでも神童とか言われているのに」

「両親の教育のたまものだ。そうだ、夕食はとっておきを出す。楽しみにしておいてくれ」

 そろそろキジが肥える季節だ。

 脂がのったキジはうまい。今日の魔法開発が終わったあと、狩りに出てみよう。

 夕食にうまいキジのローストを食わせてやれる。


    ◇


 ディアと二人で中庭に出る。

 この十日、手分けをして、さまざまな魔法を書き出し、規則性を見つけ続けてきた。

 十日で思い知らされたが、ディアのセンスはすごい。

 分析に自信がある俺よりも、多くの規則性を見つけている。

「これでルーグの作ろうとしていた魔法が完成するはずだよ」

 そう言って、殴り書きしたメモを渡してきた。

「すごいな。ここまで解析して、それをこういう形で使うなんて」

「お姉ちゃんだからね!」

 いや、それは関係ない。それを口にして拗ねられてもつまらないので、俺は頷いて作りかけの術式にディアの新発見を盛り込む。

「これができれば、魔法そのものの価値が跳ね上がるな」

「うんうん。遠距離高火力魔法。しかも燃費は抜群。とてもいい魔法になるはずだよ」

 さあ実験しよう。……暗殺に適した魔法を。


    ◇


 二人で開発した魔法は非常に物騒なため、屋敷の裏にある山で行う。

 うなずき合い、魔力を土属性へと変換して詠唱を始める。

 虚空より鉄を生み出す。それが取っ手付きの筒となり、筒の内部には溝が彫られる。

 さらに詠唱を続けると、筒の中にタングステンの弾丸がそうてんされる。

 ここで、一つ目の魔法が終了。次は火属性へと魔力を変換して高め詠唱をする。

 筒の内部に火の魔力が高まり……はじけた。

 爆発がタングステンの弾丸を押し出し、筒の中に彫られた溝、ライフリングにより超高速回転が与えられ、射出される。

 弾丸が一瞬で音速を超え、ライフリングにより直進性を与えられ四百メートル離れていた山に着弾。木に当たったようで、大木がへし折れた。

「やった、成功だね。射程四百メートル。魔法の常識を変える新魔法。弓でも届かない距離でこの命中精度、威力! うん、最高!」

「これだけ距離が取れるのであれば、詠唱時に無防備になるという弱点も気にならないな」

 従来の魔法は、敵とかなり近い位置で詠唱が必要だった。

 だが、これだけの射程があれば敵の弓矢すら届かない安全な場所で詠唱ができるのだ。

 今度はディアが詠唱し、弾丸を放った。

「やった! 岩に当たったよ! あんな大きな岩がじんだよ」

「もう少し練習しよう。威力は高いがピンポイントで狙う必要がある魔法だ。練習で数をこなすために、こんなものを用意した」

 数十の弾丸。

 毎回、弾丸を作る魔法を唱える必要はない。

 弾丸を手で込め、火の爆発だけで弾丸が放てる。実戦でもこういう運用になるだろう。

「気が利いてるね。ルーグ、いっぱい練習しよ!」

 そうして俺たちは夢中になって、新魔法を練習した。

 撃てば撃つほど精度が上がっていくのを感じる。

 命中精度を上げるために大事なのは、いかにして反動を抑え込むか。

 爆発を引き起こす火種を作り終わった時点で、魔法は完成している。

 火種が爆発するまでの一瞬で魔力により身体能力強化を行うというのがミソだが、なかなかタイミングがシビアだ。身体能力を魔力で強化しないと反動で銃口が跳ねるのを抑えきれないどころか、ふっとばされそうになる。

 魔法で生み出した銃身の見た目は火縄銃によく似ているが、火力も命中精度も段違い。

 爆発魔法は黒色火薬より圧倒的に威力が高い。それは弾丸を放つ力が強いと言うこと。

 何より、撃ちだす弾丸の性能が違いすぎる。

 弾丸の硬度が高いほど貫通力は増す。タングステンの硬度は鉄とは比べ物にならない。

 分厚い装甲を貫く戦車用砲弾に採用されていると言えばその実力が分かるだろう。

 鋼鉄板すら、タングステンの弾丸は容易たやすく貫く。

 流線形だから空気抵抗による威力減衰が少なく、ライフリングにより高い精度を持つ。

 ……便利な魔法だ。だけど、勇者を相手にするならまだまだ火力が足りない。

 並の魔術士相手なら、この程度の火力でも貫けるが、規格外を相手にするのであればこころもとないし、そもそも勇者の規格外スペックであれば昼寝して無防備な状況ですら殺せない。

 だから、もっと強い魔法も用意した。

 基本思想は同じだが、スケールが違う。俺の魔力量でないと使えないものだ。

「ルーグ、それ、ええええーーー」

 俺が新たに唱えている魔法が形になっていく。

 まずは、砲身を生み出す。

 火縄銃サイズのオリジナルとはレベルが違う。言うならば戦車砲だ。

 六メートルほどの長い砲身は分厚く、異様なまでの威圧感を放つ。そんなものを手で持つことはできない。台座を用意し、スパイクで地面を穿うがっている。

 あまりの大きさのため一度に砲身を作れず、三回にわけ、変形魔法で接合した。

 次に打ち出される弾丸を生み出す。

 もちろん特大だ。戦車砲では一般的な120㎜弾、大凡一般的な拳銃弾の十四倍もの直径。でかすぎて、弾丸一つが牛乳瓶ぐらいある。

 深呼吸して、火の魔法を行使。銃を放つ際は、銃身が破裂しないよう力を抑えていたがこいつは違う。全力で爆発を起こしても耐えられるだけの分厚い砲身を生み出した。

 砲身内で銃のときとは比べ物にならない圧倒的な力が渦巻く。

「ディア、耳を塞いでおけ」

「うっ、うん!」

 空気を震わすごうおん。さきほどまでの銃撃が子供の遊びに見える超火力。

 スパイクで地面に固定していたにもかかわらず、大地を引き裂きながら砲身は後退し、砲撃を受けた山肌にはクレーターができていた。

「弾丸の質量を上げ、爆発を強くすれば威力は段違いだ。……だが、これほどとはな」

 前世で戦車を操縦し、砲撃をしたこともあるが、この魔法の威力はそれを上回る。

 これですら勇者なら戦闘態勢で魔力強化すれば防ぐだろうし、そうでなくとも常時発動型の防御スキルがあれば怪しい。

 それでも、相手が油断しているときに殺せるかもしれない。それぐらいの手札だ。

「いったいこれ、なにを撃つつもりで作ったの!? あきらかにオーバーキルだよ!」

「これぐらいでないと殺せない相手が現れるかもしれない」

 砲身をチェック。……まずいな。一発でひびが入った。かなり分厚くしていたのに。

 砲身の材質を鉄から変えるか? ……いや、適した金属がない。硬さだけならタングステンのほうが数段上ではあるがもろい。硬さと粘りを両立する金属が必要だ。

 こうなると単元素の金属しか生み出せないことがネックになる。こうして鉄などは生み出せても合金や加工された金属は生み出せない……逆に考えよう、合金を作る魔法を生み出せばいい。そうすればより強い金属が作れる。

「威力は期待通りだが、問題だらけだ」

「めちゃくちゃだよ。……でも、こういうの撃てたら気持ちよさそう」

「詠唱してみるか」

「ううう、悔しいけど無理。それ、ルーグみたいなバカ魔力が必要だもん」

 ディアがうらめしそうに見ている。この魔法は燃費が悪すぎるのだ。

「この魔法の問題点は見えた。とりあえず、今日は練習だな」

「うんっ! ふふふ、この魔法があればあの蛮族どももいちころだよ!」

 ディアはディアで苦労しているらしい。

 あの蛮族というのは何かわからないが、何かしら敵がいるようだ。

「そういえば、ルーグ。まだ、魔法の名前を付けてなかったよね」

「そうだな、今、手に持って撃っているほうを【銃撃】、でっかいほうを【砲撃】にしよう」

「よくわからないけど、カッコいい名前だね!」

 こうして、今日はディアの魔力切れまで銃を撃ち続け昔の勘を取り戻した。

 動かない目標相手に、無風か弱風状態であれば三百メートルまでなら必中させられる。

 普通の暗殺であれば、この魔法一つで大抵なんとかなるだろう。

 銃と言う概念が存在しない世界でのスナイプはほぼ無敵なのだから。

「あと、四日か……ずっと、こうしていたいね」

 ディアが寂しそうにつぶやく。彼女と一緒に居られる時間は残り少ない。彼女がいなくなる前にやり遂げたいことが俺にはあった。

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