第四話:暗殺者は魔法を学ぶ

 母はいろいろと変わっている人だ。

 貴族なのに料理が好きだし、その料理も豪華絢爛なものというより、家庭料理が得意。贅沢にもあまり興味がなく、宝石類やドレスも最低限のものしか持たない。

 表のほうの職業柄、トウアハーデ家に対して山のように来るお茶会やパーティの招待状も可能な限り避けていた。あげくの果てに、服まで縫ったりする。

「この服、ルーグに似合うと思うんです」

「……はは、たしかに可愛いけど、女の子っぽい気がするし、動きにくいんじゃないかな」

 妙にひらひらして、飾りが過多な服を押し付けてくる。少女趣味で着たくないが、それを言うと悲しそうな顔をするので、遠回しに告げた。

「ええー、ルーグ、着たくないの?」

「その、ごめんなさい」

「せっかく頑張って作ったのに……どうしてもルーグが着たところみたいなぁ。お願い!」

 母さんが両手を合わせて頭を下げる。

「これ、女の子が着る服だと思うんだ」

 埒が明かないので、もうストレートに言ってしまう。

「でも、絶対に似合うと思うんです!」

「母上、女物だって認めるんだね……」

「今日の夕食はルーグが好きな特製アヒルのローストにするから」

 この家に生まれ、愛を注がれて育ち愛情を理解した。そのことを深く感謝している。だから、この人たちにとっていい息子であろうと努力している。

 それでも、こんな女の子みたいな服は……。

 母が潤んだ目で見つめている。

「わかったよ、着るよ。でも、その代わり、アヒルのロースト、作ってね」

「任せてください。ルーグが着替えている間に画家さん呼んできますね。可愛い服を着たルーグを絵にして残さないと」

「……そこまでは許してないよ。今日は魔法の先生が来る日だよね。待たせたら悪いよ」

「それもそうでしたね。残念」

 念願の魔法の習得ができると、朝から先生の到着を待ち望んでいた。今は別の理由で早く来て欲しい。着せ替え人形になって遊ばれていると、魔法の師匠が来た。……助かった。

「母上、もう満足したよね? そろそろ元の服に着替えるよ。師匠を出迎えないと」

「何を言っているんですか? それで行くんですよ。そのために縫った服ですから」

 まじで? と目で訴えると、母はこくりと頷き、さきほどまで俺が着ていた服を胸元にぎゅっとして、奪われないようにしている。母が楽しそうにしている。

 おそらく、滅多に動揺しない俺が戸惑っているのが面白いのだろう。

 

       ◇


 使用人に呼ばれて、応接間に行く。

 そこには、いかにも魔術士といった形のローブを纏った少女とその従者がいて、フードを脱ぐと、さらさらと銀髪が流れた。

 俺と母以外に銀髪を見たのは初めてだ。とてもきれいな子だと思った。

 問題はその年齢だ。おそらくは十歳前後。

 年齢で判断するのはよくない。俺だって、幼児ではあっても並の兵士なら軽く捻れる。実際、彼女の纏う魔力は強く、父を遥かに凌ぐ。

 魔術士な時点で貴族か騎士なのは間違いないが、この魔力量、かなり高貴な血筋だろう。例外もあるが、両親が魔力持ちでなければ、魔力を持った子供は生まれないし、強い魔力を両親が持っていれば、その子供も強い魔力を持つ。

 この国は伝統的に魔力を持つものを重用してきたし、高位の貴族ほど強い血を掛け合わせて強い子を作る。多くの場合、魔力の強さは家柄に比例する。

 だからこそ、貴族でありながら、トウアハーデの当主自らが暗殺を行っているのだ。……貴族は貴族でしか殺せない。

 父が現れ、少女にソファーに座るように言い、自らも座ったので、それにならう。ハーブティが運ばれてくる。

「お忙しいところ、足を運んでいただき申し訳ない」

「気にしないで。ヴィコーネからしたらトウアハーデは恩人だもん。盗人でもあるけど」

「はは、盗人とは手厳しい」

”あの”というときに含みがあった。

 おそらくは、裏のほうを言っているのだろう。裏まで知っているものは相当限られるが、ヴィコーネなんて名の貴族はアルヴァン王国にはいないはず。彼女は何者だろうか?

「えっと、そっちの子が私の弟子になるわけだね。男の子と聞いてたけど?」

「……僕は男で合っていますよ」

 やっぱり、この服だとそう思われてしまう。母にも困ったものだ。

「この服は妻の趣味です」

「えっ、あっ、そうなんだね。そういえば、昔からあの人は……ごほんっ、それはそれとして……魔法を覚えるには幼すぎと思うよ?」

「ルーグは特別です。信じられないかもしれませんが、七歳にして、この子はほとんどの部下よりも優れています。表も裏も。ディア様と同じく天才です」

「キアン・トウアハーデの言葉じゃなかったら、親ばかと一蹴したかも。いいよ、二週間で基礎を教える。ただ、この天才、ディア・ヴィコーネが教えるだけの才覚がなければ、時間の無駄だから修行は打ち切るよ」

 父が頷く。才覚を見せねば、やっと見つかった師匠に逃げられる……気が抜けないな。

 

       ◇


 屋敷にある訓練室は使わず、中庭を使うことになった。

「自己紹介するね。ディア・ヴィコーネ。十歳だけど大人よりずっと魔法がうまいんだ」

「僕はルーグ・トウアハーデです。魔法のご指導ご鞭撻のほどをお願いします。年は七歳になりました」

「よろしくね。何をするにしても、まずは魔力の強さを知らないと。結局、一定以上の魔力がないと何を教えても無駄だもん」

 そう言って、無色透明でビー玉のような道具を用意する。

「ルーグ、魔力は操れるよね?」

「父から習っております」

「敬語はいいよ。肩が凝っちゃうし距離感あるし」

「ディア様は師匠ですから」

「それはそうなんだけど。もっと軽くいこうよ。だいたい、魔法って疲れるのに、魔法以外で疲れるなんて馬鹿らしいし」

 ディアのこういうノリは覚えがある。

 ……銀髪といい顔付き、なにより雰囲気がどことなく、母に似ている。

「わかった。敬語は辞めよう。それで、その球をどうしたらいい」

 敬語は辞め、父や母を相手にするときとも違う素の自分をだす。

 そうするのが一番いいと感じた。ディアは満足げに微笑む。

「握って、魔力を込めて。魔力が空っぽになるまで。そしたら魔力量がわかるから」

 魔力を込め始て驚いた。このビー玉は魔力をため込める性質があるらしい。

 ひたすら魔力を込める、込め続ける。最初はなかなかやるじゃんと頷いていたディアだが、一分以上経つと冷や汗をかき始めた。

「その放出量を一分も維持して、まだ魔力が出せるっておかしいよ!?」

「まだまだ余力はある」

 嘘じゃない。俺の魔力はまだ五分の一程度しか使っていない。

 その証拠に、こうして流れでる魔力には一切の衰えがない。

「そっ、そうなんだ。なら、続けて」

「わかった」

 それからも魔力を込め続け、三分経つころには、ディアの顔は完全に引きつっていた。……俺の魔力量は常人の千倍近い。魔力を使い続け、鍛え続けてきた。女神から、この世界の情報をもらったとき、魔力量の増加方法も知ったからだ。

 魔力は魔力を使うほど上昇する。ただ、限界まで使いきって0.01%上昇するかどうか。常人なら空になった魔力を回復するまで三日かかる。

仮に一年間、魔力が満タンになるたびに使い切ったとしても、魔力量が1%増えるかどうかで、十年根気よく続けてようやく一割増える程度。魔力の放出を維持するのはひどく疲労するので、そこまでストイックにできる者はいない。

 しかし、俺の場合は【超回復】で百倍のペースで魔力が回復する。百倍以上の効率で魔力鍛錬ができる、体力も超速で回復するので魔力放出での疲労が苦にならない。理論上は一年で魔力量を3.3倍にできる。しかも【超回復】の回復率は熟練度と共にどんどんあがっていきさらに効率がよくなる。

 常に大量の魔力を垂れ流しているので、生まれ持った魔力はすでに千倍にまで膨れ上がっていた。【成長限界突破】がなければ、とっくに成長の限界が来ていただろう。……これが【超回復】と【成長限界突破】を選んだ理由の一つ。

「いや、いくらなんでも、その量はおかしいよ!」

「あるものはある。ただ、タンクが大きいだけで放出量はそこまで規格外じゃないけどね」

 しかし、あくまで保有する魔力が千倍というだけ。一度に放出できる量も鍛錬で少しずつ増えているが、魔力量を増やすよりもずっと増えにくく、常人の五倍ほど。だからこそ、このビー玉には興味がある。

 膨大な魔力を平時にたっぷりと込めておき、いざというときにビー玉に閉じ込めた魔力を一気に解放できるなら、魔力保有量にしては低い瞬間魔力放出量を補える。その想いに応えるように、ビー玉がピキッと音を立てて皹が入った。

 その瞬間、ディアの顔が真っ青になり、次に真っ赤になった。

「それ、投げて! できるだけ強く! 全力で上へ!」

 魔力をすべて身体能力強化に回しビー玉を天高く放り投げる。

 七歳児とはいえ、トウアハーデの英才教育と【超回復】の相乗効果で高められた身体能力は高く、ましてや常人の五倍の魔力で体を強化している。

 ビー玉は一瞬で視えなくなり……はるか上空で青く輝く大爆発が起こった。

 全力で投げて良かった。地表近くで爆発していれば屋敷がなくなるほどの威力。

 遥か上空の爆発だというのに、空気が震え、屋敷が揺れ、窓ガラスが何枚か割れた。

 何事かと大騒ぎになり、父と母がやって来て、父がディアに向かって口を開く。

「ディア様、今のは?」

「ごめんなさい。私、ルーグの魔力を測定しようとして」

「つまり、ルーグがやったと?」

 鋭い目で、父がディアを射抜く。

「いっ、いえ、そうじゃなくて、わっ、私のせいだよ」

「そういうことを聞いているのではない。ルーグが引き起こしたのかと聞いているのです」

「え、そっ、そうだけど。でも、ルーグのせいじゃなくて、私のせいで、怒るなら私を!」

 大人びてもまだまだ子供のようで、ディアは震えながら目を閉じる。

 頭をぶたれるとでも思っているのだろう。

 だけど、そうはならない。……父はそもそも怒ってなどいないのだから。

「それはすごい! エスリ、聞いたか!?」

「はいっ、さすがは私たちの息子です! こんな凄まじい威力の魔法を使うなんて!」

「うむ、だが暗殺には向かないな。これはどちらかというと戦争向きの魔法だ。ディア様、次は暗殺向きの魔法を教えてやってください」

「はっ、はぁ。って、ええええ、その、怒らないの?」

「うむ、ルーグの初魔法は素晴らしかった。ディア様に任せて良かった」

 上機嫌に笑いながら、父と母が戻っていく。

「その、すまない。ああいう親なんだ」

「……すごい人たちだね」

 ディアはとても気を使って、言葉を選んでくれた。

「それで、ディア。話は変わるが、あの透明な球、どこで入手できるか教えてもらっていいか? あれは素晴らしい。とにかく数がほしい」

「あれ、私の領地の秘蔵の品で、他領の人には譲れない類のものだよ」

「ちっ」

「どうして舌打ちするの!?」

「いや、あれが大量に手に入れば、便利だなと。すごい武器を作れる」

 勇者を殺す手段を得るため、魔法や体を鍛える以外にもいろいろと調べていた。

 その一つに銃器の開発というものがある。

 ただ、そのために必要な火薬の入手に苦労していた。黒色火薬ぐらいなら材料を集めて自力で調合できるが、それ以上に高性能な火薬だと材料集めも調合も厳しい。その点、このビー玉は素晴らしい。

 この爆発力なら、戦車砲に匹敵する……いや、戦艦の砲に匹敵する威力のものが作れる。

「……色んな意味で、両親の影響を受けたんだね。でも、今言ったように他領の人には渡せないよ。ごほんっ、とにかく魔力測定だけど、計測不能だね。どんなことでもできる魔力量があるってわかれば十分。ちなみに体感でどれぐらい魔力残ってる?」

「そうだな、三分の二ぐらいは残っている」

「嫉妬しちゃいそうだよ。……でも、魔術士は魔力量だけじゃないからね! 次に行こ」

「なあ、ディア」

「なにかな?」

「あの球、本当に駄目か?」

「駄目だよ!」

 やっぱり、惜しい。少なくとも、ディアの領地に行けば手に入るということはわかった。入手のために手を尽くそう。あれが手に入れば高性能火薬の入手、タンクに対して小さすぎる魔力放出量。その両方の悩みが解決し、勇者暗殺に大きく近づくだろう。

 そして、気を引き締めよう。前準備は終わりだ。いよいよ、魔法を使える。


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